さいごのかぎ / Quest for grandmaster key

「TYPE-MOON」「うみねこのなく頃に」その他フィクションの読解です。
まずは記事冒頭の目次などからどうぞ。

TYPE-MOONとマイケル・ムアコック、そしてジーザス(TYPE-MOONの「魔法」(8))

2023年09月16日 05時05分31秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

TYPE-MOONとマイケル・ムアコック、そしてジーザス(TYPE-MOONの「魔法」(8))
 筆者-Townmemory 初稿-2023年9月17日


 こないだ寝てる間に思いついた(よくあることです)ちょっとした話を。

 最終的には「第三魔法って、いつ、だれが実現したの?」という話につながる予定です。

 これまでの記事は、こちら。
 TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する
 TYPE-MOONの「魔法」(3):第四魔法はなぜ消失するのか
 TYPE-MOONの「魔法」(4):第五の継承者はなぜ青子なのか
 TYPE-MOONの「魔法」(5):第六法という人類滅亡プログラム
 TYPE-MOONの「魔法」(6):「第六法」と「第六魔法」という双子
 TYPE-MOONの「魔法」(7):蒼崎青子は何を求めてどこへ行くのか

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●マイクル・ムアコック

 マイクル(マイケル)・ムアコックというイギリスのSF・ファンタジー作家がいます。作品に英国への憎悪が見られるので、ひょっとしたらルーツはスコットランドかアイルランドかもしれない。

 日本のファンタジー・シーンに絶大な影響を与えた人だと言い切っていいと思います。堀井雄二も芝村裕吏も河津秋敏も、たぶん坂口博信も強い影響を受けている(栗本薫はたぶん受けてない)。

 わかりやすい功績をひとつあげるとするならば、「異世界転生というアイデアを決定的な形でプレゼンテーションした人」
 初めて異世界転生を書いたというわけではないが、「これ以降のこのジャンルは彼の影響を検討せずに語ることはできないだろう」というような作品を書いたということです。私見では、日本の異世界転生もののルーツはナルニアよりはむしろムアコックであることが多いと思います。
(独自の意識を持つ魔剣、というアイデアも、決定的にしたのはムアコック)

 さて。
 80年代~90年代のファンタジーブーム&シーンを、若いころにバキバキに浴びまくっていたと推定されるTYPE-MOONの人たち。
 彼らもムアコックからむちゃくちゃに影響を受けている。奈須きのこさんは間違いなく読んでいるといいきれる。


●英雄の介添人

 TYPE-MOON作品を読んでいると、「あ、これはムアコックだな」と感じられるポイントが、けっこうあります。

 ものすごく端的な例をひとつ挙げるならFGO、ブリュンヒルデのスキルに、
「英雄の介添 C++」
 というのがある。

 英雄の介添(英雄の介添人、英雄の介添役)というタームの初出はムアコックの翻訳なんです(最初にそう訳したのはたぶん斎藤好伯)。私はそれ以前の用例を知らない。

 ムアコックバースにおける英雄の介添役は、「主人公の相棒になって、助力をしたりガイド役を務めたりすることをあらかじめ運命づけられた人」。ブリュンヒルデは設定的に「英雄の助力者」なので、ムアコックの設定に沿っている。

 なお芝村裕吏さんも芝村バースにおいて、「英雄の介添人」「夜明けの船」なんていう、そのものずばりに近い用語をなんの屈折もなく採用されていますね(こういうそのまんまの使い方、私は大好き)。


●「指揮をとれ、ストームブリンガー!」

 TYPE-MOON作品を読んでいて、私が最初に「おおお、なんてムアコックなんだ」と思ったのが、『Fate/stay night』で、ギルガメッシュが王の財宝を展開するシーン。

 空中に無数の穴があき、そこから、古今東西ありとあらゆる英雄譚に登場する聖剣・魔剣のたぐいがぬうっと出現し、そのまま水平に浮かんで、主人公をねらう。

「おおお、なんて、これはなんて『指揮を取れストームブリンガー』なんだ!」

 ムアコックの『エルリック・サーガ』には、持ってるだけでたいがい不幸になるストームブリンガーという魔剣が登場します。最終巻『ストームブリンガー』にて、主人公エルリックは、
「百万もの並行世界から無数のストームブリンガーを召喚し、敵に向かっていっせいに投射する」
 という奥の手を披露するのです。

「ストームブリンガー――」エルリックは言った。「いよいよおまえの兄弟たちの出番だな」
(略)
 やがてかれのまわりにいくつもの、半ばこの次元に、半ば〈混沌〉の次元に属している、影のような姿があらわれてきた。それらがうごめくとみるまに突然、あたりはびっしりと百万もの剣、ストームブリンガーと瓜二つの剣に満たされたのである!
(略)
「指揮をとれ、ストームブリンガー! 公爵らにかからせろ――さもないとおまえのあるじは滅びて、おまえも二度と人間の魂をのめなくなるぞ」
マイクル・ムアコック『永遠の戦士 エルリック4 ストームブリンガー』早川書房 井辻朱美訳 P.328~329



 この百万もの魔剣は、いっせいに射出されて、敵をめった刺しにするという攻撃方法を見せます。
 ギルガメッシュの王の財宝は、私には、エルリック・サーガの明確なオマージュにみえました。オマージュというか、「かっけえ! 俺もこれやりたい!」という感情が伝わってきた。

 ムアコックのこの部分、「無数の並行世界から、同一存在を無数に召喚してくる」というアイデアになっているのも、興味深い。

 なぜなら『Fate/stay night』に出てくる遠坂凛の宝石剣が、まさにそういうアイデアだからです。

 凛が組み立てた宝石剣ゼルレッチは、「無数の並行世界から、同一現場に満ちている魔力を自分の手元に集める」という秘密兵器でした。その力でピンチを脱したのです。


●主人公は全員同一人物

『Fate/stay night』については、その重要な設定の大部分が、ムアコックの影響下にあると感じられます。
 というか、「ムアコックから得た発想や気づきを、自分なりに再構成して、独自の世界をつくりたい」という欲求にもとづいて、『Fate/stay night』は作られている(そういう部分が多い)、というのが私の考えです。

 ムアコックは、剣と魔法のファンタジー小説を量産してきたのですが、あるときから、「私の書いた主人公はすべて同一人物だ」と言い出しました(たぶんジョセフ・キャンベルを読んだんだと思う)。

 いろんな並行世界に、さまざまな顔や出自を持った主人公が配置されているのだけど、それらはみな「同じ魂を持つ」という。

 さまざまなヒーローが全部同一人物って、どういうことなのか。それが『エレコーゼ・サーガ』で語られます。
 それぞれの並行世界には、主人公である英雄が、あらかじめ存在しています。
 だけども、それはいってみれば、「まだ中身が入っていない英雄」と言ったような状態であるらしい(注:これは私の解釈コミです)。

 運命(フェイト)が、「この英雄に重要な役割を果たさせたい」と考えたときに、ヨソの世界から「中身」(魂)が召喚されて、この英雄に入り込む。
(運命と書いてフェイトも、ムアコック作品でよく使われる言葉)

 この「英雄の中身」は、現代人のジョン・デイカーという男なのですが、かれは突然、自分の世界から引きはがされ、異世界に転移させられ、気づくとその世界の英雄となっており、「英雄なんだからなにがしかのクエストを達成してこい」と強要されることになる。

 このクエストを達成したからといって、かれには何のほうびもないし、メリットもない。でも、やらないといけない状況に追い込まれて、しかたなく、命がけで戦わされる。そして元の世界に帰るみこみはまったくない。

 ムアコックの主人公のだいたい全員が、こういう成り立ちになっている、とムアコックは設定した。
 主人公たちのなかには、ジョン・デイカーとしての意識を持っている者も(少数)いるし、大多数は持っていない。だから、自分が異世界転生者であるとは、ほとんどの主人公は気づいていない。
 なので、「全員同一人物設定」を思いつく前に書かれた主人公も、問題なく、この設定に組み込むことができた。


●ガワが先行し、中身がついてくる

 以上のようなムアコックバースの設定から、TYPE-MOONに話を戻すと、上記の話から、重要なポイントをふたつ(つきつめればひとつ)、取り出すことができます。

 ひとつめ。ムアコックのヒロイックファンタジーは、「自分の意思とは関係なくどっかの世界に転移させられて、望んでもいない戦いに駆り出される」という悲哀がトーンになっているという点です。この悲哀がムアコックの魅力なんですね。

 これはTYPE-MOONでいえば、英霊、とりわけエミヤのような守護者を想起させます。エミヤは自分の意思とは無関係に、とつぜんどっかの場所に現界させられ、虐殺にちかい戦いを強要される……という気の毒な境遇にありました。

 そしてその延長上にあるふたつめの重要なポイントは、「ガワが先行しているところに中身が送り込まれてくる」という構造です。

 ムアコックの主人公(特にエレコーゼ)は、その世界にあらかじめ存在していた人物(ガワ)の中に、本体である魂が放り込まれて、はじめて「英雄」になるというしくみでした。

『Fate/stay night』の聖杯戦争では、ゲームの舞台に、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーという、7種類のひな型(ガワ)があらかじめ先行して用意されています。

 その7種のガワにちょうどよく入る「中身」が、英霊の座から送り込まれて、サーヴァントとして活動可能になるというしくみになっていました。

 この「ガワが先行しているところに中身が送り込まれてくる」という構造は、Fate系統の作品の設定におけるキモ(のひとつ)といってよく、佐々木小次郎みたいな「本人が実在したかどうかはっきりしない英霊」を召喚するときの理屈としても使用されます。

 佐々木小次郎は、ほぼ伝承のみの存在で、実在しない。実在しない存在をサーヴァントとして召喚するとき、どんなメカニズムになっているのか。
 まず「伝説上の佐々木小次郎のイメージ」が、ガワとして用意される。
 次に、佐々木小次郎というガワに入る資格を持つ複数の(無名の)人物の中から、一人が選ばれてそこにスポっとおさまる。

『Fate/stay night』と『FGO』で召喚される佐々木小次郎は、「自分は生前、佐々木小次郎と名乗ったことはなく、ただ愚直に剣の修業をしたただの農民である」と言っていますよね。
 おそらく「燕返しを得意とする佐々木小次郎」というガワがまず用意され、そのあとで、英霊の座に登録された剣士の中から「燕返しを習得した者」がリストアップされ、その中の一名がガワの中に入って「佐々木小次郎」として冬木市なりカルデアなりに出現した。

 ここまでが前置き。


●『この人を見よ』

 ムアコックに『この人を見よ』というSF小説があります。1968年にネビュラ賞をとってます。

 あらすじを一言で言うと、「ノイローゼをわずらった精神科医が救いを求めてタイムマシンに乗り、キリストに会いに行く」というお話です。
(おっと、ジーザス・クライスト)

 ちょっと面白い指摘を先にしておきます。主人公グロガウアーは、タイムマシンで西暦28年にタイムスリップし、気を失って、洗礼者ヨハネに助け出されます(ちなみにこのヨハネさんは、ほら、サロメが首を切りたがっている人、ヨカナーンさんと同一人物)。

 ヨハネは主人公のことを、魔術師と書いて「メイガス」と呼ぶんです。

 ヨハネがいま、洞窟の外に立っていた。彼はグロガウアーに呼びかけていた。
「時間だぞ、魔術師(メイガス)」
マイクル・ムアコック『この人を見よ』早川書房 峯岸久訳 P.136



『Fate/stay night』に、印象的なシーンがありますね。セイバーと凛の初邂逅。凛が宝石魔術でセイバーを攻撃し、セイバーが対魔力スキルで無効化する。剣をつきつけ、セイバー、一言。

「今の魔術は見事だった、魔術師(メイガス)」
『Fate/stay night』



 私のとぼしい読書体験の範囲内でいえば、魔術師と書いてメイガスとフリガナを振る作品は、『この人を見よ』と『Fate/stay night』しか知らない。たぶんこのへんは、奈須きのこさんがムアコックから直接的にひっぱってきた表現だと思います。

 さて……。これ以降は『この人を見よ』のネタを全部割りますから各自ご対応下さい。


●「ガワが先行し、実体が後を追う」の元ネタ

 主人公とガールフレンドのあいだに、こんな会話があります。

「きみはこれまで、キリストという概念・・のことを考えたことはないのかい?」
(略)
「だが、どっちが先に来ただろう? キリストという概念だろうか、それともキリストという現実だろうか?」
(略)
「人びとがそれを求めている時には、とても考えられないような糸口からだって、偉大な宗教を作りあげるわ」
「ぼくのいっているのはまさにそれだよ、モニカ」彼の身振りに思わず熱がはいったので、彼女はちょっと身を引いた。「概念・・がキリストの現実・・に先行したんだよ
マイクル・ムアコック『この人を見よ』早川書房 峯岸久訳 P.104~105 ※傍線は引用者による



 引用部はこういうことを言っています。設問は「キリストという存在はいかにして発生したのか」。

 イエスという実在の人物がまず先行して存在し、実在のイエスのまわりにさまざまな伝説がくっついていって、現在キリスト教で語られるような救世主ジーザス・クライスト像が発生したのだろうか?(これが通常の考え方)

 主人公グロガウアーは、そうじゃなくて、こうだ、と言うわけです。まず最初に、我々が知っているような救世主キリストのイメージが実体よりも先にあの時代に存在し(「概念」として「先行」し)、その概念にあてはまるような人物が後付けであてはめられたんだと。

 概念が先行し、実体はそのあとでやってくる……。

 奈須きのこさんは絶対に読んでいる、と強く推定できる『この人を見よ』に、Fateシリーズの設定の肝といえる「ガワが先行し、中身がついてくる」というアイデアが、そのものズバリ、直接的に書かれている。

『この人を見よ』に、なぜこういう会話(概念が先行し、実体が追い付く)が書かれているかというと、この作品がまさにそういう事件を書いた物語だからです。

 主人公グロガウアーは、心を病み、キリストに会いたくなって、タイムマシンに飛び乗る。
 洗礼者ヨハネと出会う。
 洗礼者ヨハネは世界を変革する救世主を待ち望んでいる。
 ヨハネだけでなく多くの人々がそれを待ち望んでいる。
 主人公は、救い主であるナザレのイエスを探し求めて苦難の旅をする。
 だが、「伝説で語られているようなナザレのイエスはいない」ということがはっきりと確かめられてしまった。
 主人公は現代医学の知識があったので、傷病に苦しむ人々を助けてやることがあった。
 悩める人々に助言を与えることもあった。

