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酷暑の南房総ツーリング、勝浦タンタンメン

 昨日は酷暑の中、箱根に行きました。そうそう、ヘルメットの試着も兼ねていましたが、購入したヘルメットはベストフィットで何も問題がありませんでした。

 さて、連日バイクで出かける事を我が家の嫁や娘たちは、半ば呆れ返っていましたが、この日は南房総の勝浦にタンタンメンを食べる事を目標に出かける事にしました。

 ただ私の住む神奈川県から千葉県に行くには、東京都を越えていくか、東京湾アクアラインでいくのか、もしくは東京湾フェリーの何れかを選択しなければなりません。この3つのうち、東京都心を抜けるというのは、この酷暑の中で現実的ではありません。そうなるとアクアラインかフェリーの何れかとなります。

 私のバイクにはETCを付けていません。自家用車には付けているのですが、どうもETC取り付けの3万円の支出を渋ってしまう自分がいるのです。まあ根っからの貧乏性だと笑ってください。千葉へ行くのに「東京湾アクアライン」では2470円ですが、東京湾フェリーならば2100円で済みます。若干の差分ですが、船の移動であればその間はノンビリも出来るし、やはりそういった風情も味わいたいと思い、今回はフェリーを選択しました。

 という事でフェリーで行く事を選択したのですが、ネットでフェリーの時刻表を確認すると二時間置きの運行となっていて、朝は8:10分に久里浜港を出港する事となっていました。だから当日は自宅を6:30に出発し、鎌倉を越えて久里浜へ向かう事にしたのです。

 久里浜の船着き場には7:40過ぎに到着しましたが、既に多くの車とバイクが並んで乗船準備をしていました。フェリーに乗るにはチケットを購入しなければならないのですが、窓口でバイクである事と、750cc以下である事を言えばチケットを購入できました。以前は車両登録証を持っていった記憶があるのですが、今は必要ない様です。また往復を購入すると4100円で若干の割引がされるので、少しうれしい感じです。

 フェリーが着岸し、始めにバイクが誘導されます。駐車場内は船員に誘導されますので、それに従い駐輪した後、フェリーのデッキに向いました。時間は8時前ですが、すでに太陽がギラギラと輝いていて酷暑の陽気が始まっています。

 私は3F客室デッキに入りしばしの休憩です。金谷までは45分程度の時間がかかる事、また船員で新型コロナの感染者が出てしまった事で、現在、単便運航となっているので2時間に1本の運行となっている事が艦内放送で説明されました。しかし2時間に1本の運行というのは、改めて考えるととても微妙で、私の場合、15:10か17:10の何れかの便に間に合う様に行動する必要があるので、この船の移動中にGoogle Mapで回る場所についてめぼしを付ける事にしました。

 周る場所を選んでいるうちに、フェリーは金谷港に到着しました。もうこの時間になると太陽は指す様な日差しとなっています。ただ海沿いなので風は気持ち良い風が吹いているので、なんとかなるでしょう。という事で、最初に行くのは「源頼朝上陸地」です。そこは鋸南町にある海岸で、金谷港から十五分程度の距離にあります。やはり「鎌倉殿の13人」の視聴者としては聖地巡りには欠かせない場所です。

 この海岸から相模湾を望むと、城ヶ島が見えますがその先に薄ぼんやりと伊豆方面を見る事が出来ます。石橋山の戦いで敗れた源頼朝は、手漕ぎの小さな船でここ千葉に渡って来たと言いますが、恐らくそれは決死の角度の逃避行であったのかもしれません。この景色を見て私はそんな事を思いました。

 源頼朝は千葉に上陸後、戦勝祈願で御厨を建立したと言われていて、それが「東条御厨」と言われています。それは鴨川方面にあるというので、今度はそこへ移動します。これには保田まで戻り、そこから県道34号線を走って向います

 もう時間はこの時で10時頃になっていましたが、炎天下の中ひたすら県道を走ります。途中、森の脇を過ぎると多少涼しい風が当たるのですが、この県道は途中から田んぼのど真ん中を走る事になります。そうなると容赦なく強烈な日差しが照り付けるので、熱中症には気を付けなければなりません。私は途中途中でペットボトルのお茶を飲みながら進みました。

