朝日記Foucault 2 主要な業績 3.1 狂気と医療の歴史 3.2 ものの秩序 3.2.1 古典的表現
3. Major Works 主要な業績
3.1 Histories of Madness and Medicine 狂気と医療の歴史
3.2 The Order of Things ものの秩序
3.2.1 Classical Representation 古典的表現
⇒ 朝日記Foucault 2
全体の表紙と目次 朝日記210605 翻訳版「ミッシェル フーコー」Michel Foucault 目次と今日の絵
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- 主要な業績
Major Works
Socratesにその起源し由来、哲学はその時代に典型的に受け入れられた知識を問うことによる果実を含んできたのである。
後の時代に、Locke、Hume,そしてとくに、Kantは哲学の明確に近代的な理念を、知識の批判ということで展開したのである。
Kantの偉大な認識論上刷新とは、われわれの知る力の限界に現われる(批判と)同じ批判が、知識の力の演習課題の必要条件にあらわれる可能性があるということを保持したのである。
人間が知るcognitionことの偶発的様相contingent features(たとえば、いま認知している対象のもつ空間および時間的性質)で何が見えてくるか、その見えている何かが必要な真理であるのかに転じる。
Foucaultはしかしながら、Kantの逆方向invertへの必要性を示唆する。
見かけ上の偶発性のなかに、何が、実際上必要なものかを問う以上に、かれは見かけ上必要であるものに何が偶発的contingentであろうかということを示唆した。
かれの問いかけの焦点は 近代人間科学(生物学的、心理学的、社会的)である。
これら近代人間科学は人間の自然性について普遍的科学的真理universal scientific truthsを与えることを主張するものであり、その人間の自然性は事実、特定の社会の倫理的および政治的関与ethical and political commitments of a particular societyの単なる表現である。
Foucaultの「臨界的哲学」“critical philosophy”では、それらは偶発的contingentな歴史的力からの出現であり、科学的根拠ある真理scientifically grounded truthsからの出現ではない、そのことを如何にして明示するか、その要求を掘り起こすものである
彼の主要な著作のいずれも歴史的理性historical reason批判である。
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3.1 狂気と医療の歴史
Histories of Madness and Medicine
FoucaultのHistory of Madness in the Classical Age (1961)(古典時代における狂気の歴史)は心理学のかれの専門研究に基づいている(a licence de psychologie in 1949 および a diplome de psycho-pathologie in 1952)、パリでの精神病院、そしてかれ自身の心理学的な課題であった。
Wanderjahren (1955–59)はポスト-グラデュエートのころに書かれたものであるが、これは
スウェーデン、ドイツ、そしてポーランドに外交上/教育上の地位を継続したころのものである。
欧州でのこころの病についての近代概念の出現の研究、 History of Madness (狂気の歴史)はFoucaultの拡大的調査研究とかれのつよい怒りから形成されている。その怒りとは近代心理療法modern psychiatryの道徳的偽善性moral hypocrisyをかれが見たことからはじまったのである。
標準的な歴史は19世紀の狂気の医療治療をみる(これはフランスのPinelおよび絵国のTuke兄弟の改善から展開したものである)、それは先の時代の無知ignoranceと残酷brutalityからの狂気の啓蒙的解放としてのものであった。
Foucaultによれば、あたらしい理念、それは、狂気は単なる病気(「こころ」の病気“mentally” ill)でありそして医療治療の必要性にあるというものであるが、これが全く初期の概念化conceptionsに明らかな改良がないというものであった。
(例えば、ルネサンス時代の狂気madの理念は宇宙的悲劇の不可思議の力との接触にあるとするもの、もしくは17世紀での狂気の視点は理性の否認renouncing of reasonとしてのものであった)
狂気の近代的医療処置について求められている科学的中立性は事実上、通常のブルジョア的な道徳性への秩序ある挑戦のために事実上、表目に現れていないというのがFoucaultの論議であった。
簡潔にいえば、Foucaultはつぎのことを論じている、それは客観的にして、疑う余地のない科学的発見(狂気はこころの病 madness is mental illnessであるということ)として提示された。それは、事実として顕著に問題のある社会的および倫理的関与の結実であるというものである。
The Birth of the Clinic (1963)(診療の誕生)、これはFoucaultのつぎの歴史であるが、これも近代診療医療の批判をたたえたものである。
しかし社会-倫理的批判は(いくつかの過激な場合を除いて)社会⁻倫理的批判の矛先が鈍くなるが、医療の客体・客観的目的の真理(objective truth)の主体・主観的な中核(substantial core)がそこになく(心理療法では逆として)そしてそのための批判根拠もよわいのであった。
結果として、 The Birth of the Clinic (診療の誕生)はCanguilhemの概念歴史の伝統のなかで、科学の標準的歴史に大いに近いものである。
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3.2 ものの秩序
The Order of Things
Les mots et les choses(英訳の著名はThe Order of Things)、Foucaultを有名にしたこの本は、様々な意味で奇妙な挿話を彼の思考の発展のなかに持ち込んだのであった。
この本の副題は“An Archaeology of the Human Sciences”(人文科学の考古学)であるが、これが初期での心理治療と臨床医療での批判から拡大して経済学、生物学、および言語学のような他の近代的学問にも影響を与えたのであった。
そして事実、そこには近代人文科学に先行するルネサンスと古典時代でのさまざまな「経験的学域」“empirical disciplines”からの敷衍価値根拠がある。