 キリストの事績として語られていることが、自分の身の回りで起こりつつあることを、主人公は自覚し始める。そのあたりから、主人公も読者も、ある予感を胸に抱きながら、この物語を先に進めていくことになる……。

 主人公グロガウアーは、最終的に、ピラト総督によってゴルゴダの丘で処刑されます。人生をなげうってでも会いたいと思ったイエス・キリストとは、自分自身だった……という思い切った真相がどんとのしかかってくるのです。

 60年代という時代にキリスト教圏でこういう挑戦的な作品が書かれたのもけっこう驚きですし、『ゲド戦記』の一巻の内容を想起させる感じなのも興味深いですが(『影との戦い』と『この人を見よ』はともに1968年発表)、TYPE-MOON論的に注目したいポイントはふたつ。

 ひとつは前述のとおり。
 このお話は、「救い主というガワが先行しているところに、その中身として主人公が送り込まれる」物語だということです。

 主人公は、「実際にどんな人かはわからないがとにかくイエスに会いたい」ということで会いに行く。
 でもイエスはいない。
 西暦28年のヨルダン川流域には、「救い主があらわれてほしい」という機運だけがひたすら高まっている。
 でも救い主はいない。

 実体はまだないけど「こういうものがほしい」という願望だけがまず先行している。
 そこに、遠くから実体となるもの(主人公)が送り込まれてきて、救い主として、イエスとして機能しはじめるという仕掛けになっているのです。

 先にのべたとおり、「ガワが先行し、実体が後を追う」は、Fateシリーズの重要な部分を担う設定です。TYPE-MOONが(奈須きのこさんが)この設定を獲得するにあたって決定的な影響を与えたのはこの作品にちがいない。

 重要なポイントのもうひとつは、『この人を見よ』は「ジーザス・クライストはどこから来たのか」という問いに対して、これ以上ないくらい鮮烈な答案を出してきているということです。


●第三魔法タイムスリップ説

 このブログを通読されている方はご存じでしょうが、私の説では第一魔法の魔法使いはジーザス・クライストです。

 それに関しては以下の2記事を読んでいただくのが一番間違いありません。

 TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する

 いちおう要約を書いておきます。
(でも繰り返しますけど元記事を読んだ方がよいです)

 第一魔法の前に、まず第三魔法が存在したということになっています。

 第三魔法の使い手が西暦1年前後に姿を消し、第一魔法の使い手が西暦1年ごろに誕生したという設定があります。
 西暦1年というのはジーザス・クライストが誕生した年です。
 だから、第一魔法の使い手とジーザス・クライストは同一人物だろう、という素直な理解をしています。

 第三魔法は、魂の物質化……魂をむき身のままでこの世界に存在させるという魔法です。魂は無尽蔵のエネルギーを持っているので、だいたい望むことがなんでもできる。

 第三魔法の魔法使いは、西暦1年に、「魂が物質化された人間」を生み出した。このとき生まれたのがジーザス・クライストで、この人は生まれながらに無尽蔵のエネルギーを持った超人だった。

 ジーザスは、生まれ持ったエネルギーを使って、人類で初めて「根源の観測」に成功したので、人類は根源の力であるエーテル(真ではないほうのエーテル)を利用できるようになった。また、同様にエネルギーを使って「各地でまちまちだった地球全体の物理法則を一意に固定する」ということをした(この一連の事績が第一魔法)。

 というような話なのですが。
 私は基本、この理解でOKだと思っているので、これを前提に話を進めます。

 TYPE-MOONの魔法関連の設定には、「第三魔法は第一魔法より先行して存在した」という、ちょっと不思議な設定があって、微妙にひっかかっていました。

 ひっかかっていたので、「初期三魔法循環説」みたいなものを模索していたわけです。
(これは今もありだと思っています)

 だけど、今ここに、「奈須きのこさんに決定的な影響を与えたと強く推定される『この人を見よ』」という強力な補助線があります。

『この人を見よ』は奈須きのこさんに強い影響を与えたと推定され、なおかつ、「ジーザス・クライスト誕生の秘密」を語る物語だ。

「ジーザス・クライストが第一魔法を実現した」という仮定をOKとする場合、この設定において『この人を見よ』の影響がなかったとは考えにくい。

・『この人を見よ』は、ジーザスの中身が未来からやってくる物語である(事実)。
・TYPE-MOONの第一魔法はジーザスが編み出した(推定)。
・ジーザスは第三魔法の産物である(推定)。
・第三魔法は第一魔法よりも先に存在していた(事実)。
・現代では、第三魔法は実現不能であり、再現のための研究が続けられている(事実)。


 これらの条件を足し合わせると、自然にこういうストーリーが組み立てられそうなのです。

・第三魔法は(現代からみて)これから実現される。
・第三魔法の魔法使いは、紀元前にタイムスリップする。
・第三魔法の魔法使いは、西暦1年ごろ、第三魔法の産物としてジーザス・クライストを生む。
・ジーザスは第一魔法を実現する。


 バリエーションとしては、こうでもいい。

・第三魔法は、神代の魔力がないと実現できないことがわかったので(などの理由で)、紀元前にタイムスリップする。

 ようするに、今後、第三魔法が実現したら、その魔法使いは過去のイスラエル周辺にタイムスリップし、魔法使い本人かその後継者が、のちに聖母マリアになる。そしてジーザスを生む。

 世界が第一魔法を実現する救世主を必要としたので、はるか未来という遠くから、それを実現しうる存在がその時代に送り込まれてくる。
(そういう存在の必要性が先行し、あてはまる者が後付けでやってくる)

 このアイデアのメリットは、

・「第三魔法は第一魔法に先行する」という設定の理由が説明できる。
・第一から第三はサイクル構造になっており循環する、という「初期三魔法循環説」がよりスマートになる。

 このアイデアを以後「第三魔法タイムスリップ説」と呼称することにします。

「第三魔法タイムスリップ説」の問題点……というか、ヒヤっとする点は、
「もし今後、第三魔法の開発が完全に途絶えたら、キリストの事績(第一魔法)が全部不成立になるので、世界はロジックエラーを起こして破綻する」
 ということです。

 でもたぶん、研究が続けられているかぎりは「それがいつかはわからないがそのうち成功するかもしれないので」ということで世界は存続しそうです。「いつかは必ず死ぬがそれは遠い先なのでまだ死なない」理論で静希草十郎が生き続けているのとおなじ。


●これってホントに採用されてる?

 以上のようなことを考えたので、こうして皆さんにお知らせしているわけですが、ちょっと自分で首をかしげているのは、
「これって、実際にTYPE-MOONの設定に採用されてるかな?」

 どうも感覚的に、採用されていない気がする。

 ただし、採用されていないにしても、奈須きのこさんはこういうアイデアを思いついていて、採用するかどうか検討しただろう……というところまではありえると思っています。そうするつもりだったけど、やめた、くらいの感じはありそう。

 第三魔法が第一魔法に先行するという設定は、「第三魔法タイムスリップ」を検討していたときのなごりだと考えると腑に落ちやすい。

 関連してもうひとつ、「検討された結果採用されなかったのかな」と思えるアイデアがあるので、以下それについて。


●衛宮士郎という名のキリスト

『Fate/stay night』の衛宮士郎は、「人々を救おうとして自己犠牲のかぎりを尽くした結果、救おうとした人々によって死刑に処される」という未来が予言されている男です。

 こちらで詳しく述べましたが、これは完全にイエス・キリスト伝説の語り直しです。
 衛宮士郎は「おまえはやがてキリストのような死に方をするだろう」と、未来の自分から予言された男です。

 そんな衛宮士郎、『Heaven's Feel』のラストで命を落としますが、イリヤの第三魔法(もどき)によって魂を保存され、のちに新しい身体を得て生き返ります。

 キリスト伝説では、イエス・キリスト(ジーザス・クライスト)は、ゴルゴダの丘で死刑になるものの、生き返るのです。
「死んだけど生き返った」は、キリスト伝説およびキリスト教の教義における神髄です。衛宮士郎はキリストのように生きて死ぬことを予言され、キリストのように生き返った男なのでした。

 このことと「第三魔法タイムスリップ説」を足し合わせると、以下のようなストーリーもひょっとしてありえたんじゃないか。

 イリヤ(か桜)は士郎の魂を持ったまま西暦前夜のヨルダン川流域にタイムスリップする。
 そこで士郎を再生させる。
 士郎はキリストになる……。

 つまり、その時代、その土地において、キリストに相当するような救世主を「世界が」必要としている。
 ところが、キリストに該当する実体はそこには存在しない。
 そこで、遠い未来から、キリストという「ガワ」に入り込む資格を持つ人物の魂が召喚される……というようなイメージです。
 セイバーというひな型にアーサーが送り込まれるように、佐々木小次郎というひな型に燕返しの農民が送り込まれるように、キリストというひな型に衛宮士郎が送り込まれる……といったようなアイデアですね。

 だけど、実際には物語はそうはなっていません。だから、もし仮にこういうアイデアを奈須きのこさんが発想していたとしても、採用はされていません。

 採用はされていませんが(私でも採用しない。話が飛躍しすぎるし、元ネタの形が残りすぎている)、『Fate/stay night』の結末をどのようにしめくくろうか、というとき、いくつも浮かんだはずのアイデアの中に、これはあったんじゃないかなあ……というようなお話でした。以上です。


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#TYPE-MOON #型月 #月姫 #月姫リメイク #FGO #メルブラ #MeltyBlood #Fate
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魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか

2023年07月15日 11時45分13秒 | TYPE-MOON
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魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月15日



 固有結界を実現している魔術理論“世界卵”という理論があるとされています。
 月姫リメイクに関して研究していた際に、「この世界観ではどのように宇宙創生がなされたか」ということを考える必要に迫られました。
 さまざまな情報を順列組み合わせしていたら、「あ、世界卵ってこういうこと?」という思いつきがポロッと落ちてきたのでかきとめておく次第です。

 当記事は「月姫リメイク」の研究に関連しています。

 以下の記事を、できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題
 月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び

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●森博嗣『笑わない数学者』

「月姫リメイク」シリーズ記事の第五回および第六回で取り上げた、天体の卵とビッグバン関係の話を、頭の中でゴチャゴチャ揉んでいたら、ハタと思いついたことがあったので書いときます。

 世界卵という謎のキーワードがあるでしょう。固有結界の魔術は、魔術理論「世界卵」に基づいている、という情報がありました。

(説明不要とも思いますが固有結界とは、人間の心象風景、ようは個人の中にある心理的イメージを、自分の周囲(現実世界)に上書きする魔術。自分の周りが自分に有利なルールになる。英霊エミヤの「アンリミテッドブレードワークス」など)

 心象風景の具現化とは、右下の図によって示した魔術理論“世界卵”によって説明される。つまり自己と世界を、境界をそのままにして入れ替えたものが固有結界だ。この時、自己と世界の大きさが入れ換わり、世界は小さな入れ物にすっぽりと閉じ込められる。この小さな世界が世界卵であり、理論の名前にもなっている。
『Fate/complete material vol.03 World material.』P.45



 右下の図というのはこれです(引用。著作権法第32条に基づく)。


『Fate/complete material vol.03 World material.』P.45


 私は、わりと長いこと、頭の中に「???」を浮かべたまま、「ははぁ、自分の内と外を入れ替えるのですね、なるほど」と、わかったようなわからないような感じのまま棚上げしておりました。

 が、このあいだふと思ったのが、
「あれ、奈須きのこさんて、森博嗣を読んでるよな?」

 奈須きのこさんが京極夏彦先生の熱心なフォロワーだというのはご自分でおっしゃっている通り。
 そして京極先生と森博嗣先生は同時期の作家で、並べて語られることが多い二人だ。
(以下、京極、森については敬称を略す)

 奈須きのこさんは森博嗣も読んでる可能性が高い。蒼崎橙子や阿良句寧子のような、「マッド研究者でもあり建築家でもある」というキャラクターの型は、たぶん森博嗣が書く真賀田四季博士から影響を受けているものと思う。月姫には「四季」というそのものずばりのネーミングも出てきますしね。
(余談だけど西尾維新さんの書く四季崎記紀も原型は真賀田博士だと思う)

(●2023年8月22日追記。『TYPE-MOON展』で奈須きのこさんの本棚を再現したコーナーに、『笑わない数学者』を含む森博嗣作品が並んでいたという情報が寄せられました。お知らせいただけたことに感謝! https://twitter.com/motumotion/status/1693926623601709504


 森博嗣の初期長編『笑わない数学者』の結末に、ほんっとうにすばらしいなぞなぞが書かれています。今からそのなぞと答えを、つまり物語の結末を引用によって明かしてしまいますから各自対応してください。私はこの作品大傑作だと思っていて、できたらご自分でフルサイズで読んだ方がいい。
 以下の引用は全て講談社ノベルズ版『笑わない数学者』のP.342~344からです。

 問題はこうです。

 お爺さんはまたにっこりと微笑んだ。そして、立ち上がり、地面に大きな円を一つ書いた。
 少女が呆れてみていると、お爺さんは円の中心に、きをつけの姿勢で立った。
(略)
「円の中心から、円をまたがないで、外に出られるかな……」お爺さんがゆっくりと言う。



 出題者のお爺さんが教えてくれる答えはこう。

 それから、指を一本立てる。そして、大きな円の中に立ったままで、
「ここが外だ」と言った。



 なぜそういう答えになるのか。お爺さんは円の中心に立って、こう説明する。

「この円を、大きくするんだよ。どんどん、どんどん、大きくしてごらん。地球はまるい。円はどうなるね?」
 少女は想像した。
 円がどんどん大きくなる。
 公園よりも大きくなる。街よりも……、そして、ついに地球の直径と同じ大きさになる。
 それから……?
 それから、地球の反対側に向かって、今度は円は小さくなる。
 あれ……?
「そうか! 中よりも……、外の方が、小さくなるんだ」少女はその発見に嬉しくなった。
「あっ! そうか……それで、そこが外ってことに……?」