 鴨川から見て北の山側裾野にの住宅地内に東条御厨跡があります。現在は「庤(もうけ)神社」と呼ばれています。丁度、私が到着した時、地元の方が居たので話を聞くと、本来の東条御厨はここからもう少し海側にあったと言われているそうですが、詳細は判らないとの事でした。

 県道34号線は「長狭街道」と言われています。そう言えば「鎌倉殿の13人」で、安房に逃げた源頼朝を誅殺しようとしたのは「長狭常伴」という平家方の豪族でした。もしかしたら源頼朝は、この長狭街道を東へ向かっている最中に襲われたという事もあるかもしれませんね。

 さて、ここで11時近くになってきたので、昼食の勝浦タンタンメンを食べる為に勝浦方面に移動する事にしました。ただこの途中には「おせんころがし」という場所があります。世間的には心霊スポットと言われていますが、結構な奇景でもあり、数年前に行った事があるので、そこへ立ち寄る事にしました。

 鴨川から勝浦に抜けるには国道128号線を使います。すると途中に外房線の無人駅「行川アイランド」があり、そこに「おせんころがし」に出る道があります。

 数年前に来た時には、もう少し整備されていた感じもしましたが、この日はこの場所に行く道が夏草に覆われて中々難渋しました。新型コロナの影響でもあったのでしょうか。

 ここで何があったかはネットでググって欲しいのですが、悲劇的な事件があった場所です。また現在は国道が整備されていましたが、昔は国道がなく、勝浦方面に抜けるにはこの海沿いの崖路を歩いて行ったそうです。上の写真を見ると、奥の崖からの道が見えると思いますが、その道(今は廃道)の途中にこの場所がありました。

 この写真は供養塔の立つ崖の上から撮影したものです。写真では判りませんが、海まで断崖絶壁となっていて、高さは30メートル以上はあるのでしょうか、なかなかスリリングな場所です。昔はこの崖路を使っていたのですから、生活も今から想像できない過酷さがあったのではないでしょうか。

 おせんころがしから勝浦までは20分ほどで到着しました。Googleで勝浦タンタンメンを出してくれる店を検索したら「三彩亭」というのがあったので、そこで昼食を取る事にしました。

 ここの勝浦タンタンメンは、刻んだ玉ねぎが多く入っていて、そこそこ美味しかったです。辛さもまあまああって、値段は900円。もしよかったら立ち寄って見て下さい。

 昼食を取ってから向かう先は上総一ノ宮にある「玉前神社」です。細かい道順が判らないので、そこはGoogle Mapに行先を入力して進みました。
 Google Mapでは国道297号を使うルートを指示していましたので、その案内されるままのルートを進みましたが、しかし途中から山奥に案内され、それこそ山奥の農道でバイク1台通るのがやっとという道を案内されてしまい、ネットで言われる「Google Mapの案内には気を付けろ」というのを実感しました。

 勝浦から上総一之宮の玉前神社には、「鎌倉殿の13人」に描かれていた上総之介広常の鎧が奉納されていると言われていて、広常はこの周辺を治めていた豪族でした。勝浦からは1時間20分ほど掛かりましたが、ここはかなりの古刹神社の様で、国家「君が代」にある「さざれ石」もここにあると言われています。

 ここで時間は13時半頃になっていました。予定では富津岬を見る予定もあったのですが、フェリーの時間は15時10分。ルートを検索すると、富津岬を経由すると、15時10分のフェリーには間に合いそうもありません。そうなると17時10分になりますが、そこに合わせると帰宅の時間は19時を回ってしまうのは確実です。

 この玉前神社に来た段階で、結構体力的にもきつくなり始めていた事もあり、今回はここで終わり、自動車道を経由して金谷港に戻る事にしたのです。

 金谷港への道すがら、西の空には大きな入道雲が幾つも見えました。この写真はフェリーから撮ったのですが、どうやら秩父方面ではゲリラ豪雨が降っていた様です。最近の夏は気温がとても高く、各地は酷暑になっていますが、このゲリラ豪雨の多発もこの酷暑によるものなんでしょう。考えてみれば私が子供の頃、夏の気温は28度前後でした。30度を超えると「猛暑日」と呼ばれていましたが、現在では32度が通常で、少し暑くなると内陸部では37度まで気温が上昇しています。やはりこれも温暖化の影響なのでしょうか。

 


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