忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

鳴かぬなら、泣かしちゃうぞホトトギス

2010年03月19日 | 過去記事
豊臣秀吉お気に入りの「お伽衆(大名の側近)」に「曽呂利新左衛門」がいる。元々は堺の鞘職人で、小口に刀を差し入れる際に「そろり」と音がするほどの匠の技を持つ職人だったということだ。また、これは有名な逸話だが、この曽呂利があまり秀吉から重宝されるため、若侍が「どうすれば、それほど気に入られるのか?」と問うたところ、曽呂利はその若侍にこう問い返したとされる。

「あなたは菓子を美味いものだと思うか?」

若侍は「はい、それは甘くて美味いものだと思います」と答える。すると曽呂利は「ならば、あなたは明日からメシを喰うのを止めて、甘くて美味い菓子ばかり喰えばよろしい」と返した。なるほど、と若侍は思う。自分は秀吉に「甘くて美味いもの」ばかり勧めてきたのだと知る。曽呂利は気に入られようと思わず、利己心を捨て去り、変わらぬ良心をもって秀吉を敬愛していたのだろう。いわば「メシ」を勧めてきた。だから、飽きられることもなく、少々、手厳しい意見をしても秀吉は曽呂利を寵愛し続けたと言われる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100319/stt1003191238007-n1.htm
<「強権的、独善的」生方氏解任で自民、谷垣総裁>

よく小沢一郎をして「織田信長」と比する論調がある。なにがどう似ているのか私にはさっぱりわからないが、おそらく、これは信長お気に入りの「お伽衆」でもなく「お小姓」でもなく「お気に入りの宣教師」であったロレンソ・メシアが本国に報告した中に、信長は「果物の皮一枚」を掃除し忘れた女中を斬り殺していたとあるから、その残忍性や独善主義が「似ている」ということなのかもしれない。それならちょっぴり賛同しておく。

んで、時代は変わって平成22年の日本の政権与党、国籍不明の国民の生活が第一という民主党の独裁者の悪口を言ったら解任された副幹事長がいるらしい。「(民主党には)財源と権限を握っている人がいる」と、誰でも知っているが、民主党の中の人は誰も言わないことをマスコミに言っちゃったとのことだ。場末のバーで「わたしぃ~ママのやり方はダメだと思うぅ~」と愚痴って本人の耳に入ってもクビにされないのに、なんとも狭量な政党もあったもんだと思ったら、そこの友愛総理は「言論の自由とかそういうレベルの話ではない」などと抜かしてけつかる。けつかるのである。

また、原口大臣は「一般論」だと断りを入れて「自由な発言の中にも、立場というものがある。互いのチームを信じ、建設的な議論がされる。これが民主党だと思う」などとも抜かしてけつかるわけであるが、これがどういうふうにけつかっているのか、もうすぐ布施に向かわねばならないが、がんばって少し書いてみたい。
ちょうどよい感じで「双方の言い分」とやらがあった。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100319/stt1003190047000-n1.htm
<民主内紛 生方、高嶋両氏それぞれの言い分>

私がざっと読んでみて、うんうん、つまり、こういうことだね、とはこうだ。

生方:外に言わずに中の会議で発言しろと言うけれども、会議は15分だし、議論もできないじゃないか。また「事実じゃない」って、ぜんぜん事実ではないか。そして、処分にも納得できない。現役の国会議員含む元秘書ら3名が逮捕されても責任を問われない人がいるのに、ちょっと党を批判したら止めろというのはいかがなものか。

高嶋:党の副幹事長が党に批判が集まるようなことを外でマスコミに話すとはどういうことか。党の役職が党利に悪影響を与えるような言動をとることは職責に反するのではないか。党の会議では何も言わず、党の外で党に不利益になる発言をするのはいかがなものか。


更に噛み砕こう。

生方:中で言えとかいうけど、言えないじゃん。それにやっぱ財源も権限も集中しているじゃん。オレが辞めなきゃならないなら、その人はどうなんだっつーの!

高嶋:だから、なんで外で言うかな。言いたいことあんなら中で言えばいいだろ!党に批判が集まったらどうすんだよ!おまえ、どこの国会議員だっつーの!