 最後の一文がキマっていて、私はいろんなところで何度もマネしました。

「ねえ、中と外はどうやって決めるの?」
(略)
「君が決めるんだ」



●内と外は誰が決めたのか

 自分の外と、自分の中身を入れ替える固有結界の魔術理論「世界卵」の正体はこれじゃないかと思ったのです。

 さっきまでは「内側」だと信じて疑わなかったものが、認識を広げることひとつで、瞬時に「外側」になった。どちらが内でどちらが外かは、面積の大小とは関係ない。

 いま地面に描いた円が、「狭いほうの地面を閉じ込めたものなのか」「広いほうの地面を閉じ込めたものなのか」は、一意に決めることはできない。不定である。

 この話がすばらしいのは、内側と外側というのは絶対的な基準があるものではなく、相対的な概念にすぎないということを、最強にわかりやすく例示しているところだ。

「物体をいっさい動かさずに、内側にあったものを外に出すことは可能だ」

 その方法とは「概念を変更する」
 面積の広いほうが外側だ、というのは、単なる人間の思い込み、概念にすぎない。面積の狭いほうこそ外側だ、という形に概念を変更すれば、さっきまで内側にあったものは、即座に外側に存在することになる。

「内とか外とかいうのは、人間の認識が決めている概念にすぎない」

 おっと、概念?
 TYPE-MOON世界観で概念といえば、概念のレイヤーに作用する魔術や武器。

 たとえば、切っても突いても一切外傷を受けない無敵の怪物がいたとする。
 この怪物を倒すにはどうすればいいか。

 TYPE-MOON世界観では、あらゆる物体には、実体とは別のレイヤーに「概念」が先行して存在する。
 ここでいう概念というのは、たぶんですが、「この存在はこういうものです」ということを決めている定義書みたいなもの、情報。
 すべてのものは概念が先行していて、実体は概念に沿ったかたちで、後付けで作られる。

 なので、実体ではなく「概念」を直接壊すことができる武器や魔術があれば、この例における無敵の怪物は倒せる。「切っても突いても死なない」と決めている概念をじかにぶっこわしちゃうから。

 絶対に死なない怪物を倒すには、「絶対に死なない」と書かれている怪物の概念に「おまえはもう死んでる」とでも書き込んでやればいい。「私はもう死んでる」と書かれた概念を後追いして、実体も死ぬので、絶対に死なない怪物は死ぬ。


 ここに卵の殻がある。
 卵の外側と内側は、殻によって完全に遮断されている。
 殻の内側には白身と黄身が、殻の外側には世界がある……と、みんな思い込んでいる。

 だけど、卵の内と外って、空間の広さしか違いがないよね?
 卵の殻は、ふたつの空間を遮断する機能しかないのだから、見方によっては、「卵の外側が殻に包まれている」ともいえる。
 本質的なことを問うたら、卵の中身が殻によって包まれているのか、外の世界が殻によって包まれているのかは一意には決められない。

 だから、概念を、つまりものの見方を操作したら、「世界のすべては殻の中にあり、白身と黄身が殻の外にある」という状態は作れるのである。

 魔術を使って概念をそのように操作したら、あとは実体がついてくる。


 ここに人間のガワがある。
 人間の内側に心象世界があり、人間の外側に世界がある。
 しかし、「内と外というのは相対的な概念にすぎない」。
 よって、概念を操作することで……つまり「どちらが内でどちらが外なのかは私が決めることだ」とすることで、現実世界と心象世界をまるっと入れ替えることが可能であるはずだ。

 というのが「魔術理論“世界卵”」の正体だと思います。


●なぜ固有結界は「魔法に限りなく近い」のか

 この話はもっと広げることができそうだ。

 人間のガワを卵の殻に見立てて、外的世界と心象世界を入れ替えることが可能だということは……。

 一方では「自分の外部に心象世界を展開する」ということになるが、
 他方では、
「私の内部に世界の全てがある、私が世界である」


「宇宙の中に地球があり、地球の中に私がいる」という包含関係のモデルがあるとしよう。

 でも、内と外とは相対的な概念であり、入れ替えが可能であるとするのなら。

 私と地球の包含関係を入れ替えることができる。
 地球の中に私がいるのではなく、私の中に地球があるのである。

 地球と宇宙の包含関係も入れ替える。
 宇宙の中に地球があるのではなく、地球の中に宇宙があるのだ。

「私の中に地球があり、私の中の地球の中に宇宙があるのだ」。

 すなわち私こそが宇宙だ

「内と外とは相対的な関係にすぎない」というマジカルワードは、「今ここ」と「宇宙の最深部」を、概念の操作ひとつでまったく同一のアドレスに置くことを可能とする。

 宇宙の果てに存在する私という人間と、宇宙の最深部に存在する宇宙の中心は、内と外の関係を入れ替えることによって、重なることになる。入れ替えたら、私のいる今ここが、宇宙の中心となる。

 ここは向こうである。彼岸は此岸である。宇宙の果ては宇宙の中心である。

 そして、もし宇宙の中心に「根源」があるのなら。

 私の中心に根源がある。ここが根源である

 現状、「固有結界」の魔術は、自分の周囲のかなり限定された領域にしか展開できません。
 でも、もし仮に、「人間の内と外を入れ替える」を文字通り宇宙規模で行うことができたら。

 それは根源をまるごと手に入れたことになる。
 だから世界卵の理論を使った固有結界は、「魔法に限りなく近い魔術」と言われる、なんてのはなかなか平仄があっている感じです。


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月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び

2023年07月08日 11時58分04秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月8日



 わたくし、阿良句博士が好きすぎてどうにかなりそうでしてよ。このページでは、阿良句博士を集中的に取り上げます。「なにもかも全部、阿良句博士のせいにする」という荒業をお見せいたします。


 できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題

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●やらなくていいことをする女

 わたくし阿良句博士が大好きなので、フランス事変についても、「あの中の誰が阿良句博士なのか」というところに興味が集約されています。

 阿良句博士はどうみても死徒ないしは死徒関係者。ひょっとしたら二十七祖。

 
 →少年ジャンプ的な発想だが、この時点で屋敷に二十七祖の一人が食客としていたら、君はどうする? 新ヒロインの予感。あと遠野家ルート大改訂の予感。
『TSUKIHIME TSUUSHIN R』P.7



 奈須きのこさんは月姫リメイクの準備段階でこういうメモを残している。遠野邸の食客といえば阿良句博士だ。……という連想はすでにメジャーになってますよね。
(なんで日光が平気なの? という疑問については、アルクの吸血鬼講座に出てきた「カゲムシャ」くらいの想定でことたりる)

 阿良句博士が二十七祖の一人なら、フランス事変に居合わせていた可能性がある。あそこにずらっと居並んでいた死徒のうち、誰が彼女なのか知りたくてたまらない。


 ところでロアは、阿良句博士が志貴に打った怪しい注射のことを指して、「あの女はやらなくていいことしかしない」と言っています。どうやら以前にも、やらなくていいことをやってロアを困らせたことがあるようです。

 想定より早く目が覚めた。
 よからぬものが混じったからだろう。
 左の上腕に右手を置き、肌の上から血管を圧迫する。
 痛みはない。人間であればあっただろう。
 効果はない。既に必要がないので当然だ。

 余計な事を。
 やらなくてもいい事しかやらないのが、あの女の悪癖だ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 11/後日談。 Note.カルマの清算



 そして、エレイシア時代のロアの回想で語られたところによれば、「呼ばれもしないのに来た6人目」のせいで儀式が失敗したそうです。

 アルクェイドはわたしの手に落ち、あと少しで彼女を丸呑みにできるところだった。
 なのに、
 呼ばれもしないのに現れた六人目が、あっさり天秤をひっくり返した。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.ルナ・ボウ



 この「呼ばれもしないのに現れた六人目」が阿良句博士で、「天秤をひっくり返した」が「やらなくてもいいこと」じゃないかと思うのです。



●フランス事変で勢ぞろいした死徒

 六人目が「呼ばれもしないのに現れた」のですから、ロアによって正規に招待された祖は5名ということになります。それに加えてエキストラが1名。

 フランス事変の回想シーンには、祖らしき人物のシルエットが勢ぞろいするシーンが描かれます。


『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変


 手下を大勢引き連れてる奴もいるので、人数を確定しにくいものの、おおむね6体の祖がいるように見えます。

 手前に5体。
 左から、槍持ち長髪、帽子とステッキの紳士(と女たち)、クモ
 背後に1体。
 メカっぽい足がたくさん生えた巨大な女性っぽいやつ。

 背後の巨大メカっぽいのは、暫定的に「多足戦車」というコードネームで呼ぶことにします。
 並びを簡単に示すとこうなります。

 多足戦車
 槍持ち 女 長髪 紳士 クモ



 フランス事変の回想では、どの祖が何をやったのかが、ある程度まで特定できるようになっています。

 たとえば一面の展覧会。
(略)
 そのサボテンには真っ赤な花が咲いていた。人間を苗床にして咲く吸血花。血液で咲く深紅の薔薇(ルージュメイアン)。
(略)
 たとえば一面の舞踏会。
(略)
 六本脚の昆虫。八本脚の蜘蛛。多足類のわじわじしたもの。
 みんな泣き叫びながら、モドシテクレ、と合唱している。
 それらはやっぱりよく見なくても人間で、体中のいろいろなところから新しい部位が生えていた。
(略)
 凍りついた街並み、地面に空いたいくつもの穴、逃(い)きる事を諦めた人だけを襲う美しい鳩の群れ。
月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変



 引用部の最後の行が表示されたあと、画面には、「槍持ち」「紳士」「長髪」のシルエットが順繰りに表示されます。

 なので、

「凍りついた街並み」が「槍持ち」、
「地面に空いたいくつもの穴」が「紳士」、
「逃げることを諦めた人を襲う鳩」が「長髪」、

 の能力ということになりそうです。

 人間を昆虫に変えてた祖のくだりでは、「クモ」が表示されてて「なぜワタシの愛が分からない!?」みたいなことを言っています。なので、人間を改造するのは「クモ」の能力ということになります。

 槍を持ち、周囲を氷結させるといえばこれはヴローヴですから、「槍持ち」はヴローヴでいいでしょう。
 人間に薔薇を咲かせて血を吸うという能力は、薔薇姫というあだなを持つリタ・ロズィーアンを強く連想させます。祖の大集合シーンに明らかに女性のシルエット(「女」)があるので、「女」をリタ・ロズィーアンであるとしておきます。

 ここまでの条件をまとめます。

・槍持ち :街が凍る :ヴローヴ
・女   :吸血花  :リタ・ロズィーアン
・長髪  :人を襲う鳩:???
・紳士  :地面に穴 :???
・クモ  :人間を虫化:???
・多足戦車:?????:???

 名称不確定の祖が4名いて、そのうちの一人が阿良句博士かもしれない。そうであってくれ。


●よくいわれる説まとめ

 巷間いわれている説では、「人を襲う鳩をあやつる長髪の人物」は、「白翼公」のあだなを持つトラフィム・オーテンロッゼではないかとされています。これは私も、今のところそうだと思います。

 また、フランス事変の冒頭に、「街を城壁で囲む。大勢の人間を城壁で押しつぶす」という虐殺シーンがありました。
 多足戦車がこの能力者で、その名前は「城、即ち王国」という異名を持つクロムクレイ・ペタストラクチャではないかともいわれています。

 クモについては、これが阿良句博士じゃないかというのは、多くの人が指摘するところです。ノエルを改造してますしね。

(ほかにも、女=スミレ説や、紳士=リタパパ説など見ましたが、ここでは取り上げません)

 巷間いわれている説をまとめると、槍=ヴローヴ、女=リタ、長髪=トラフィム、紳士=???、クモ=阿良句博士、多足戦車=クロムクレイとなります。

 いちばんバランスがいい説はこれかなあと思ってはいますけれど……。
 バランスがいいというのは、つまり、これが「奈須きのこさんが出す真相と一致してたら100万円もらえるクイズ」だったら私もこの方向の答えを出します、くらいの意味ですけれど。

 もうちょっとだけ、意表をつかれた真相があったらいいなという個人的な欲望がめばえました。
 なので少しアイデアをずらしてみます。こんなのはどうでしょう。

 阿良句博士=多足戦車説。


●与太話

 この段は余談ね。
 ようは、私、阿良句博士が大好きだから、なるべく大きなビックリを抱え込んでてほしいという個人的な欲望があるわけです。

 重ねて申しますけれど、この先は私の趣味の話ですので、妥当性とかをとろけるチーズみたいにびよんびよんに伸ばしてどっかに放り投げてるものと思って下さい。

 阿良句博士は志貴から「クモみたいだ」という感想を持たれていますし、月姫リメイクには、誰が作ったかわからない謎のクモ型怪人が2体でてくるし、博士がノエルを吸血鬼に改造するシーンで、クモのシルエットが意味ありげに表示されます。

 だから阿良句博士は、人体を虫っぽく改造する趣味を持ったクモタイプの祖である、というのはすごく妥当だ。びっくりするほど普通だ。

(重ねて重ねて言い訳しておきますが、これは奈須きのこさんに難癖をつけているのではなくて、私の身勝手、かつ個人的な原理に基づくしょうもない願望をのべているのです)

 フランス事変には、能力がハッキリと確定していない祖が二人います。一人は「女」(吸血花のシーンに女のシルエットは描写されていない)。もう一人は「多足戦車」。

 そしてフランス事変には、足がいっぱいある奴が2体いるのです。「クモ」と「多足戦車」。

 阿良句博士が「招待されていない6人目」であり、それゆえに能力をあの街にぶちまけていない、と想定する場合。
 能力をはっきりと見せてはいない、そして足のいっぱいある奴、つまり多足戦車さんが阿良句博士であるなんていう答案が導かれる……といった感じです。彼女が自分を改造したら、ああいうメカっぽい外見になりそうだし、多足戦車の人体部分は女性の体形ですしね。

 私は基本的に、「フランス事変で大々的に街を襲っていた連中は、“六人目”とは思いづらいなあ……」という偏見的印象を抱え込んでいます。六人目が阿良句博士なら、大々的に街を襲っていたクモさんは阿良句博士だと思いにくいのです。

 この答案の場合、ノエルに吸血鬼化の注射をするシーンに出てきたクモだとか、シエルルートでシエルを襲うクモっぽい改造人間については、「オリジナルであるフランス事変のクモ」からコピーした能力を発露させてる、くらいの想定をする。