History of Madness (狂気の歴史)や The Birth of the Clinic. (診療の誕生)においては、社会的批判は間接的にさえ見られないのであった。
その代わり、Foucaultは知識が意味するものの分析―およびその意味の変化―をルネサンスから現在に至る西洋思想について提供した。
彼の勝負ところの中核は表現の観念notion of representationである。ここでは哲学的思考における表現のついての取り扱いに焦点をおき、伝統的な哲学的設問を使って、Foucaultのもっとも直接的な関与を見ることにしたい。
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3.2.1 古典的表現
Classical Representation
Foucaultは、デカルトDescartesからカントKantまでは、かれが古典時代とよぶ期間であるが、そこでは、表現representationは思考thoughtへの単なる同化assimilatedであったと論じたのである;つまり、考えるto thinkということは、思考の対象the object of thoughtを表現representするための理念ideasの採用することであるとしたのである。
しかし、かれは言う、われわれはある対象を表現するための理念に対して、その理念がそれ何を意味するのかについて明確にしたいところである。
第一として、これが、類似resemblance:との関係についてはなにも言っていない。
つまり、その理念についての様相(固有の性質)features (properties)がそこにはなにもなく、(ただ)その理念それ自体が その対象objectの表現representationを構成していることだけなのである。
(これを言うことは、しかしながら、理念ideaそのものは固有の性質(物性)propertiesを何らか持つことを、あるいはこれらの物性がその対象objectについての理念ideaの表現representationとして適正であることをも要求するのである)
対照的に、ルネサンス時代では、知識はモノとモノの間での類似性の事態matterとして理解されていたのである。
地図を考えよう、これは古典時代での表現性についての有益なモデルmodelである。
たとえば、その地図は町の周辺や町中を表現するのに、一群の線のセットになっている。ここではさまざまな幅、長さそして色彩の線を見ることができよう。
このことは、道路は、その地図のもつ固有の性質(物性)(描かれた線の幅、長さや色彩)が何であるかが対象ではなく、その地図にある抽象的構造(線群のなかの相互の関係)が、その道路の抽象的な構造を写しているかが問題として理解される。
古典時代思考の中核は、われわれが知っていることを表現する理念を所有して、しかるにその力において、われわれは知るという原理である。
無論、この地図に対照にして、われわれの理念の実際の容姿が何であるかを知る必要なない。
(ただ)われわれの理念のちからにおいて、その容姿を表現することができるということなのである。(デカルトの学問的術語では、われわれはそれらの「形式的実在性」“formal reality”.を知る必要がない)
われわれは抽象的な構造をのみ知る必要があるのであり、その構造とはかれらが表現するものを共有するということになる(Decartesが目的的実在性“objective reality”と呼ぶモノの構造である)
われわれの理念の抽象的構造に対してわれわれは、直接(内省的)アクセスをもつことになるのである:われわれはその抽象構造がどのような表現的構造をもつかを「みる」“see”ことができるのである。
さらに、われわれはある理念の構造を替えて、ひとつの対象のよりよい表現に作り直すことができるのである、われわれは地図を改良することができるのである。
古典的視点において、われわれは ある理念がある対象の表現であるということを如何様にしてしるのであろうかーそして好ましい表現というのがあるのであろうか?
それはないとFoucaultは論ずる、理念ideaをその対象objectと比べてみようと比べてみようとするときに対象は表現representationとは関係のないものになっているからである。(理念は対象を表現していないからである)
このことは不可能である、それはその対象を知るのに表現を持たないでおこなうことを要求するからである(古典的思考では、知ることは表現することである( is ))。
唯一の可能性は、その理念そのものが、その理念が表現体であることを明言することである。
その理念はその理念が表現体であるというまさしく事実を表現するのである。
ひとつの理念がひとつの表現体であるかの質問に対しては、この「自己-参照性」容貌がすべてであり、それ自身に向かって存在するということになる。
適正さとは、理念を構成する集合の部分(サブセット)が似ていることがそれら自身の適正さを証言するのに似ていることになるー例えば、Descartes’の「明解でかつ明晰なる知覚」“clear and distinct perceptions”やHumeの単なる印象simple impressionsといったところのものである。
この意味で、初期の近代哲学は「直観」“intuition” (intellectual or sensory)に基礎をおいている。
しかしながら、理念の適性さの「直観」からは、それ自身について、その理念によって表現された対象objectの独立な存在性を確立しない。
初期の近代的視点に関するかぎり、そのような対象はそこにはなく、また、もしあるとしたらそれはなにか他の方法によって確立される必要のあるものである(例えば、論法や他の直感)
われわれは、したがって、Foucaultのためには古典的な知への鍵は その理念であり、つまり心的表現性mental representationということになる。
古典的思想家は理念の実際の存在論的な地位(それらの形式的リアリティー)については同意しないであろう:
しかし彼らは、表現性(もし存在論的でないなら、認識論的として)としての理念が 「非物理的」および「非歴史的」としてあるということなら、まったく同意する;
すなわち (理念)がその対象を正確に表現とするとしても、それら理念は実際の自然や人間世界のネットのなかで役割を担うものであるとは認めらえないであろう。
以下でさらに論じることであるが、言語language―物理的および/まはは 歴史的リアリティーは、知識knowledgeにおける基本的な役割をなんら担えないであろう。
言語は思考の高次の道具以上のもの以外にはありえない;理念の物理的表現はそれらの中での相互関係を除いては意味を持ち言えないのである。
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