コロナで1学期の学習が少なくなり
2学期は早めに始まった学校が多いことと思います。
勉強が遅れることを心配していらっしゃる親御さんも
多いことかと思います。
そんな時に
はとても勇気づけられるお話なので
その一部を紹介しようと思います。
植松努さんという方は
北海道で(株)植松電機 代表取締役
をやられている方です。
植松さんの会社は
ロケットをまるごと作って打ち上げる
人工衛星がある
無重力状態を作る実験装置がある(世界に3つしかないそうです。)
どれも売っていないから自分たちで作ったそうです。
植松さんは、子どもの頃、目が少し不自由だったので
球技は得意ではありませんでした。
先生が球技をするときの組み分けを発表した時
僕の入ったチームは必ず負けると言われていたそうで、
自分に自信がなくなりそうでした。
ところがその時、紙飛行機の本に出会いました。
その本で紙飛行機を上手に飛ばせるようにりました。
学校の体育館を端から端まで一直線に飛ぶ飛行機の姿を見て
球技の時に馬鹿にしていた級友たちも、「おまえすごい、教えてくれ」
と言われるようになったと言います。
人に頼られて
とてもうれしくなりました。
嬉しくてその本の紙飛行機の設計図、
すべて覚えてしまいました。
その後ペーパークラフトの本にも出会え、
クラフトの知識もたくさん覚えました。
小学校6年生の時の卒業文集「僕の夢・私の夢」で、
自分の作った潜水艦で
世界中の海を旅したいと書きました。
潜水艦が大好きだったからです。
すると先生は大変怒った😡 そうです。
「みんなは職業のことを書いているのに、
お前はなぜ出来もしない夢みたいなことを書くんだ」
そして言われたそうです。
「そんなことできるわけないだろう!
潜水艦などというものはお金もたくさんかかるし、
余程頭がよくないと無理に決まっている。」
けれども植松さんは
その時の作ろうと思っていた潜水艦は
そんな立派なものではなくて、
200年も前に作られた潜水艦だったそうです。
そんな大昔に作られたものなら、
自分でも大人になったら作れるかもしれないと
思っていたそうです。
けれども、先生は
そんな潜水艦の歴史
などというものは知らなったのでしょう、
「出来ない!」
と1点張りで植松少年の言葉を
聞く耳持たなかったそうです。
夢って、職業のことなのでしょうか、
そして、今ある職業の中から
決めなければならないのでしょうか。
そして、
出来そうな夢しか見てはいけないのでしょうか。
植松さんは好きなことばかりしていたので
学校の勉強はできませんでした。
けれども近所のおじちゃんたちは皆優しかったです。
そしておじちゃんたちは、こう言いました。
「見てごらん、ここにあるものは皆すべて誰かが作ったものなんだよ」
素敵なドレスや高級な車は、
お金持ちだから、買えるのでしょうか。
いえ、違います。
素敵なドレスや車を、
一生けん命作っている人がいるからです。
そういう人がいるから
世の中のには素敵なものがあるのです。
お金がなければできないということは
してもらうのを待っている状態です。
サービスをしてもらうには
お金がいるのです。
お金がなければそのサービスを作ればよいのです
できるようになれば、
人に与えることができるのです。
人に与えることができれば
それが仕事になるのです。
そして
今できないことを追いかけるのが
夢
なのではないかなと思いました。
中学校では その夢を
又、先生に粉々に砕かれ
大きなショックを受けていた時に
お母さんが
「思いは招くよ」と教えてくれたそうです。
長い文章を読んでいただきありがとうございました😊