 なにしろ阿良句博士は、祖の能力のレプリカを作ったり、それを他人に与えたりするトンデモ能力の持ち主。
 ノエルに与えたロズィーアンの能力についても、阿良句博士がロズィーアン本人でないとしたら、ロズィーアンからかすめとってきた見当になる。どこでかすめたのかといえば、それはフランス事変でしょう。

 なら、同じようにクモちゃんから能力をかすめてきて自分で使ったりすることも不可能ではないのかなというくらいの想定です。

 この想定の場合、なんと、阿良句博士が作中でどんな能力を使ったとしても、それを根拠に彼女の正体を導くことができないという、大問題を抱え込むことになります。でも私個人としては、阿良句博士の正体にビックリしたいので、これでいいわけです。

 与太話おわり。この後はもうちょっと根拠っぽいものに基づく話をします。


●阿良句博士が志貴に打った注射

 シエルルートで、阿良句博士は志貴に二種類の注射を示し、どちらか片方を選ばせます。

 一方は痛くて効かない注射、他方は痛まずよく効く注射。
 前者を選ぶと志貴はロアに乗っ取られてバッドエンドになります。後者を選ぶとロアは志貴を乗っ取ることができず、のちにカーナビロアが発生します。
 おそらく前者は吸血鬼化を促進する薬で、後者は吸血鬼化を抑制する薬でしょう。

 この話は「注射を志貴に選ばせている」というのがポイントで、彼女は「どっちに転んでもよい」と思っていることになる。

 促進薬のほうを打てば、ロアに肩入れすることになる。抑制薬のほうを打てば、秋葉に肩入れすることになる。
(全校生徒が打たれた注射は抑制薬のほうであり、それを志貴含めた全校に接種するというのは秋葉の指示だろう)

「アタシ、どっちに肩入れしようかしらぁ? どっちに転んでも面白いことになるしぃ?」
 というような、トリックスター的な役割を彼女は務めている見込みだ。
 どっちでもいいし、自分では決めかねるので、志貴に選ばせた

 私の見立てでは、たぶん阿良句博士は「面白くなるほう」を選びたいと思っていただろう。

 だが、この注射イベントの段階で、ロア派と反ロア派のパワーバランスは五分五分だ(ロアの悪だくみの成功率は50%だ)、くらいに、阿良句博士は評価していたんじゃないか。

 もしパワーバランスが一方向に傾いていたのなら、逆方向に傾け直すのが「面白い」。自分が勝ち確だと思っていた奴が右往左往するところが見られる。

 でもこの段階ではどっちともいえない状態だったので、赤か黒かのルーレットを志貴に回させた。そんなくらいに想定できます。

 さて。
「パワーバランスが一方に傾いてるのを、逆転させるのが面白い」

 アルクェイドはわたしの手に落ち、あと少しで彼女を丸呑みにできるところだった。
 なのに、
 呼ばれもしないのに現れた六人目が、あっさり天秤をひっくり返した。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.ルナ・ボウ



 天秤をひっくり返した。
 つまりフランス事変でも、阿良句博士は同じような行動式で行動していたのではないか。

 阿良句博士は、「どう転んでも面白いことになるわぁ」という、ある意味いちばんやっかいな思惑で、フランス事変に乗り込んだ。

 ロアのたくらみが成功しても面白いし、成功しなくても面白いわね、くらいのことを思っていた。

 状況を静観していたら、パワーバランスはロア側に一方的に傾いていた。つまりこのまま推移すると、ロアはアルクェイドを捕縛し、その力を自分のものにし、「世界を殺す毒」は完成して世界は滅びます。

「それって……ちょおっと面白くないんじゃないのぉ?」

 世界が滅ぶのが面白くないのではなくて、ワンサイドゲームなのが面白くない。それよりは「私のワンサイドゲームだ」と思って勝ち誇ってる奴が、状況をひっくり返されてオロオロするほうが面白い。

 ロアが創世の土を使ってアルクェイドを捕まえようとするのを、「えい」とか言って邪魔してやるだけでいい。

 そういうわけでエレイシアロアはアルクェイドにやられて死亡。悪だくみは次代のロアに持ち越しだ。
 阿良句博士は次にロアがどこに転生するのかをあらかじめ知っていた(ロア本人に聞いていたなど)。
 次はもっと面白いといいわねぇ……。


●遠野家における阿良句博士の暗躍

 阿良句博士がなんで日本にいたのかといえば、ロアの次の転生先がそこだと知っていたからでしょう。

 ロアの転生先は異能を持つ大富豪。となると、鬼種との混血で財閥家でもある遠野家ですよねぇ、となる。

 阿良句博士が遠野家に出入りするようになったのは、阿良句博士が遠野槙久の大学時代の後輩だからだ、という説明がありました。これが本当なら、阿良句博士は「あらかじめ」遠野家とのコネクションを作っていたことになる。でも年表にすると合わなくなるので、これはウソ情報だと思います。

 遠野槙久が、阿良句博士を自邸に引き込んでいた理由は、鬼種混血である遠野一族が先祖がえりをしなくてすむようにしたいから。先祖がえりを抑制する方法を研究してくれ、という思惑だったと思います。
(お互い「こいつはまともな人類じゃないな」というのは一発で見抜いていたと思います)

 というか、もっと積極的に「四季や秋葉が反転してしまったときのために、戻す方法を編み出してくれ」ということだったでしょう。

 ところがどっこい阿良句博士は、四季の中のロアとはズブズブだ。ロアに適度にちょっかい出して面白がることが目的だ。むしろ四季なんか反転させちゃって、今すぐ自我をなくしてもらったほうがロアの覚醒が早い。
 だから彼女は、こっそり「四季が反転しやすくなる」薬を投与する。なんと阿良句博士は、八年前の事件の黒幕だ……。

 遠野四季は反転して人を殺したので、槙久によって殺処分されるはずでした。それが掟です。
 なのに、四季は八年間ずっと生存していました。
 これは遠野槙久の親心だ、と普通に理解できますし、私もその意見ですが、「四季は生かす」という判断になった要因として、
「アタシが四季チャンを元に戻せるようがんばってみるわ。だから槙久チャン、殺すのやめとかない?」
 という提案が阿良句博士からあった、という想定はすごくしやすい。

 阿良句博士としては、四季を殺してもらっては困るのです。次世代のロアの行方がわからなくなるからです。それに、「面白い見世物」を見られるのが、最低でも12年後になってしまいます。

 そういうことがあって、四季は地下で生き延びる。じっくり時間をかけて、吸血鬼としての勢力をかため、公園の敷地を買収してその地下で儀式魔法の準備をする。
 半覚醒くらいの状態だったのでアルクェイドに感知されなかった、などの置き方でいいと思います。

 なんとこの説では、現状の総耶市の状況を作ったのは、おおむね全部、阿良句博士です。


●さらなる暗躍その1・水が濁ってる

 シエルルート7日目に、志貴の部屋にやってきたアルクェイドは、去り際にこんなことを言います。

「でも気をつけて。この屋敷、良くないわよ。水気が濁ってる」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆 Note.屋敷に帰ろう。



 このセリフ、どういう意味なのか作中では説明がありません。ありませんが、直感的にこれは阿良句博士案件だろうと考えました。

 水気が濁ってるというのは、ようは本来澄んでいるべきものに、変なものが混ざってるという意味でしょう。あの遠野邸で異物といえそうなのは阿良句博士か斎木業人くらいだからです。

 特に根拠はないので直感ベースの話ですが、阿良句博士は遠野邸の貯水タンクに何らかの混ぜ物をしてるんじゃないかな……。
 阿良句博士は遠野家の主治医ですが、同時に屋敷のメンテナンスを任されている建築家でもあります。上水の貯水タンクに、常に一定の濃度になるように何らかの薬物を流し込む装置を取り付けるくらいはお手の物でしょう。

 仮にそうだとしてその薬物とは何か、という話になりますが、「混血の一族の先祖がえりを早める薬」ないしは「人間を妖怪化する薬」のような方向だと思います。

 阿良句博士はただの人間を即座に吸血鬼化する薬を持っていました。同様に「ただの人間を妖怪化する薬」を作って持っていてもおかしくない。

 阿良句博士は秋葉のことを、「一万人に一人ではきかないくらいレアな才能の持ち主」だと評価していました。ふつうに考えてそれは、「通常では考えられないほど鬼種の血が強く出ている」という意味だととれます。

 阿良句博士のようなトリックスターは、そんな秋葉の先祖返りを「抑制」したいのか「促進」したいのか。その二択だったら後者だろう……。なぜならそっちのほうが面白いからです。究極まで鬼種化した秋葉がどうなっちゃうか見てみたいし、ロアまわりの総耶の状況がもっと波乱含みになって目が離せなくなる。

 こうした仮説を是とするなら、首をへし折られた琥珀が生き返る現象が説明できるようになります。
 シエルルートで吸血鬼化が進んだ志貴は、様子を見に来た琥珀の首をへし折ってしまいます。ところが琥珀は首が折れてるのにゆらりと立ちあがってこっちを見てくる……というシーンがありました。
(具体的な場所は『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.決壊[左])

 琥珀は阿良句博士に盛られてた薬によってゆるやかに鬼種化(吸血鬼化でもいい)が進んでいたので首をへし折られたくらいでは死なない……などの想定をすればよい。


●さらなる暗躍その2・エンカウンター

 さらにいろんな事象を阿良句博士のせいにしますが。

 8日目、アルクと夜のあいびきをして、遠野邸に帰る途中の志貴が、謎の人物に襲撃されるという事件があります。その人物はなんと、死の線か命の線のどちらかを見る能力があるようでした。
(『月姫 -A piece of blue glass moon-』 8/直死の眼II Note.エンカウンター)

 同人版の月姫を読んだことがあるか、アルクルートを読み終えた人が見ると、この人物は四季ロアのように見えるのですが、それにしては弱い。シエルならともかくノエルに圧倒されてしまう程度の強さでした。
 また、その時点で、アルクェイドとシエルが総耶市じゅうを大々的にパトロールしてまわっている状況があります。そんな状況で、取られたら詰む王将であるロアが、単独でフラフラ出歩くというのはどうもかしこくない。

 じゃああの人物は誰なのか。現状では「不定」ですが、私の直感的な答えでは斎木業人です。
 斎木業人は阿良句博士の改造を受けてるんじゃないのという発想だと思って下さい。

 阿良句博士は原理血戒のレプリカを作れるほどのトンデモ研究者です。そして彼女は、志貴および四季の体をいいだけ調べまくれる立場にありました(志貴の場合は八年前の話になる)。
 ようするに、何らかの「線」を見る能力を抽出して他人に移植する技術と立場を持っていると考えてもそうおかしくない。

 この想定の場合、どうして斎木業人は人体改造を受けたのかという話になる。それはたぶん、

「遠野一族を根絶やしにする戦闘能力がほしかった」

『歌月十夜』の『赤い鬼神』で語られたところによれば、斎木家は混血の家系における盟主のような存在でした。遠野槙久は斎木家に従属する立場でした。

 斎木の当主が反転して人を食い殺すようになったので、遠野槙久は斎木を退魔の一族に売り飛ばしました。斎木の当主は退魔の暗殺者七夜黄理に殺され、斎木財閥は衰退。
 それによって、遠野家は混血同盟の盟主となり、遠野グループは斎木の残党を吸収して、経済的にも巨大な存在になった……というバックグラウンドストーリーがあります。
(旧設定が今も生きているならですが)

 遠野家と斎木は、いってみれば徳川幕府と豊臣家残党のような関係だ。
 斎木業人は斎木一族の生き残りだと推定できます。
 そうなると、普通に考えて、斎木業人は遠野家に対して恨み骨髄だ。

 どうにかして遠野家を滅ぼして、昔の地位に返り咲きたいものだ……。

 ところが現当主の遠野秋葉は鬼種のなかの鬼種みたいなとんでもない存在で、アルクェイドとタイマン張れるくらいの強さがある。
 パワースケールとしては、米軍特殊部隊を雇って襲撃したとしても返り討ちにあうくらいでしょう。
 現状では、遠野秋葉を討ち取るなんてことは夢のまた夢だ……。

 と、そこにクモみたいなわじわじした髪の女が現れるわけです。

「力が欲しいのぉ?」

 斎木業人が必要とするのは遠野秋葉を屈服させる力だ。それが目的なら、混血の力を強めるというのはうまくない。単なる力比べになってしまう。それでは究極の混血である秋葉を確実に倒すことはできない。
 カードゲームにおけるジョーカーみたいな力が必要だ。

「じゃあこれね。超能力

 超能力は退魔の一族が鬼退治に使っていた力。七夜黄理も超能力を持っていた。つまり最強の鬼種を打倒しうる能力だ。

 斎木業人はそういう改造処置を受ける。阿良句博士はとりあえず「線を見る」超能力のサンプルを持っていたのでこれを移植する。ついでに身体能力を上げるような処置も受けたかもしれない。

 だがその副作用で肌が変形してしまい、包帯でぐるぐる巻きにしていないと人に会えないような状態になってしまった。私の答案はそんな感じ。

 業人が志貴を襲う理由は「斎木を滅ぼした七夜の末裔だから」くらいでいいと思います。


●元ネタ探し・穴をあける祖

 この記事の序盤で取り上げましたが、フランス事変には、「地面に穴をあける祖」が出てきます。

 凍りついた街並み、地面に空いたいくつもの穴、逃(い)きる事を諦めた人だけを襲う美しい鳩の群れ。
月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変



 繰り返しになりますが、引用部の直後、「ヴローヴ」「ステッキ&帽子の紳士」「長髪の人物」のシルエットが順繰りに表示されるので、

「地面にいくつも穴をあける能力を持つのは紳士タイプの祖である」
 と強く推定できます。

 このシーンを見たとき、私は、
「これは諸星大二郎先生、妖怪ハンター『蟻地獄』じゃないか?」
 と反射的に思いました。

(『妖怪ハンター1 地の巻』に収録されています。以下諸星について敬称略)

 ネタばれですが『蟻地獄』のギミックを説明しますと、洞窟の地面に、底の見えないたくさんの穴があいているのです。
 その穴は「当たり」と「外れ」の二種類ですが、見分けはつきません。
 当たりの穴に飛び込むと、なんでも願いが叶います。
 外れに飛び込んだ人は、二度と出られず、中にいる謎の存在によって体に穴をあけられ、生きたまま永久に体の中身を吸われ続けます。

