ハルキをめくる冒険
「十数年前に『ノルウエイの森』を読んで以来、あなたのファンですよ」
イスラエルのペレス大統領は言った。
まだ記憶に新しい昨年のエルサレム賞受賞式の席で、村上春樹氏に挨拶するときに。
私の好みにでいえば、村上全作品のなかで『ノルウェイの森』はあまり好きな部類にのものではない。
しかし、外国での人気は依然高い。私のイスラエル人の友人もそうだつた。
十年近く前、彼がまだ日本に住んでいた頃のこと、私は彼の部屋を訪ねた。本棚には、「ノルウェイの森」があつた。
ヘブライ語版である。彼はいかにこの本が好きか、そして、日本を知るきっかけになったのかかを熱く語ったあとに、本にまつわる興味深い話をしてくれた。
当時、我々が住む関西では、路上でアクセサリーを売る姿を姿をよく目にした。
なかにはイスラエル出身者も多くいて、彼はある日、路上で出会った同郷の女性と親しくなったのだという。
そして、異国でその日暮らしをする彼女を慮つて、自分の大切な本を貸した。
『ノルウェイの森』である
彼は再び彼女に会い、感想を聞くのを楽しみにしていた。
だが、それは叶わなかった。
彼女の不法滞在が発覚し、本国への強制送還されてしまったからだ。
彼はもう彼女に会えないことをとても残念に思った。返ってこない本のことも。
しかし一年ほど時が経ち、彼女のことを半ば忘れかけていた彼の元に、突然本だけが戻ってくることになる。
もちろん彼の持っていた『ノルウェイの森』だ。
母国に帰った彼女が住んでいたのはイスラエルのなかでも僻地にある人口五千人ほどの小さな村だった。
あるときに村の集会で、彼女はある女の子の噂を耳にする。
これから日本へ留学をするところだという。
彼女は何とかその子を見つけ出し、本を手渡して彼の名前を伝えた。これを返して欲しいと。
本を渡された女の子は困惑した。日本にはイスラエル人の二十倍もの人口を擁する国だ。
とても見つけ出す。自信がない。でも、その心配は杞憂に終わることになる。
女の子の留学先は京都にある、彼の通う大学だった。
いま、彼はヘブライ大学で准教授の職に就いている。
昨年、エルサレム賞の会場にいて村上氏のスピーチを聞いていた。そして、ペレス大統領と同じように、村上氏に話しかけた。
「私はかつて日本に住んでいて、その前からあなたのファンでした」
『ノルウェイの森の』話はしなかった。
京都・高島よしゆきさんの話です。
コーヒー飲んでプレスリーの曲を聴きながら書いています。
https://youtu.be/1AFGoHmAJxg