私の読書記録

ミステリー、サスペンス、アクション
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海峡 / 伊集院 静

2024年12月07日 | 読んだ小説
                    


朝鮮から日本に渡って来て事業で成功した偉大な山のような父親と、大きく深い海のような愛情の母親の
間に生まれた主人公の英雄は、父親の経営する店や旅館などで働く50人程の人々と共に大きな家で大家族
の様に暮らしていた。 そして父親は、その50人全員に心酔され、その息子である英雄も皆から敬われて
いた。 そんな主人公の英雄が、いろんな出会いと別れの中で悲しみ傷つき寂しさを感じながらも成長し
ていく姿を描いた作者の故郷の瀬戸内を舞台にした自伝的物語。

泳ぎを教えてくれ、キャッチボールの相手をしてくれ、相手に立ち向かっていく事を教えてくれた優しい
リンさんの死。 山の村に連れて行ってくれたサキ婆さんと、サキ婆さんの孫でマラソンが得意で英雄が
兄のように思っていた良来の朝鮮への帰国。 英雄が憧れていた鳩を飼っていたイサムが突然街を去る。
英雄がほんの淡い恋心を抱いていた病弱な美津の死。 ずっと遊び友達だった真ちゃんも突然街を去る。
これらの英雄の周りの大切な人達が、次々と英雄の前からいなくなってしまい寂しさと共に、両親もいな
くなってしまったら自分はいったいどうなるのかと不安に襲われる。

主人公の英雄という10歳の少年は、正義感のある優しい少年というわけではなく、臆病な所、小狡い所、
卑怯な所、卑屈な所、意地悪な所もある普通の少年で、豪快な人物だが密入国の手助けや女性関係の乱れ
が目立つ父親の存在感も凄いが、それ以上に誰にでも分け隔てなく愛情をもって優しく接する母親の存在
が作中で際立っていた。 

海峡は三部作で、幼年篇の本作、少年篇の「春雷」、青年篇の「岬へ」とあり、この少年が男として、
どのように成長していくのか是非読んでみたいと思った。 

ある男 / 平野啓一郎

2024年11月28日 | 読んだ小説
                    


次男を病気で亡くしたバツイチ子持ち女性が、``ある男``と再婚して娘も儲けて3年9ヶ月の間普通に
暮らしていたが、その夫になった男が事故死した後に、夫が名前や生い立ちを偽っていたまったくの別人
だった事が判明する。 女性は、以前に離婚調停の時に世話になった弁護士(何故か物語の主人公)に、
夫の正体と死んだ夫が名乗っていた実在の人物の消息の判明、死んだ夫が別人だった事による法的事務
手続きを依頼する。

女性は、あの穏やかで幸せだった3年9ヶ月の日々は、私と長男、そして2人の本当の娘にとっていった
い何だったんだろうと苦悩し、弁護士は、自身が在日3世である事の複雑な思いや妻と家庭内で距離が
できて冷めた関係になってしまっている事に、自分の人生はいったい何だったんだろうと苦悩しながら、
自分が別人になる事に憧れを持ち、バーで女性の夫が名乗った名前と生い立ちの男に扮する。

おそらくこの物語を読んだ多くの人が、夫にずっと嘘をつかれ騙されていた家族の方にこそ興味があり、
弁護士の生い立ち、家庭生活、心情などは別にどうでもよくて、弁護士が名前と生い立ちを偽って死ん
だ夫の真実を調査し暴いていくのには興味があるが、何でこの弁護士の苦悩の話の方がメインで弁護士
の方が主人公なのか。 女性の方が主人公であるべきだろうと残念に思うだろう。

弁護士の調査の結果、名前を偽って死んだ夫は、父親が息子の友達も含む一家3人を殺害した凶悪殺人犯
の死刑囚で、その息子である苦しみと、周りの者からの攻撃や蔑みの目から逃れるために他人と名前と生
い立ちを交換し入れ替わった事が分かった。