 ヴローヴにしろロアにしろ、吸血鬼は基本、血を吸うことによって人間を殺してしまいます。生き延びるために常に狩りをしていなければならない寸法だ。
 そこで、
「狩りをするより農業のほうが持続性があるんじゃないかね」

 人間を殺しちゃうから、次の獲物、次の獲物と、狩りに汲々としていなきゃならない。
 人間は、生かしておけば血液を作るのだから、ずっと生かしたまま血を絞り続ければいいじゃないか。乳を搾るたびに乳牛を殺すなんて馬鹿のすることだ。
 そこで、人間を穴に閉じ込める。人間の体に穴をあけて、生かしたまま半永久的に血を吸う。

 私、『Fate/stay night』で、教会の地下にあるものを見たときも、「これ蟻地獄」と思ったのです。
 子供を大量に閉じ込めて動けない状態にして、10年にもわたって生かしたまま、命を吸い取る電池にしていた。

 奈須きのこさんが諸星大二郎を読んでても読んでなくても話はおなじで、彼は「人間を生きたまま何らかの苗床にする」というグロテスク表現の素を持っている。それを月姫リメイクでも使った可能性がある。

 この構造を「王が臣民を搾取する」という見立てにすれば、この能力はいわば「王国」になるわけで、「城、即ち王国」のクロムクレイ・ペタストラクチャなんじゃないかという連想もはたらきましたが、どうかわかりません。


●再説・ロアの転生は16回か17回か

 第3回で、「ロアの転生回数は16回という情報と17回という情報があるがどっちだ?」という話題を取り上げました。志貴は16回とも17回とも言っているんですね。

「余計なお世話だ、16回も死んでるヤツは黙ってろ!」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.顕現


 17回にも及ぶ転生。
 その度に“新たな魔術の最奥”を築いてきた天才は、
 先輩の奥の手を“無駄が多い”と嘲笑った。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 逆行運河/天体受胎



 第3回を書いた当時には「わかりません」としていたのですが。
 これに関してちょっとした考えが浮かんだので書き留めておきます。

 旧設定ですが、『月姫読本』のロアの項を読んでいたら、こういう記述につきあたりました。

以後、自らが選抜した赤子に転生を繰り返し、実に十七回もの間、アルクェイドと終わりのない殺し合いをするに至る。
宙出版『月姫読本 Plus Period』P.191



 おっと、十七回。
 それも「アルクェイドとの殺し合い」の回数が十七回。

 言い換えれば、ようするに、17回というのは「アルクェイドに殺された数」を数えているのである。
 ロアはアルクが大好きなので、アルクに殺された記憶は大事に次代に持っていく。逆にいえば、アルク以外の死因で死んだ回は記憶を次代に引き継がない。

 第3回の時点では、「四季→志貴の乗り換えを転生回数と数えるのは腑に落ちないなあ」としていたのですが、こうなると話は変わってくる。
 なぜなら、四季ロアは作中でアルクェイドに殺されたからだ。

 エレイシアロアが四季ロアに転生した段階で、転生回数=アルクに殺された回数=16回。
 その後、作中で四季ロアがアルクに殺されたから、ロアは志貴に乗り移って生存をはかる。この時点で、ロアがアルクに殺された回数が17になる。
 その結果、カーナビロアが発生して、「17回転生したカーナビロアはシエル先輩の魔術を未熟だと笑った」という記述が出る。

 この話、「志貴とロアがひとつの体に同居してバディになった」その段階で17回だということに意味が出てくる。

 17回というのは、志貴がアルクェイドを切った回数でもある。つまり「志貴がアルクを殺した回数」だ。
 そして17回は、「アルクがロアを殺した回数」だ。

 この物語、「アルクェイド」と「アルクェイドに17回殺された男」と「アルクェイドを17回殺した男」の三角関係なんですね。

 物語の始まりでは、「アルクに16回殺された男」と「アルクを17回殺した男」だった。その数値が17と17でそろった瞬間に、ふたりの男はひとつの体の中に同居し、共犯関係になる。アルクを救うためにアルクに刃を向けるという行動に出る。そうして志貴は光体アルクを殺し、ロアは死ぬ。

 そういう符合をつくるために、「四季ロアの段階で16回。志貴&ロアの段階で17回」という設定がなされているのだと考えると腑に落ちる。

 ということを思いついたので皆さんに共有しておきます。


「月姫リメイク」シリーズは今回でいったん終了します。
(また何か思いついたら続きを書きます)

 が、来週も1記事更新します。別シリーズを立てて(といっても全1回ですが)、
「魔術理論“世界卵”とはいったいどういう理論なのか」
 ということを思いついたのでそれを書きます。

 ということで「終わり」ですが「続く」。


 続き。
 魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか

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月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題

2023年07月01日 11時59分34秒 | TYPE-MOON
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月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月1日



 前回(第5回)の後編です。直接的な続きとなりますので、少なくとも前回を読んでからここに来られることを強くお勧めします。

 前回、「ロアが時間を巻き戻したい理由はいくつか考えられる」としましたが、そのいくつかの続き。
 それと、マーリオゥ/ラウレンティス同一人物かそうでないか問題を別のアングルで再び取り上げます。

 できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア

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●ビッグバンの前にあったもの

「ロアさんはなぜ時間を逆行させたいのか」というお話の別案、というかバリエーションその2です。

 前回は、「ロアはビッグバンの瞬間に何が起こっていたか知りたい。それこそ宇宙の秘密そのものだからだ」という話でした。

 それはいいとして別の考え方もあります。
 ロアが到達したいのは、

「ビッグバンが起こるよりさらに前、ビッグバン以前である」

 という考えも魅力的だと思うので、そちらも掘っておきます。
(思いついたのはこちらの案が先でした)

 ロアが遡行したいのはビッグバンの先。宇宙が始まるより前のところ。

 宇宙はビッグバンのときに始まったのですが、じゃあビッグバン以前には何があったのか。これはだれしも思うような疑問ですよね。
 現行の答えとしては、ビッグバン以前に宇宙はなかったので、その答えは無である……というか、無は有を前提とした概念なので無ですらないのですが、最近では「ビッグバン前にもなんかあるんじゃね?」という研究もあるそうです。

 聞きかじりで適当なことを言いますが、最近の宇宙物理学では、ビッグバン以前はべつだん無ではなく、「古い宇宙があった」という説があるらしい。

 古い宇宙がふくらみすぎ、年老いすぎて限界までくると、こんどは収縮を始め、どんどん小さくなり、最小まで圧縮される。
 するとそれが爆発してビッグバンになり、新しい宇宙ができる。

 どうやら宇宙は、ふいごみたいになっていて、最大までふくらむと最小まで縮むのである。
 最小まで縮むたびに新たなビッグバンが起こって、宇宙が更新される。

 もしこういう宇宙モデル(説)を、ロアが採用している場合、彼は何を思うだろう。


●宇宙の終焉

 もしも時間をビッグバン「以前」まで巻き戻すことができるのなら、ロアは「古い宇宙の終わり」を見ることができる。

 古い宇宙が終わりを迎えた姿は、考え方によっては「宇宙の究極の姿」「宇宙が最後にたどりつく究極のかたち」だろう。
 そこにもし人がいるのなら、そのありかたは「人が最後に到達する究極の姿」だろう。
 そこに世界があるのなら、「究極の世界のかたち」だろう。

 そうではないかもしれないのだけど、ロアは、そうであってほしいと願って、それに賭ける可能性がある。

 このまま鈍行列車に乗るような気持ちで、何千億回と転生を繰り返していけば、「現行の宇宙の最後の姿」を見ることもできるのかもしれない。
 けれどロアはおそらく、転生に飽いてしまってる。もうそろそろ、転生を続けるのは無理そうだという感覚を持っている。(第3回を参照)

 このまま鈍行列車に乗って、いまの宇宙の終点に行くことはできないなと思ったロアは、「ここらで一発、いっきに目的達成してやろう」と考える。

 宇宙が始まる前まで逆戻りして、まえの宇宙の終点を見ようとする。

 ロアがそういうことを考える可能性も、ありうるんじゃないかしら。


●もし時を戻せるなら

 そして。

「いまの宇宙が生まれる前には、前の宇宙があった」

 というのは、

「いまのロアが生まれる前には、前のロアがいた」

 というのと、構造がまったく同じだ。

 ロアがもし、「まえの宇宙を見ればいい」というアイデアを思いつくのだとしたら、思いついた理由はロアが転生者だからだ。

 おそらくロアは、転生者になったことをものすごく後悔している。なるんじゃなかったと思ってる。
 だからなるべく転生しなくてすむよう死徒になったし、四季が死んだら転生せずに志貴に乗り移ろうとする。

 ロアはきっと、
「できることなら、転生を始める前の、最初の自分に戻りたい」
 と思ってそうな気がする。

 もし戻れたら、決して転生者になったりはしないのに。

 彼が本心ではそう思っているのなら、
「時を戻したい。戻そう」
 そういうたくらみを思いつくことができるし、そういう手法で見たいものを見ようという実験を考えつくことができる。


●ロアは朱い月に会いたいのか?

 ロアは時間逆行して何をしたいのかシリーズその3。
(アイデアがどんどん発散してしまってますが、いいことにする)

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』ロアルートのロアは、憧れのアルクェイドがいつのまにか世間並みになっちゃってるせいでガッカリする。

 ところがその後、アルクェイドの中から朱い月の側面が顔を出したとたんに歓喜するのです。

(真祖アルクェイド)
戯れだ、一撃(くちづけ)を許す。
その血、その魂を捧げるように、
最期の生を叫ぶがよい。

(ロア)
は―――それでこそ、それでこそだ!
八百年前、私は確かに永遠を見た。
あの時よりいささかも色あせない月の姫よ―――!
十八度目の死、最期の転生を、ここで燃やし尽くして
ご覧に入れよう!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 ロアルート



(どうもこのセリフを見ると、ロアはこれ以上転生できないという条件があるっぽいのですがそれはさておき)

 このシーンを見ると、どうもロアの本命は朱い月なんじゃないかという感じがある。
 彼がアルクェイドに執着するのは、彼女が朱い月を内包しているから、という読みができる。

 そういえばロアは幼少時に、満月を見上げて「ああ、宇宙のすべてを知りたい」という動機を持ったのです。(たぶんこれが「八百年前に見た永遠」だろう)

 ―――それは、彼が他人(ひと)の人生を学ぶ前。
    まだ幼い、子供の頃の話。
(略)
 私は今でも覚えている。
 父の目を盗んで、一夜だけの旅に出たあの時間を。
 たかくたかく、
 何の支えもなく私を見つめていた、あの石の不思議さを。

 空に輝く白い円盤と、その円盤を霞ませる雲。
 あれはなんなのか。
 どのような意図で、どのような仕組みで在るものなのか。
 手の届かないものに対する期待、興味、恐怖。
(略)
 彼はこの時、宇宙のすべてを論理的に明かしたいと、天上の主に願ったのだ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫



 ロアにとって、月は「宇宙におけるすべての秘密」を象徴するものだ。

 月は「宇宙のすべての秘密の象徴」なので、千年城で「人の形をした月」(朱い月の側面を持つ女)に出会って、脳みそが沸騰してしまう。この女と永久に紐づいていたいと思って血を吸わせてしまう。

 そういう感じだとしたら、ロアが真にフォーカスしているのは朱い月だということになる。

 地球(この世界)と月は、いってみれば双子のようなもので、発生した瞬間から、お互いを見つめあってきたような間柄だ。
 月は、人類の知らない世界の秘密を知っている
 だから、月にアクセスする。月の意思である朱い月に触れて何かを知ろうとする。

 というようなことは、ロアがやろうとしてもおかしくはない。

 で、前回仮説を立てた「地球ビッグバン理論」てのがあったでしょう。
 宇宙を開闢したビッグバンがあるのなら、「小規模なひとつの宇宙」である地球を開闢した、地球ビッグバンがあってもいいんじゃないか。その地球ビッグバンの瞬間にアクセスできたら、地球の秘密は全部わかるんじゃないか。というような話。
(詳しくは前回を参照してください)

 で。

 地球のビッグバンまで遡行しようとすると、朱い月に会える可能性がある、と私は思っています。

 これを説明するの、ちょっといろいろ寄り道が必要でややこしいのですが、まあ順繰りに読んでいって下さい。


●天体の卵とは何か

 くりかえしますが前回推論した「地球ビッグバン説」を前提とした話になりますので、そちらを読んでからおいで下さることを強く推奨します。

 シエルルートエクストラ、アルクェイドが肉体をぶっこわされて、その直後に光体となるシーン。
 赤白い光が、一点からぶわっと広がっていく表現とともに、以下のような地の文があらわれます。

 それは、言ってみれば原理の種だった。
 10のマイナス15乗メートルの極点に圧縮された、この領域の全情報。
 星の内海、概念次元にあるかぎりは何の異常も呼び起こさない天体の卵
 だが、それが物質として出現してしまった時、膨大なエネルギーは極点では抑えきれなくなり、急速に膨張する。

 天文学において膨張現象(インフレーション)と呼ばれる
 宇宙の始まりを示す現象
 極小ではあるがそれに類似したモノが、この領域で起きようとしている―――!