判定。7対3で生方さんの勝ち。


まず、マイナス3ポイントとなった理由から書いてみよう。私なりにだがねw

1:小沢民主党にいること(出て言わなきゃ)
2:突っ込まれる部分があること(原口のコメント・表面を撫でると正論ぽい)
3:他人は関係ないこと(そんな小沢を批判できない連中がいるから今の民主党)


それに、この「言論の自由」であるが、これも「組織人」として「組織にダメージを与える」のは致命的である。原口大臣はこれを言っている。だから、このテレビ大臣もムカつくのであるが、ともかく、とりあえずは正論なのである。また、友愛の「言論の自由などというレベルにない」は、まさに語るに落ちる、浮かんだ言葉が延髄で折り返して口から出ている典型だ。もはや、この友愛先生は、もう、ぽっぽーというだけのほうが良い。

生方氏が非難されている理由、すなわち、今回の解任に至った理由としては「中ではなく外に言ったから」ということが最も問題視されている。そして実はその通り、問題はここだ。

つまり、民主党のいう「外」とはなんなのか、である。

また、友愛総理を始め、関連する民主党員のコメントなどを報道で見ていると、この場合の「外」とは「民主党内ではない」と定義できる。頻りに「会議で言えば良かった」と口を尖がらせている筆頭副幹事長とやらが立証している。「党内で言え」と言っている。

生方氏が自民党などの野党にリークしたのなら利敵行為、法的にはともかく、党内の人間として「職責に反する」という批判は避けられないし、ある意味、一理あるとさえいえる。しかし、だ。生方氏が問題だとされたのは「マスコミ報道されたから」だと自明である。そして、そのマスコミ報道とは誰に伝えるのかを考えてみれば、この小沢軍団の言い分がどれほど犯罪者思考なのかもわかる。

マスコミ報道で情報を得るのは有権者であり、日本国民である。民主党が日本の政党である限り、日本国民には何を知られても良いという前提、建前でなければ困る。すなわち、

「党内のことを国民に悪く言いやがったな!選挙前だっつーのによ!」

というのが問題の本質であり、この民主党という政党の姿勢、それはつまるところ、日本国民のために党の運営をしているのではなく、党を運営するために日本国民がいるという図式こそが、これらの問題の真因だと明白となったわけだ(とっくにバレているが)。


例えば、今更、へそで焼酎のお湯割りを作るほど阿呆らしい話だが、民主党もマスコミも「日米間には密約があった!自民党政権は国民を騙していた!」などと騒いでいる。支那朝鮮を喜ばせるだけの「暴露騒ぎ」に「ドヤ顔」をしてNHKに映る外務大臣には吐き気がするが、如何にも民主党は「クリーンで正直な政党」だと「一枚岩の同志が国民のために頑張る政党」ですと言いたいところだろうが、それこそ自民党は内部批判があり過ぎてまとまらぬ政党でもあった。逆にそこを批判されてもいた。党内不一致だの意志疎通が出来ていないだの、総理のリーダーシップがないだの、散々、そういうことで叩かれてきた。そして、だからこそ日本国民は「自民党はバラバラだ」という評価も下した。


しかし、である。

日本の安全保障にかかわる日米間の密約と、小沢砦を守りたいだけの言論封殺ならば、どちらを国民に知らせない方が「レベルが低い」のか、友愛総理でもわかるのである。まさに友愛総理の言う通り、言論の自由などというレベルではなく、要するに「どちらが日本国民に資する政党なのか」を問わねばならないと友愛先生は仰っておられるのである。

原口テレビも「自由な発言の中にも、立場と言うものがある」と仰られている。その通り過ぎてテレビにリモコンを投げそうになったが、これはナケナシの金で買った我がテレビジョンであった。だから、代わりにそっと画面を拭いた。ええと、すなわち、国会議員としての立場のことだ。党の前には国がある。民主党の議員に投票した有権者は「民主党によくなってもらいたい」という理由から投票した日教組の腐れ外道ばっかりではない。

夢うつつではあったが、それでも「日本国を良くして欲しい」と思ったから一票を投じたわけである。「民主党の景気が良くなりますように」もなければ「小沢さんがもっとお金持ちになって権力を維持できますように」と願って投票した「ど左翼」ばかりではないのだ。






天正10年6月2日未明。本能寺で信長を討った明智光秀は、そのまま長男の信忠をも倒し、そのまま安土城へと攻め上がる。橋の修復に手間取った光秀は「信長を討ちとった」との書状を毛利氏へと送った。それが秀吉の知るところとなり、秀吉の「信長は生きている」の一計を生む。同月10日、光秀は正規町天皇への拝謁を許されるも、既に秀吉は京都まであと少し、尼崎まで迫っていた。その軍勢、実に3万6千人。情報操作の勝利だ。

しかし、時は平成22年。光秀もインターネットがあればどうにかなったんじゃないのと言う今日この頃、生方氏が悪口言っただけで揺れる揺れるよ民主党。天下取ったつもりの悪代官について回るだけでは通じない時代になった。気付かぬは小鳩ばかりなり。

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