そして、名前と生い立ちを変えた男は、女性と出逢い結婚し娘も生れ、妻と2人の子供を愛し、まじめに
一生懸命働きながら3年9ヶ月の間幸せな生活を送った。 その幸せな家族生活は本当だったと思うが、
妻にさえ本当の事を最後まで言わなかったのは複雑な思いがする。 妻に本当の事を告白したとしても、
妻は理解し受け入れ、あんな事故がなかったら変わらず幸せな生活が続いていたんだろうと思う。

最後に重ねて主人公の弁護士の生い立ちや家庭生活の苦悩は別にどうでもいいが、弁護士の切なくて儚い
秘めたる恋が、せめてワンナイトラブでもあれば良かったのに。 でも、弁護士の妻が浮気をしているよ
うな描写があったから、妻と別れてあの女性といっしょになれる未来線があるのならいいけど。

セブン / 浅暮三文

2024年11月18日 | 読んだ小説
                    

☆☆
秋葉原のラブホで女子高生が、首を絞められた後に非常階段で首を吊った状態で発見される。
事件を捜査する帰国子女の主人公は、組織で群れない、長い物に巻かれない美貌の女性刑事で、そんな女
性刑事は小説やTVドラマなどでも世の中に履いて捨てるほどあると思う。 そんなどこにでもあるような
使い古された主人公のキャラの作品で、作者がどのように同系他作との違いを見せて面白く料理するのか
に注目して読んだ。

読み始めると名前が七で愛称がセブンの女性刑事が、生まれつきなのか、子供の頃に火事で両親を亡くし
た精神的ショックが原因なのか、人の心を上手く理解する事が苦手な発達障害のような感じの人物だとい
う事が分かる。 そして、独りの部屋で飼い始めたばかりのフクロウに事件を相談する妙な癖がある。
この辺が、同系他作とは少しだけ違う今回の主人公の個性なんだろうか。(ちょっとショボイかも)
それからセブンの相棒のベテラン刑事の意味不明な例え話は、余計に分かりにくくするだけでいらない。

何で犯人と思われる被害者の同伴者の人物は、女子高生を絞殺するだけでなく、これ見よがしに非常階段
に吊るさないといけないのか。 そして、最初からロープを準備していて計画的な犯行のようだが、
何故かホテルの監視カメラに自分が映るのを避けようとはしていない不可解な行動を取っていた。
そして、被害者の女子高生は、秋葉原で風俗のアルバイトをしていた事が分かる。 更に、犯行のほぼ同
時刻に事件現場のラブホの部屋の隣の部屋を1人で利用していた監視カメラに映る謎の女子高生とは。
セブンらが捜査を進めていく中で、犯人と思われる同伴者の人物を特定できたが、その人物が何者かに殺
害されてしまう。 セブンらは、殺害された男に女子高生を紹介した謎の人物を追う事になる。 

その謎の人物がラブホの隣の部屋を利用したティアラと名乗る女子高生と思われたが、後にティアラが
自殺した時の遺書を書いたのは本人なのか、ティアラに成りすました真犯人なのかどっちなんだろうか。 
もし本人なら女装している時が本当の自分だと言っているのに、秋葉原の女子高生のプチカリスマになっ
ていた彼女が、遺書に本当の女の子に生まれたかったと、自分が男である事を信者らにカミングアウトす
るはずがない。 そして真犯人が、ティアラに化けて即席の女装をしてラブホの監視カメラに映っている
が、女装は所詮、女装した男でしかなく誰が見ても女性ではない。 ましてや初めての女装で上手く女に
化けられるはずがない。 何かセブン以上に作者の方が人の心や物事を上手く理解できてない気がする。 

作者は、文章にそつがなくなかなか上手いと思ったが、最初からTVの連続刑事ドラマとして映像化される
事を狙っているのがミエミエな主人公のキャラや主人公の両親が火事で死んだ事故の真相とか、ドラマの
最終回まで持ち越しそうな謎もあり、連続ドラマとしてはセオリー通りなのかもしれないが、私が読みた
いのは、刑事ドラマのシナリオの様なものではなく小説なのだが。

君が夏を走らせる / 瀬尾まいこ

2024年11月12日 | 読んだ小説
                    

☆☆
瀬尾まいこの作品の「あと少し、もう少し」に登場した、ツッパリヤンキー中学生の駅伝ランナーだった
少年が、学校にもまともに行かないぐーたらな高校生になって本作の主人公として再登場している。 