『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.白亜の雪
※傍線は引用者による



 傍線部分を取り出すとこうなります。

・天体の卵は通常、星の内海にある
・天体の卵は、宇宙の始まりを示すインフレーションを起こす


 宇宙の始まりを示すインフレーションというのは、ふつうに読んだらビッグバンのことなので、

「天体の卵の正体は、地球を発生させた“地球ビッグバン”の核である」

 ようするに、本稿の説における「地球ビッグバン」と、作中に出てくる用語「天体の卵」は、同じものである……と推定するわけです。

 上の引用部によれば、天体の卵は、通常、星の内海にあるということなので、「地球ビッグバンは星の内海で起こった」と推定する。
 ようするに、「地球ビッグバン」とは何なのか。べつだん、物体としての地球が大爆発によって発生したわけではない。
 そうではなくて、「概念としての地球」が、「概念次元」(星の内海)において、「概念的大爆発」によって誕生したんだというような……。
 まず地球という概念が爆発によって発生し、物体としての地球が、概念を覆うようにして後付けで出来てきた。

 自分でも何言ってんのって感じなんですが、そうとしか言いようがない……。


 ロアは「天体の卵」を求めている、と自分で言っています。

 ―――さて。
 それでは、カレとの約束通り宴を始めよう。
 天体の卵。
 永遠の証明。
 大いなる主の愛に応える為―――

 ―――私のパンティオンを、起動させるのだ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 11/後日談。 Note.カルマの清算



 本稿の説では、ロアは「時間を逆流させることで地球を誕生させたビッグバンの瞬間に行きたい」。
 ロア本人が言ってることによれば、彼は天体の卵を求めている。
 その意味でも、天体の卵と地球創生ビッグバンは重なります。

 で、さらに論理はツイストしていくのですが、

・時間を逆流させると地球創生ビッグバン(天体の卵)にたどりつける
・天体の卵は、星の内海にある


 これを足し合わせると、
「地球創生ビッグバン(天体の卵)に向かおうとすると、自然に星の内海に行ける」

 そして、星の内海には、天体の卵のほかに何があるのかというと、「月」がある見込みなのです。


●そこには彼がいる

 月姫リメイクのヴローヴ戦のあたりで、星の内海に関する謎めいた地の文が出てきます。
 画面に月が大写しになったうえで、以下の文章が挿入されます。

 星の内海、ソラを覆う天蓋は謳う。
 祖に呪いあれ。
 人の世に呪いあれ。
 いまだ原理は定着せず。この星の礎(いしずえ)はあまりに脆い。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 5/絶海凍土 Note.凍土のワルツ



「ソラ」というのは、見上げる空と「時空」とのダブルミーニングのように読めます。
「ソラを覆う天蓋」というのは、「空ないし時空にフタがされている」くらいの意味に読めそうですね。
「空にフタをするもの」という文字表現とともに、月のビジュアルが表示されるのですから、ソラを覆う天蓋は「月」のことでいいと思います。

 その「月」が、「星の内海」にあって、歌っていると地の文は語る。

 この引用部、私に翻訳させると以下のようになります。

 月は星の内海にいる。
 地球のテクスチャーはまだ完全に貼られておらず、ブカブカ浮いちゃったり剥がれたりしてる。
 月はそれを嘲笑ってる。
 人間が人間向きのテクスチャーを必死で固定しようとしたり、二十七祖がそれを邪魔してひっぺがそうとしたり、ごちゃごちゃやってる状況を笑って見てる。


 ……ところで、
 月は星の内海にあるの?
 月はお空に浮かんでいますけど……。

 でも、星の内海は概念次元なのですから(そう書いてありますから)、星の内海にいる月は実体のない「概念としての月」なのでしょう。

 そういえば、TYPE-MOON世界には、実体を失って概念的な存在になるも、復活のときを待っている、月そのものと同一視されるような人物がおりました。

 そいつは、地球の表面で人間と吸血鬼がごちゃごちゃやっているのを、コメディーとして笑って見てそうな人物だ。それは朱い月だ

 つまりロアは、この世の秘密を全て知りたいと願って時間を逆回しし、地球創生ビッグバンの瞬間まで遡行すると、その過程で、「彼にとっての宇宙の秘密の象徴」である朱い月に出会う可能性がある


●「???」って誰なのよ

 ロアに関してはいったんここまで。
 続きまして、もういっかいマーリオゥ/ラウレンティス問題を取り上げます。

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』のマーリオゥルートにおけるラスボスは蒼崎青子です。

 マーリオゥの目的は、ロアから不老不死の秘法を入手することです。

 ところがゼルレッチから依頼を受けた蒼崎青子が、ロアを工房ごと爆破してしまったので、マーリオゥは重要なものを何も手に入れられなかった。なので破れかぶれになって青子に戦いを挑む、というお話でした。

 いっぽう、蒼崎青子ルートは、マーリオゥとまったく同じ声でしゃべる謎の人物「???」が、青子に仕事を依頼するところから始まります。
 依頼内容は「ロアを見つけて捕まえろ。工房は保全しろ」。青子はこの条件を受諾します。

 青子は手加減がきかない人なので、結局こっちのルートでもロアと工房をまとめて爆破してしまうのですが、彼女は「これじゃあ報酬がもらえない!」と後悔していました。

(蒼崎青子)
あ。やば、倒しちゃった――!?
不老不死の秘術とやらを
聞き出さなきゃいけなかったのにぃぃ――!
グッバイ、私のボーナス!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 このお話、両方とも「青子の行動とマーリオゥの思惑が背反する」というふうに要約できるっぽいので、一見、ほとんど同じに見えます。
 でも実はぜんぜんちがうふたつの物語なんじゃないかという疑いを指摘したいのです。

 この二つのお話が、同一に見えるのは、青子ルートの依頼者である謎の人物「???」が、マーリオゥの声でしゃべり、マーリオゥが依頼しそうなことを依頼するからです。

 だけど、この人物がマーリオゥなら、「マーリオゥ」と書けばいいじゃないか。なんでハテナマークでぼやかすのだろう。

 蒼崎青子は、マーリオゥのことを「司祭代行」と呼びます。

(蒼崎青子)
―――何か問題ある、マーリオゥ司祭代行?
吸血鬼を退治するのがアナタたちのお仕事だもの。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 いっぽう、青子ルートでは、謎の人物「???」氏のことを、彼女は「司祭」と呼ぶのです。

(蒼崎青子)
あら、守りが薄いと思ったら、
司祭様におかれましてはお忍びだったんだ。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート

(蒼崎青子)
司祭ともあろう方がイライラしちゃってさー。
あ。その体質のせいで怒りっぽいの?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 こうなると。
 マーリオゥと、謎の人物「???」は、別人なのではないか。

 マーリオゥ「司祭代行」は、ラウレンティスの代行を務めている人だ。

 じゃあ、青子に「司祭」と呼ばれている人物は?
 ラウレンティスその人なんじゃないか。


●ラウレンティスは阻止しなくてよい

 以下、「???」司祭がラウレンティス本人ならば、お話はどんな様相を呈するのかを示します。

「???」司祭(暫定ラウレンティス)が登場するのは蒼崎青子ルートです。

 青子は、「不老不死の秘術を聞き出す前にロアを倒しちゃった」ことを後悔しています。「???」司祭からお金がもらえないからです。
 このルートの青子は、「不老不死の秘術を聞き出すつもりだった」ことになります。

 いっぽう、マーリオゥルートでは、青子は意図的にロアと工房をぶっこわします。
 なぜならゼルレッチから「マーリオゥとロアを取引させるな」「ロアの文献をマーリオゥに渡すな」と厳命されていたからです。
 このルートの青子は「マーリオゥに不老不死の秘術を与えない」ことを目的としていたのです。

(蒼崎青子)
感謝こそされ、
煙たがられるなんて事はないでしょ?
たとえば―――死徒が残した文献を残らず秘匿しよう、
なんて考えでもないかぎりは。
(略)
でも、ちょっとだけ虫の知らせはあったかな。
ゼルレッチの爺さんから電話があってさー。
なんでも、このまま貴方がロアと取引すると、
何もかも悪い方に転がっていくんだとか。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 蒼崎青子ルートでは、「???」司祭に不老不死の秘術を与えるつもりだった。
 マーリオゥルートでは、マーリオゥに不老不死の秘術を与えないつもりだった。


 これらの条件を素直に受け取るなら、こうなるんじゃないでしょうか。

「???」司祭=ラウレンティスがロアから不老不死の秘術を入手しても、世界はべつだん滅びない
 よってゼルレッチは、秘術の入手阻止を蒼崎青子に依頼しない。

 マーリオゥがロアと取引をする(秘術を手に入れる)と、世界が滅びる
 だからゼルレッチは、その阻止を蒼崎青子に依頼する。

 前回、詳しく検討しましたが、

 マーリオゥは若返りの呪いを受けているので、「時間は戻るもの」という原理を持っている。
「時間は戻るもの」という原理をロアが入手してしまうと、時間を宇宙開闢まで巻き戻そうとするロアの儀式は成功してしまう。

 という推定ですので、
 ここまでの流れを是とするなら、

「マーリオゥは際限なく若返る」
「マーリオゥは『時間は戻るもの』という原理を持っている」
「この原理をロアが入手すると、世界中の時間が巻き戻り、滅ぶ」
「だからマーリオゥとロアを取引させてはならない」

「ラウレンティスとロアを取引させても(不老不死の秘術を入手させても)かまわない」
「ということはラウレンティスは『時間は戻るもの』という原理を持っていない」
「ならば、ラウレンティスにかけられた呪いは若返りではない」
(たぶん際限なく老衰する呪い)

 という感じになりそうです。

 ところで、この二つの物語にはもうひとつ大きな違いがあります。


●青子と橙子の呪い対応

「???」司祭が出てくる蒼崎青子ルートでは、蒼崎青子は、呪いの進行を「自分が」抑制してあげられる、と受け取れる発言をしています。

(蒼崎青子)
司祭ともあろう方がイライラしちゃってさー。
あ。その体質のせいで怒りっぽいの?

(???)
そうだよ。分かってんじゃねえか。
これが最後のチャンスだったってのにな!

(蒼崎青子)
? 応急処置でいいならできるよ?
ようはそれ、止めればいいんでしょ?

(???)
なん―――だと―――?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 いっぽう、マーリオゥルートでの青子は、マーリオゥの呪いの進行を「蒼崎橙子が」抑制できるというのです。

(蒼崎青子)
それなんだけど。
現状維持でいいなら手が無くもないわ。
ようは………しなければいいんでしょう?
ならうちの姉貴に相談してみて
そういう小ずるい逃げ道を考案することに関しちゃあ、
右に出るヤツはいない変人よ。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 どうもこれ、

・ラウレンティスの呪いを青子は止めることができるが橙子はできない。
・マーリオゥの呪いを橙子は止めることができるが青子はできない。


 みたいな条件があるっぽいですね。
(ラウレンティスのほうは「青子も橙子も」止められる、でもいいが)

 ラウレンティスの呪いとは肉体時間に関するものである、という現状の推定をよしとするなら、
「呪いを受けたという原因と、呪いの効果が肉体に反映されるという結果を結んでいる糸をびよんびよんに伸ばして放り捨てる」
 ことで、青子は時間の呪いを止めることができそうではあります。
「現在のラウレンティスという結果と、過去のラウレンティスという原因を、定期的に入れ替える」でも現状維持が可能かもしれない。

 だけどそれなら、マーリオゥの時間の呪いも同様に抑制できそうな気はするんですよねぇ……。
 いろいろ前提が間違っているのかもしれない。

 マーリオゥと橙子のほうは、「マーリオゥをもう一人つくる」みたいなインチキで対応できそうな感じはしています。
 若返りの呪いの作用はマーリオゥのもう一つの体のほうが受け持つので、マーリオゥ本人は若返りをしなくなる、とか。
「マーリオゥの体のスペアを作り、マーリオゥ本人の若返りが限界にくるたびに新しい体に魂を乗せ換える」
 などでもいい。

 いまのところどうも、パキッとした答えにはならないのですが、そのうちぽろっと解けそうな気もするので、宿題として保持しておくことにします。


 今回はここまで。
 次回、阿良句博士の所業をあばく。および、もう一度フランス事変。その他こまかい謎。


 続き。
 月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び

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月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア

2023年06月24日 10時29分33秒 | TYPE-MOON
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月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 筆者-Townmemory 初稿-2023年6月24日



 最初にロアのパンティオンについて語り、次にマーリオゥ/ラウレンティスの話になり、もっかいロアの話に戻ってきます。
 総耶でロアは何をしたいのか、というのを、ラウレンティス問題を材料に詰めていきます。フランス事変の別案も提案する予定です。

 順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ

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●やらかしちゃったロアさんの自白

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』の青子ルートのラスボスはロアです。

 このルートのロアはなかなか愉快な人で、聞かれもしないのに自分の計画についてべらべらしゃべり、「あれ、ひょっとして自分、やらかした?」と自己批判を始めます。すき。

(ロア)
これはこれは。
まさか最新の魔法使いの登場とは。
いずれやって来るとは確信はしていたが、
この段階でやって来るのは予想外だ。
まだパンティオンは起動していない。
もしや未来からの客人かな? となると―――
は―――はハ、ハハハハハハハハ!
やはり彼の、私の理論は正しかった!
ソラを暴くロアの企みは、
いちおうの成功を見たというコトか!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 私の解釈コミで意訳してみると、以下のような感じです。

・これは世界を滅ぼすたくらみなので、正義の味方蒼崎青子が来そうだと思ってた。
・ひょっとして蒼崎青子は未来から来たのか?
・だとしたら、これからやろうとする悪だくみは、未来において成功してるってことだ。



 もっと縮めていうと、
「蒼崎青子が未来から来たのなら、この悪だくみは成功だ」

 だったら、「蒼崎青子が未来から来たのなら成功となる悪だくみとは何か」と考えていけば、ロアの狙いがわかる可能性がある。

 で、私は考えたのですが。

 そんなに意外な方向性ではないのですが「この宇宙の(地球のかな?)時間を巻き戻して宇宙誕生の瞬間を見に行く」かなと思いました。

 ロアのパンティオンが起動したら、宇宙の時間が巻き戻りはじめる。
 時間が未来から過去へと流れるようになるので、未来の人間が過去に現れるようになる。
 時間が巻き戻りはじめ、「これは一大事だ」と思った蒼崎青子が、パンティオンを襲撃しにくる。
 その場合、いまここに現れた蒼崎青子は、「時間を巻き戻す悪だくみが成功した未来から来た」ことになる。
 なるほど私の計画は成功したのか!

 ところが蒼崎青子さんは謎の司祭「???」さんに雇われたただの壊し屋で、ロアをやっつけて工房を占拠するのが目的で、当然、現代の人なのです。未来からは来てません(少なくとも今回は)。
 自分の悪だくみを自分の口で全部ばらしちゃったロアは、青子から「ああこれ、終末案件ね」と認知され(たぶん)、やっつけられちゃう。

 そこまではOKとして、なんでまたロアは時間を巻き戻したいのか
 それを考えるまえに、ちょっとした必要があってマーリオゥとラウレンティスについて取り上げておきます。


●マーリオゥ/ラウレンティス同一人物なのか問題

 マーリオゥはラウレンティスの実子なのか?
 それともマーリオゥはラウレンティス本人なのか?

