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<オウム死刑執行>事件終わらせぬ サリン被害、今も怒り
地下鉄サリン事件当日、日比谷線の車両で被害に遭った伊藤栄さん=東京都中央区で2018年7月13日午後8時59分、川名壮志撮影
平成の日本社会を揺るがした一連のオウム真理教事件は26日、死刑が確定した教団元幹部ら13人の刑執行を終えた。「教祖」だった松本智津夫(麻原彰晃)元死刑囚の指示の下、国家転覆を図って起こされた地下鉄サリン事件から23年。この日執行された死刑囚6人のうち4人は事件当日、サリン散布の実行役を担っていた。長い年月を経て刑の執行は終わったが、被害者、遺族たちは癒えることのない傷を抱える。
「麻原(松本智津夫元死刑囚)だろうと、その弟子だろうと、サリンで人が死ぬのは分かっていた。全員同罪。死刑は当然です」。オウム事件の全死刑囚の刑執行が終わったことを知った地下鉄サリン事件の被害者、伊藤栄さん(64)は淡々と感想を述べた。
1995年3月20日朝、伊藤さんは日比谷線で通勤中だった。林(現姓・小池)泰男死刑囚が3袋に入ったサリンをまいたのは3号車で、伊藤さんは隣の車両だった。ドア越しに、けいれんして意識を失っている女性や、口を半開きにして倒れている男性の姿が目に入った。異様な光景だった。
後続列車も含め8人が命を落とし、伊藤さんは現在も目の後遺症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ。降りる駅の出口に近い車両を必ず選ぶようにしている。事件への怒りは今でも消えることはなく、「死刑執行で終わりにしてはいけない」と思う。
四半世紀近い時が流れ、あの事件を「オウム対被害者」という矮小(わいしょう)化した構図で捉える人が多くなったと感じる。教団は国の中心である東京・霞が関の官僚を標的にし、国家転覆を企てていた。「私たちは国を狙ったテロの巻き添えを食ったのです」と語る。
だからこそ、テロ防止に対する国の取り組みには強い関心を持たざるを得ない。「カルト集団に流れる危うい若者の受け皿をどうするのか。被害者をどう支援するのか。巻き込まれるのは一般市民。国がやるべきことは多い。平成の事件を平成の刑執行で封印してはいけない。事件を生きた教訓にしなければならない」【川名壮志】