今回は主人公が世話になっている仲の良い先輩から、学校が夏休みの間、奥さんが入院している1ヶ月間
の日中だけ先輩の家に来て1歳10ヶ月の娘の面倒を見てくれないかというバイトを頼まれる。 まだおむ
つも取れない幼い娘の子守りを男子高校生にさせるのは危険だしマジでどうかと思うが、最初は頑なに
固辞したが先輩夫婦にもいろいろ事情がありやむなく引き受ける事になる。

この少年、不良のヤンキーだけど実は凄くいい子なのだが、男子高校生に幼い子供の面倒を、それなりの
期間見させたら大体こんな面倒事が起こって、大体こんな感じの状況になるだろうなというこちらの想像
の範囲内か、それ以下の出来事しか起きずと云うか、あまりにも上手くいき過ぎて特に小説で読むほどの
話ではないかな。 でも、娘の鈴香ちゃんがヤンチャで可愛いからまぁいいか。 

それから先輩の奥さんが両親と絶縁しているのに、主人公が無断で勝手に奥さんの両親に孫の写真を送っ
たのは差し出がましい行為だと思う。(てか両親の住所どうやって知ったんだ) それから主人公のクラ
スメイトで吹奏楽部の陰キャな女子生徒とのエピソードも、まったく必要なかったと思う。
本作は、なかなかいい作品なはずなのだが、一番の欠点は、主人公の男子高校生がヤンキーのわりに変に
真面目で優等生過ぎるのが鼻につく所か。

まほろ駅前多田便利軒 / 三浦しをん

2024年11月07日 | 読んだ小説
                    

☆☆
東京の外れにあるまほろ市で便利屋を営む主人公の所に、高校時代の同級生の男が突然転がり込んで来て
共同生活する事になる。 しかし、その男とは友達でもないし、高校時代に1度も会話すらした事がな
かった。 ただ高校時代に主人公のちょっとした悪意で、その男は小指を切断する事故に合い、手術で
繋げた指はいまだに上手く動かせないようだった。 こんなチグハグな2人が、バディを組んで(とは
云っても仕事をしているのは大方主人公の方だが)便利屋に依頼が来る仕事を通していろいろ厄介事に
巻き込まれながら、ぎこちなくもふれあい次第にお互いを必要としていく。

登場人物の病院に入院しているばぁちゃんも、便利屋に犬を預けたまま逃げた家の小学生の女の子も、
まほろ駅裏で立ちんぼをしている娼婦の2人も、便利屋に塾の帰りに迎えに来てもらう少年も、親を
殺害した少女とその友達も、みんな心に悲しみを抱えながら必死に生きているが、主人公とバディの
2人も辛く重く悲しい過去によって心に深い傷を負っている。 

何かこの2人の投げやりで自堕落で適当だけど、どこかピュアで心に優しさを秘めた姿を読んでいると、
子供の頃に観ていたTVドラマの「傷だらけの天使」のショーケンと水谷豊を凄く思い出してしまった。
でも、当時は子供だったからハッキリと内容は憶えてない所もあるが、ショーケンと水谷豊が扮する2人
の自堕落で適当だけどピュアな優しさと生き方に憧れてカッコいいと思っていたけど、今この年齢になっ
た私が本作を読むと、だらしなくてカッコ悪くて嫌悪感を覚えてしまう所もある。

まともに働かないし厄介事を呼び込むようなバディの男が終始鬱陶しかったし、中盤以降に中だるみも
感じられ、最後に主人公が出て行ってくれないかと言ってバディの男は事務所兼住居の便利屋を出てい
くが、その事を主人公が後悔し、また一緒に共同生活がしたいと思っても、もう二度と再び会える事は
なかったという結末の方が、あれが今生の別れだったという寂しさと悲しみの余韻が残って良かった気
がするが、また主人公の前にバディが現れて元の鞘に収まるというは自分的にはどうもイマイチで残念
だった。 何でこの作品で直木賞が取れたんだろうか。