 という問題があります。

 ようするにマーリオゥとラウレンティスは同一人物なのかそうでないのか。
(というかなぜ同一人物説が出てきているのか)


 前提となる情報を手早くまとめておきます。

・まずマーリオゥは外見12歳のわりに権力が強すぎる。
・ラウレンティス枢機卿は大勢の養子をとっている(作中では20人くらいとされる)。
・対外的にはマーリオゥはラウレンティスの養子の子、つまり孫だとされる。
・ラウレンティスの養子たちは、実は実子ではないかと噂される。
・マーリオゥ本人は、「自分はジジイの実子だ」とぶっちゃけている。

 ここまではいいですね。
 次に、シエルがらみの情報。

・マーリオゥの兄とシエルが、以前、仕事で一緒になったことがあった。
・シエルはマーリオゥの兄に尊敬の念を抱いた。
・マーリオゥいわく「ラウレンティスの一族はシエルに恩がある」。
・志貴は「マーリオゥとマーリオゥの兄は同一人物ではないか」と推測し、マーリオゥはこれを否定しなかった

 最後にロアがらみで。

・マーリオゥはラウレンティスのために、ロアから「不老不死の秘術」を入手しようとしている。
・ロアは不老不死の研究をしたことがあるが「失敗だった、これではまるきり退化だ」といって研究を捨ててしまった。

 以上が条件でした。

 ここから先が巷間よくいわれる(ネット上でよく語られている)推測。

「マーリオゥとその兄が同一人物」なら、マーリオゥは昔より若返っていることになる。
 マーリオゥの年齢が見た目通りではなく、たくさんの経験や実績を持っているのなら、歳のわりに権力や能力が強すぎることが疑問ではなくなる。

 ここで、「若返り」というキーワードが発生しました。

・ラウレンティスの一族は「若返り」に関する秘密をかかえていそうだ(推測)。
・ラウレンティスは不老不死の秘術を求めている(事実)。


 このふたつを足し合わせたとき、

「ラウレンティスは何らかの事情で、ロアの不老不死の秘術を受けた」
「その結果、年老いるかわりにどんどん若返ってしまうようになった」


 というアイデア(推測)が広まることになりました。

 じゃあ、ラウレンティス本人だけでなく、養子もしくは実子であるマーリオゥまで若返っているのはどういうことかという話になる。

 そこで、
「マーリオゥは実子でも養子でもなくラウレンティス本人である」
 偽名を使って外部で活動しているのである……というアイデアが生じたのですね。

 その一方で、まだ同一人物と断定するには早いよねという慎重な意見もあります。私も慎重な立場です。

 直感的には「その中間あたりにちょうどいい落としどころがありそうかな」と思っているので、これからそれを書きますが、そのまえにひとつ。


●ラウレンティスは本当に死にたくないのか?

 マーリオゥが不老不死の秘術を求めているので、マーリオゥ及びラウレンティスは「自分を死なさないことを目標にしている」というのが、物語のすなおな受け取り方だと思います。が。

 私はひねくれているので、その逆のほうがドラマチックかなっていう印象も持っています。

「ラウレンティスは、不老不死の法を受けてしまったので、絶対に死ねない
 そこで、なんとかして死にたいので、ロアの知識がほしい。

 そんなことありうるのって感じもするかと思いますが、なぜ死にたいのか。死なないということは、神のみもとに永久に行けないということを意味するからだ……といった方向の話です。

 聖堂教会のモデルであると強く推定されるキリスト教カトリックでは、人は死んだら神のもとに迎えられて永遠の存在になるんだったはずです(たぶん)。
 この世で善行をつんで、生をまっとうして、その後おむかえがきて神のもとに行くのが望みなのに、絶対にそこには行けないということになる。
(これはシエルにもいえる)

 自殺すればいいんじゃないのということなら、キリスト教は自殺を禁じている。自殺者は天国には行けないそうなので神のみもとには行けません。

 こういう(死にたいのに死ねない)想定の場合、
「マーリオゥ兄とシエルが以前、互いに話をして、互いに敬意を持った」
 というのは、

「絶対に死ねないという境遇にあるわれわれふたりは、いったいこの世において、どう生き、なにをなすべきか」

 というテーマについて意見を交換しあい、互いに感ずるところがあった……。
 なんていうストーリーとして読めるようになります。

 アルクェイドルートで、シエルが体に仕込んだマイクごしに、マーリオゥ(らしき人物)とロアが会話するシーンがあります。

「徒労だったな。不老の解決法はない。せいぜい健やかに、死ぬまで苦しめ・・・・・・・
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、
※傍点は原文ママ



 この場合、ロアが傍点つきで「死ぬまで苦しめ」というのは、「まぁ、死ぬことができるならの話だが」という皮肉として読むわけです。

 ようは、「この物語は死ねない人たちの話だ」というアングルの一部に、マーリオゥとラウレンティスを組み込めるんじゃないかというアイデアだと思って下さい。
 このお話には、死のうにも死ねない人物がたくさんいる。
 ロア、シエル、アルクェイド。ここにマーリオゥとラウレンティス。
 かれらがいかにして死という結末を「獲得」するのか。もしくは、「死ねないが、もういい」という悟りに到達するのか。

 このお話は、「絶対死ねないピープル」たちが集まってごちゃごちゃごちゃごちゃやっているところに、「何でも絶対殺すマン」が飛び込んできて、一同ザワッとする物語だ……という見方は可能そうだ。

 私はそういうお話が魅力的だと思うけれど、ごく素直に受け取って、「ラウレンティスは死にたくない」でももちろんいい。

 この場合は、
「ラウレンティスは、何らかの事情で、いま死ぬわけにはいかない」
 という条件を置けばいい。

 たとえば、あくまで一例だけど、
「ラウレンティスは原理血戒を自分の体の中に封印している。彼が死んだら封印が解けて、原理血戒がどっかに飛んでいってしまうので、絶対に死んではいけない」
 というようなことでもいい。


●ラウレンティスと時間の呪い

 これからマーリオゥとラウレンティスの話を書いていきますが、私の思考手順をそのまま書いていきます。
 考えていって、つごうの悪いところが出たら戻って修正するという作業をしますので、書かれていることがそのまま結論ではないかもしれません。そんな感じで受け取っていただけると助かります。

 まず最初に、
「ラウレンティス枢機卿は際限なく若返ってしまう」
 という前提条件を仮置きします。
 この条件は仮置きなので、考えが破綻したら動かす。

 ロアの不老不死の秘術は、「肉体年齢を一定にできない」という欠陥を抱えていた、ラウレンティス枢機卿はそれを知らずに秘術を受けてしまった、ということになりますね。

 で。

 もしラウレンティスが際限なく若返ってしまうなら、若返りすぎたらどうなるのだろう? これはもっともな疑問でしょう。

 私は『火の鳥 宇宙編』を読んだことがあり、その読書体験から絶対に自由になれないので、
「ラウレンティスはゼロまで若返ったら、こんどは歳を取り始める」
 のではないかというアイデアが出てきました。

 極限まで若返ったラウレンティスはそこから歳を取り始め、老衰までいくと再び若返りはじめる。
 その繰り返しで、絶対に死ねない。

 そんな秘術は可能なのか? どういう理屈で成り立っているのか。

 たとえば、その若返りないし老衰が、「時間の逆行」で成り立っているのだとしたらどうでしょう。

 ラウレンティスの肉体が際限なく若返ってしまうのは、かれの肉体時間が逆向きに流れているから。時間が逆戻りしているからだ。
 仮にそう考えることにする。

 じゃあラウレンティスが老衰していくときは? そっちのターンだけ、不老不死の法は無効になっているのか?
 それはどうもうまくないと感じるので、老衰時にも呪いっぽい効果が欲しい。

 こういうのはどうでしょう。

 ラウレンティスの肉体時間が逆向きに流れていたとき、世界の時間は正しく流れていたのです。
 じゃあ、ラウレンティスが老衰していくときは? つまりかれの肉体時間が正しく流れていくときは?

 そのとき世界の時間は逆行するのである。


●世界への影響を減らすには

 この想定の場合、世界中がラウレンティスを中心として、時間順行と逆行をくりかえし、折り返し運転でループしているということになる。

 これはこれでおもしろいので、これでもかまわない。

 ただ、ちょっとギミックとしての規模が大きくなりすぎるので、ちょっとコンパクトにしたくなりました。

 たとえば、時間の逆行はラウレンティスの周囲に限られるとかね。本来の世界からの修正力が働く、くらいの想定でいい。
 ラウレンティスの近くにいる人は時間が戻って若返っちゃうなどです。

 これでもラウレンティスおよび周囲の人にとっては大ごとだ。ラウレンティスは周りの人々の時間を吸って長生きしているようなもの。

 もし仮に、ラウレンティスがこういう境遇に置かれたのだとしたら、かれは周囲への影響を最小限にしたい、その方法はないものかと考えるはずだ。

 例えば、周囲にまき散らしてしまう時間逆行エフェクトを、誰か一人の人間の中に閉じ込められないか、とか……。


●固有結界の理論

 月姫リメイクには出てきてないけど、TYPE-MOON世界には「固有結界」という魔術があるでしょう。

 固有結界というのは、自分の中の心象風景を外の世界に表出する技術。一定範囲、一定時間、その心象風景は外部の世界から干渉を受けずに存在することができる。
 ふつうは干渉を受けちゃって存在できない。
 どうも人間の心象風景は、自分の中かぎりのものであって、自分の外側には存在させられないという決まりがあるらしい。

 ということは逆にいえば、人間の体の中にあるものは、外部世界からの修正を受けない
 なんで修正を受けないかといえば、たぶんそれは、人間というのはそれ自体がひとつの世界であるからだ。世界は自分の世界を自分のルールで修正することはできるが、ヨソの世界を自分のルールで修正することはできない。
(余談だけどそれを可能にしそうなのが原理血戒)

 人間はそれ自体がひとつの世界である。

 なのでラウレンティスは、周囲の世界の時間を逆行させてしまうというエフェクトを、一人の別人という「ひとつの世界」の中に「閉じ込める」

 人体という「別のひとつの世界」の中に時間逆行を閉じ込めたので、ラウレンティスの周囲は時間逆行しなくなる。

 それはいいとして、時間逆行エフェクトを体の中につっこまれた別人さんはどうなるのか。

 ひとつの世界であるその人物は、「時間逆行するラウレンティスの周囲の世界」とイコールになるので、肉体が時間逆行する……ようするに無制限に若返っていくのじゃないか。

 ラウレンティスが年老いていく(時間順行)あいだ、
 相方は若返っていく(時間逆行)。

 ラウレンティスが若返っていく(時間逆行)あいだ、
 相方は年老いていく(時間順行)。


 ひとことでいうと呪いを半分ひきうけてるってことなんだけど、その「半分引き受ける」のメカニズムは上記のようなことではないか。

 ここまでをOKとするなら、「相方」はもちろんマーリオゥだ。

 この想定の場合、いま外部で(総耶で)活動しているのがラウレンティス本人なのか、マーリオゥなのかは「わからない」。
 どっちか片方が交代で活動するようになっていそうだ。
 ラウレンティスがよぼよぼすぎて外部での活動に耐えられないときは、若いマーリオゥが活動する。マーリオゥがじいさんすぎるときはラウレンティスが外に出る。

 上記はマーリオゥが実子であった場合の想定だけど、バリエーションとして、こうでもいい。
 マーリオゥは時間逆行の呪いを引き受けるためだけに製造されたクローン人間かホムンクルスである。ラウレンティスが遠くから操り糸で(生霊的な憑依でもいい)遠隔操作している。この場合は同一人物説に近くなる。
 入れ替わりについては前案と同じ。

 同一人物説の是非に関していえば、「実子に呪いを肩代わりさせ、ついでに呪いを解く方法を探させている」と想定する場合は「同一人物ではない」。

 マーリオゥを遠くから操っていて、言動はほぼラウレンティスのもの、と想定する場合は、同一人物説に近い。

 マーリオゥは、マーリオゥ本人として活動している瞬間もあるし、ラウレンティスに操られている瞬間もある、というような想定にする場合はその中間になる。
 私はこの中間説がいいのかなと思っています。


●呪い・下僕・吸血鬼

 と、ここまで考えて、暫定採用しているのですが、似たようなことをもうちょっとシンプルなギミックで実現できそうな気もします。

 一番シンプルに言おうとするなら、
「ラウレンティスは際限なく老衰していくが、絶対に死ねない。ふつうなら絶対に死ぬほどの老衰なのに生きているのは、マーリオゥから生の時間を吸い取っているから。そのためマーリオゥは決して歳を取れず若返ってしまう」
 こんな感じでもいい。

 前段で、「マーリオゥは極限まで若返ったら歳を取り始めるのか?」ということを検討したんだけども、
 物語を虚心に読んでいくと、マーリオゥはわりと「死にたくない」という感情をダイレクトに出してきているので、「マーリオゥは極限まで若返ったら消滅する」とするほうが、物語との整合感は高いです。

 その場合、「マーリオゥが消滅したら、誰か別の実子に呪いが移り、その人物が若返り始める」などの想定でいい。「ラウレンティスが実子を大量に作ってる」という現象に説明がつくようになる。

 ともあれ、どの想定を取っても動かないのは、
「マーリオゥはラウレンティスによって呪われている」
 という点です。

 マーリオゥはラウレンティスと運命の紐づけがされていて、自分からは切り離せない。ラウレンティスが救われるとき自分も救われ、ラウレンティスが破滅するとき自分も破滅する。だからラウレンティスのために活動せざるを得ない。
 ひょっとしたらときどき体の主導権を奪われてることだってありそうな感じだ。

 だとすると、こういえる。

 これはほとんど吸血鬼と下僕の関係だ。

 彼らのストーリーにおいて、彼らは、吸血鬼を絶対に滅ぼすという行為をしていながら、「自分たちと吸血鬼は、いったい何が違うのか」という致命的な疑念を抱えていることになる。

 この話、「ラウレンティスは死なない」という仮定を導入するならますます吸血鬼じみてくる。

 マーリオゥは作中で「死徒は例外なく殺す」という明確な殺意を述べるのですが、「その前にロアから必要なものを拾う」といっている。ロアから何かを受け取るほうが優先なんですね。

 つーか安心しろ、死徒は例外なくブッ殺す。その前に拾っておかなきゃならねぇお宝があってな。ジジイの密命と言えばお利口なテメェも納得だろ?”
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、



