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「4年縛り」は景表法違反? 「0円端末」は本当に悪? モバイル通信政策シンポジウムで語られたこと米国のシンクタンク「Progressive Policy Institute」(PPI)は2018年7月24日、公開シンポジウム「モバイル通信政策~競争政策としての経済分析~」を開催した。このシンポジウムは2016年11月、2018年1月にも実施されており、日本の通信政策、特に携帯電話の通信料金の低廉化に関する施策の有用性を議論するものである。
第3回となる今回は、自由民主党の元榮太一郎参議院議員がモデレーターを務め、パネリストとしてPPIのチーフ・エコノミックス・ストラテジストであるマイケル・マンデル氏の他、公正取引委員会事務局 経済取引局調整課長の塚田益徳氏、大阪大学院大学 経済学研究科 准教授の安田洋祐氏、A.T.カーニー パートナーの吉川尚宏氏が参加。それぞれの立場からモバイル通信政策に関して議論が交わされた。
●政府の競争促進策は効果を上げていない
マンデル氏は、販売奨励金などを用いて端末価格を実質「実質0円」など、極端に安い価格で販売する、いわゆる「端末補助金」への政府の対応が、「思うような成果をもたらしていない」と話す。総務省が2016年に「スマートフォンの端末購入補助の適正化に関するガイドライン」を策定し、現在はキャリアが端末購入補助による過度な値引きができないが、マンデル氏は「競争促進に向けて取り組むことは素晴らしいが、一連の施策が効果を上げているとは言い難い」と言う。
それは日本の携帯電話料金が下がっていないことに起因する。実際マンデル氏はOECDの調査などから、日本の携帯電話料金が米国や韓国より高いこと、2016年から2018年の2年間で、米国の通信料が25%下がったにもかかわらず、日本は10%しか下がっていないと説明する。
それに加えて期間拘束型の長期契約、いわゆる「縛り」をキャリアが提供していることが、消費者にとってキャリアを乗り換える足かせとなり、競争阻害要因になっているとマンデル氏は話す。中でもマンデル氏が批判しているのが、公正取引委員会の対応だ。
2018年7月11日に、公正取引委員会がAppleの独占禁止法の疑いに関する調査を実施したが、疑いは解消されたとして調査は終了している。だがこの調査の中で、キャリアがiPhoneを販売する際、端末購入補助を出さないプランの提供ができるようAppleが契約を改訂している。これが、キャリアに対して補助金なしで期間拘束するプランを提供できるようにしたと、マンデル氏は考える。
これに対して公取委の塚田氏は、「従来のiPhoneの契約では提供できないプランを提供できるようにし、自由な料金プランが提供できないという問題を解消することが狙い。4年縛りを容認したわけではない」と回答している。
マンデル氏は、楽天がキャリアとして新規参入することは「良いニュース」と捉えている。自ら設備を持ってサービスを提供する事業者が3社から4社に増えることは、OECDの調査でも通信料の引き下げとイノベーションの促進に重要だという。
ただ、「政府が端末補助金を制限すると、楽天の新規顧客獲得が難しくなる」とマンデル氏。他キャリアの契約者が楽天に乗り換えるインセンティブを持たなくなること、解約金や自動更新のある期間拘束契約への依存が、新しいキャリアへの乗り換えを妨げることがその理由だ。楽天が思うように契約を獲得できないと、設備投資のための資金調達が困難になることから、政府の支援策が不可欠だとしている。
●「4年縛り」は景品表示法の恐れ?
続いて塚田氏が、公正取引委員会の最近の取り組みについて説明した。公正取引委員会も大手キャリアの寡占による競争の停滞を問題視し、2016年と2018年に「携帯電話市場における競争政策上の課題について」という報告書をまとめた。だがそれはあくまで「独占禁止法違反と認定するものではなく、違反となる行為を示し改善を求めるため」だと塚田氏は話している。
その上で、2018年にまとめた報告書のポイントについて説明。かねて問題視されている通信と端末のセットによる販売や、値引き・キャッシュバックなどで大幅に値引きをする施策に関して「それ自体が独占禁止法違反ではないが、他の事業者の活動を困難にする場合は問題になる」と塚田氏は話す。
塚田氏も期間拘束のあるプランのせいで、顧客がサービスを乗り換えるために必要な費用や時間が増えているのは問題だと捉えている。新規参入事業者などの活動を困難にする場合は独占禁止法上問題になることから「最小限が望ましい」とのことだ。
auの「アップグレードプログラムEX」に代表される、4年間の割賦を組む代わりに2年後機種変更した後の残債支払いが不要になる、いわゆる「4年縛り」に関しても、「いかにも半額で購入できるかのように見え、プログラムのメリットやデメリットを消費者が認識しないまま契約してしまう。また端末の下取りが前提なので、中古端末の流通減少にもなる」と批判。期間ではなく同じプログラムに継続的に再加入させることと、半額で購入できると誤解させることが、景品表示法違反の恐れがあるとした。
●「0円端末」は本当に悪だったのか?
マンデル氏と塚田氏の話を受け、安田氏と吉川氏がそれぞれの立場から見解を述べた。安田氏は競争活性化に向けてできることは、利用者のスイッチングコストを下げること、そして市場のプレーヤーを増やすことの「2つしかない」とし、スイッチングコストを減らす手法の1つである端末購入補助を排除するのは「筋が悪い」と話す。
吉川氏も、「『0円端末』が本当に悪かったのか」と、端末補助規制に対する在り方に疑問を呈している。端末補助の規制はユーザーの公平性を担保し、MVNOの参入をしやすくするなどの狙いで導入されたものだが、それによって2年、4年といった期間拘束の長い「縛り」をキャリアが導入する結果になり、再販価格拘束にもつながっていると説明。吉川氏はこの問題について、2015年に当時の高市早苗総務大臣に対して「この政策はおかしい」と直接抗議しに行ったという。
吉川氏は、行政が実質0円を規制した結果、キャリアが4年縛りを生み出し、それをまた行政が批判する……といった、イタチごっこが続いていると説明。「一度0円端末禁止の評価が必要ではないか」と、行政側の対応の見直しが必要との見解を示した。
安田氏はiPhoneの端末価格について、Apple Storeで販売されているSIMロックフリーのiPhoneより、SIMロックがかかっている大手キャリアのiPhoneの価格の方が高く設定されていることがあり、独占禁止法で禁止されている「二重価格」に当たるのではないかと塚田氏に問題提起をした。この点について塚田氏は、キャリアが提示する端末価格に販売実績がないなど根拠がなく、そこから大幅値引きをアピールすると景品表示法問題になる恐れがあるというが、「同じ商品を販売業者によって異なる価格で売るのは問題にならない」と回答している。
●ソフトバンクのイー・アクセス買収は「大失態」
シンポジウムではパネルディスカッションも実施。1つ目の議題は期間拘束の問題で、キャリア側が2年縛りに関して、違約金が発生せず解約できる期間を現在の2カ月から3カ月にすることを検討しているとの一部報道が出ていると元榮氏が問いかけると、塚田氏は「一般論としてそうした期間を延長するより、契約後2年が経過したら違約金が発生せず、いつでも解約できるのが望ましいし、独占禁止法上の問題も小さくなる」と答えた。
2つ目の議題は、新規参入する楽天の成否に関して。いずれの参加者も参入自体は歓迎する意向を示しており、中でも吉川氏は「キャリアとMVNOは相互依存でないと続かない関係。従来の政策ではMVNOとキャリアを競争させてきたが、それは持続性がない」との考えを示した。
安田氏は楽天の将来として、「大手キャリアとそん色ない事業を展開する」か、「Y!mobileやUQ mobileなどのサブブランドとの競合になる」という2つのシナリオが考えられるとする。仮に大手キャリアの直接的な競合にならなかったとしても、サブブランドとの競争が加速することで値下げが加速し、それが大手3社に影響を与えることになるのではないかとの見解を示している。
吉川氏はこの議題に関して、かつてイー・アクセスが携帯電話事業を展開していた過去を振り返り、「もともと日本のキャリアは4社体制だったが、ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)に買収された。これは(政府)当局の大失態」とばっさり。当時は携帯電話会社のM&Aは想定されておらず、買収された際は周波数を変換するという条項も設けられていなかったことから、「周波数の返還を求められなかった。公正取引委員会に出てきてほしかったが、非常に残念だったと思っている」とした。
2018年に楽天に割り当てられた周波数帯には、そうした事態を想定し、電波を返還する必要があるとの条項が盛り込まれている。それゆえ仮に楽天が買収されたとしても、既存キャリアはその電波を獲得することはできない。
最後の議題はMVNOの今後について。塚田氏は「キャリアが特定のMVNOのみ有利になるよう接続料を引き下げることは、それ以外のMVNOを阻害する要因となり独占禁止法上問題になる」と話す。一方で吉川氏は「MVNOがキャリアと接続する場合、みな同じ価格となる『相互接続』が主流。だが大口のMVNO側がダイナミックな料金設定ができるよう、『卸』による契約だけにした方がいいのではないか」と、MVNOの規模ややる気に応じて柔軟性のある取引ができる形が望ましいとの見解を示している。