 死徒は「不死の人間なんてものは存在しないのだ」という主の大規定に反する存在だ。だから教会は「死徒をブッ殺す」。不死なので真祖も討伐対象だ。
 だが、「ラウレンティスはロアの秘法を受け直さないかぎり死なない」と仮定するとしたら。ラウレンティスこそが教えに反する不死の存在だ。

 仮に教会が、すべての死徒と真祖を抹殺できたとしても、ラウレンティスがずうっと生き続けるのだったら意味をなさない。深刻な矛盾を発生させてしまう。
 だから、死徒ロアを殺すより前に、ラウレンティスが死ぬ方法を確保しないといけない……。

 こういう皮肉めいたアングルが私は大好物ですし、たぶん奈須きのこさんもこういうの好きそうだ。なので、こういう方向性がおもしろいんじゃないかなって思っています。


●ロアとマーリオゥは何を取引するのか

 ともあれここに、
「みんなの時間は順行しているなか、オレの時間だけ戻る」
 という強烈きわまる境遇に置かれているマーリオゥという人がいます。
(いることにします)

 これが人格に影響しないとか、魂に焼き付かないとか、嘘だろう。

 なので、現状のマーリオゥには、こういう偏った世界観(=原理)が刻まれていると考えることにしましょう。

「時間は戻るもの」

 さて。

 そんな希少な原理を持ってる奴がもしいるなら、ぜひともほしいものだと思いそうな人物が、この物語にはあらかじめ配置されている。
 ロアさんです。

 前述のとおり、ロアは「時間を巻き戻す儀式」を実施しようとしている推定だ。

 マーリオゥに「時間は戻るもの」という独特きわまる原理が刻み込まれているのなら、その原理はロアの儀式のパーツとしてもってこいです。

 つまりマーリオゥとロアの間には、何らかの取引が成立する余地がある。

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』において、ゼルレッチは青子に対して、
「マーリオゥとロアを絶対に取引させるな」
 という緊急指令を出しています。

(蒼崎青子)
でも、ちょっとだけ虫の知らせはあったかな。
ゼルレッチの爺さんから電話があってさー。
なんでも、このまま貴方がロアと取引すると、
何もかも悪い方に転がっていくんだとか。
でも“何”が“悪い”のかは
教えてくれなかったから、ほら、

(略)
(マーリオゥ)
実際の話、ロアと取引をしていたら、
オレはこの街を差し出していただろうしな。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート


 マーリオゥがロアから手に入れたいのは自分にかけられた「呪い」の解除
 ロアがマーリオゥから手に入れたいのは「時間は戻るもの」という原理

 こいつをとりかえっこしようじゃあないか。

 ロアは、自分で言っている通り、ラウレンティスの「呪い」を解除する秘法は持っていない。
(注:ロアはアルクルートで、ラウレンティスにかかっているのは「呪い」だと自分で言っている)

 しかし、そのかわり、他人の原理やそれに由来する能力を奪いとる能力は持っている。不老不死研究に失敗して、「次は死徒から異能を奪い取る研究をしよう」と思い立った、あれです。

『XV あらゆる呪い、負債の継承と、その利用』
『あるいは。自らの異能、運命力の強制的な譲渡』
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 6/朱い残滓I Note.不死の証明



 ロアは二十七祖から異能を奪うという能力を「あらゆる呪いの継承」と表現する。だったら、ラウレンティスおよびマーリオゥにかけられた「呪い」の譲渡を受けることもできる推定だ。
 つまり「時間は戻るもの」という原理あるいは呪いを奪って自分のものにすることができる。

「私がその呪いを譲り受ければ、おまえは呪いから自由になれるだろう」

 たぶんその譲渡の結果、マーリオゥは死んでしまうのだけど、ロアはもちろんそのことは黙っている。

 なので、今後こういうストーリーが想定される。

 マーリオゥはロアに対して「おい、オレたちにかかった呪いをなんとかしろ」と要求する。
 ロアは「じゃあ取引をしよう。私がその呪いを引き受けてやる。そのかわり総耶市から一切手を引け。たとえこの街が全滅するとしても目をつぶれ」

 マーリオゥはこの取引に応じる。

 ロアは彼の「時間は戻るもの」という原理と、「若返る能力」を奪い取る。
 マーリオゥは、この呪いから自由になる。
 ただしロアの「能力を奪う能力」は、相手の死亡を条件とするので、彼は死ぬ。

 ロアは、こうして奪い取った「時間は戻るもの」という原理を儀式のコアにして、世界中の時間を地球誕生かそれ以前のところまで巻き戻す。
 この原理は、なくても儀式は可能だが、あれば成功率が格段にあがる。

 というか、「あれば成功してしまう」のだと思う。

(ロア)
今回はなかなかの手応えだ。
あと一手が上手くいけば・・・・・・・・・・・残り百手は必ず成立する・・・・・・・・・・・
うまい話すぎてそそられるだろ?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 巌窟王ルート
※傍点は原文ママ


 この「あと一手」が、「マーリオゥの原理の入手」なのではないか。

 だからゼルレッチは、「この取引が成立したらやばいので絶対に阻止してくれ」と青子に依頼する。


●ビッグバン

 ロアの話に戻ります。
 かれはどうやら、総耶で時間を逆行させるたくらみをしているようだ。
(おそらく月の裏側=月姫リメイク続編で「逆行運河・なんとかかんとか」という儀式名が明かされそうな気がする)

 なぜ時間を逆行させたいのか。たぶんですけど宇宙創生の瞬間を見たいのでしょう。以下のところに、それっぽいことが書いてある。

(ロア)
やはり彼の、私の理論は正しかった!
ソラを暴くロアの企みは、
いちおうの成功を見たというコトか!
天体の卵! 開闢の原子配列!
運河は収束し天堂に「 」(から)は鎮座する!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



「彼の、私の」というのは、普通に考えれば「ネロ・カオスとロア」かなあと思います。
 この二人は、彷徨海の工房で会合を持ったとき、互いが持ってるアイデアを出し合い、「これらを実践するときには互いに協力しよう」という同盟を結んだくらいの考え方ができる。

 たとえばフランス事変は、ロアが元から持っていた計画。アルクェイドを拘束する術が必要だったので、ネロはロアに創世の土を貸与した。

 それが失敗したので、「今度は私のアイデアを実践してくれ」とネロ・カオス。総耶ではネロとロアが共同で開発した儀式が行われようとしている。
 ただ、ネロはどうやらアルクェイドによってすでに滅ぼされてしまったようなので、ロアは弔い合戦のような気持ちで計画を進めている……。

 さて、引用部に「天体の卵! 開闢の原子配列!」と書いてあります。開闢の原子配列はビッグバンの直前ないし直後をイメージさせますし、「天体の卵」は月姫作中に何度か出てくる言葉だ。

 天体の卵。
 惑星の記憶。
 全てを知ろうとした少年(ミハイル)。
 神の愛を、永遠を定義しようとした男(ロア)。

 機会は既に失われたが、その望みの一端が、いま、この地表に表れる。

 空間が上書きされる。
 全天が燃えている。目映い光を放っている。
 それはあり得ない。
 この惑星から見上げる景色ではありえない。
(略)
 だが―――もし、まだ宇宙の広がりが僅かであると仮定したら。
 ■■■■■■というものがあるとすれば。

 何よりも未(あたら)しい、何よりも移(とお)ざかる、
 深紅の宙(ソラ)が放出される。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.逆行運河/天体受胎
※■は原文でも伏字



 引用部、私の解釈コミで要約すると、
「天体の卵と、惑星の記憶と、そして今見えているこの景色は、ミハイルやロアが見たがっていたもの、そのものだ」

 そして、その景色とは、「全天が真っ赤に燃えている」
「もし、まだ宇宙の広がりがわずかなら、こういう真っ赤な宇宙が見られるだろう」

 この「赤く見える」というのはいわゆる赤方偏移ですよね。
 あまり専門的なことは知りませんが、遠ざかる物体から発せられる光はドップラー効果によって赤く見えるそうです。
 地球から観測できるすべての別銀河の光が赤色をしているので、すべての銀河は地球から遠ざかっていることになる。このことから、宇宙はたえず膨張(インフレーション)していることがわかる。
 この発見が、のちに「ビッグバン理論」につながっていった。

 これも専門的なことはお手上げですがビッグバンとは宇宙開闢のときに起きたイベント。もともと宇宙は点のような高密度に圧縮されたもので、それが大爆発を起こして一点から急膨張をおこし、四方八方に広がっていって、いまの宇宙になった。そして宇宙は今でも膨張しつづけている。

 さて、
「もし、まだ宇宙の広がりがわずかなら、こういう真っ赤な宇宙が見られるだろう」

 もしも、今がビッグバンの直後であり、ここがビッグバンの中心であるのなら、すべての原子、粒子、いずれ星になるすべての質量が、自分を中心として球状に広がり遠ざかっていくさまが見られるだろう。
 そのすべての質量が、光を放っているのなら、離れていくそれらから放たれる光は赤方偏移によって真っ赤に見えるだろう。

 シエルエクストラルートの光体アルクェイドの中では、そういう「ビッグバンの再演」が行われていて、ロアは「まさにこれを見たがっていた」ということになる。

 ビッグバンを見たい……。

 なら、時間をビッグバンの瞬間まで巻き戻すことができればいい。時間が戻るとき、宇宙に散らばっていた全粒子が一点に向かって集まり、収縮するさまが見られるので、青方偏移して視界は青に染まるだろう。


●ビッグバンに何があるのか

 なぜロアがビッグバンを見たいのかについては、考えられることがいくつかあります。今回はそのひとつについて語ります(それ以外は次回以降に)。

 たとえば、宇宙が膨張しつづけ、エントロピーが増大しつづけているなら、「宇宙は壊れ続けてる」という言い方が可能かもしれない。

 だったら、ビッグバンの瞬間は、エントロピーが極小の状態、いってみれば、「宇宙がいちばん整っていた状態」といえるかもしれない。

 これをもっと恣意的に言い変えると、ビッグバンの瞬間というのは、まだ壊れていない理想の宇宙。「宇宙のまことの姿」「宇宙というもののイデアの姿」なのかもしれない。

 ロアみたいなインテリは、そういうことを考えてもおかしくない。

 ビッグバンは現行の物理法則を決めた瞬間だし(注:現実では)(注:たぶん)、宇宙におけるすべての粒子が「いま、こうある」のもビッグバンのときに決まったことになるでしょう。

 ならば、ビッグバンの瞬間に何が起こっていたのかを知ることができれば、それは、宇宙の秘密をすべて知ったに等しい。人間が知りたいことの全てがそこにある。いってみれば、現行の宇宙における永遠の真実だ。

 さらにつっこめば「物理法則がそこで決まった」「宇宙の形を決めてる」「すべてのもののイデアがある」といえば、これはもう根源だ。ロアはおそらく、ビッグバンの瞬間に行くことができればそこには根源があるはずだと考えていると思う。

 もういっかい引用しますが、

(ロア)
天体の卵! 開闢の原子配列!
運河は収束し天堂に「 」(から)は鎮座する!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 時間の運河を逆行させて、宇宙開闢の場所にいけば、そこには「 」(根源)があるはずだ。
 だけどロアはたぶん魔法を獲得するために根源に行きたいわけじゃない。彼が知りたいのは、「世界は、宇宙は、人間は、なぜこのようなものとしてあるのか」「それらは最終的にどうなっていくのか」
 ビッグバン/根源にたどりつけば、それがわかるはず、それをわかりたい。


●地球のビッグバン

 ちょっと余計なとこに筆をのばしますが、地球と直接アクセスしている光体アルクェイドのコアに向けて志貴が落ちていくと、ビッグバン近似の現象が見られたわけですね。

 宇宙のコアに向かっていくとビッグバンが見られるというのはわかるんですが、地球のコアに向かっていくとビッグバンが見られるというのは、うまく理解できなかった。

 理解できなかったんだけど、むりやり理屈をつけてみると、宇宙を誕生させたビッグバンがあるように、「地球を誕生させた小ビッグバン」がある、というような設定があってもおかしくないんじゃないか。

「宇宙がひとつの宇宙であるように、地球もまた、ひとつの宇宙である」

 というふうに考える。
 地球もまたひとつの宇宙であるのなら、地球というひとつの宇宙を誕生させた「地球ビッグバン」というものもある。
 志貴が光体アルクの中で見たのは地球のビッグバンである。

 そしてロアが(ひとまず)到達しようとしているのは地球のビッグバンである……くらいに考えると、作中のさまざまな要素と接続しやすくなる。

 で、固有結界のところで先述したように、「人間というのはそれ自体がひとつの世界である」。
 この「世界」を「宇宙」と言い換えることがもし可能なら。

「人間もひとつの宇宙なので、その人間ひとりひとりを誕生させた極小ビッグバンがある」

 そのくらいの想定があってもいいのではないだろうか。

 この想定を仮にOKとするならば、

 アルクェイドにも当然、アルクェイドを発生させた極小ビッグバンがある。
 アルクェイドの核の部分に遡行していくと、アルクェイドビッグバンにアクセスできる。
 光体アルクェイドは地球と直結しているので、光体アルクのビッグバンに降りていくと、地球のビッグバンに到達できる

 フランス事変でロアが目指したものって、これであってもいいなあ……という発想が浮かんだので、皆様におすそ分けしておきます。
 アルクェイドを創世の土で捕縛して、彼女の殻をぶっこわして光体状態にする。エレイシアの魔力を使って光体を揮発させ、コアに向かって飛び込んでいくと、地球のビッグバンの瞬間に立ち会える。
 だけども、そもそもアルクェイドの捕縛に失敗したから計画も失敗。これはたぶんだめねということになって、総耶ではネロ・カオス教授の理論に基づく別の計画にトライする……なんていう感じで。
 それはさておき……。

 人間と地球と宇宙は、マトリョーシカみたいな包含関係になってて、それぞれのコアにビッグバンがある。
 人間と地球と宇宙は、存在としての規模が違うだけで本質的にはおなじものだ……。
 なんていう考えは、わりと私好みです。

 人間と地球が本質的に同じものなら、人間に原理があるように、地球にもその原理があってもいいですね。地球に原理があるのなら、ロアはそれを知りたいと思うでしょう。なんていう方向性も面白い。


 続きます。
 次回は「ロアがビッグバンに向かう目的」の別案。再びマーリオゥ/ラウレンティス問題。
 それと、「本稿で存在を推定した地球ビッグバンの正体は“天体の卵”なんじゃないかというお話。

 続き。
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題

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