近鉄桃山御陵駅、京阪伏見桃山駅を出て、南に商店街を下ると油長があります。近年、駅前の商店街は何処も青息吐息で人の往来も少なく、所謂シャッター通りと化すところが多いのですが、この商店街はめでたく栄えています。油長の名は油屋長衛門からきているそうで、江戸時代までは油問屋であったものが、御一新の後は電気なども使われるようになり、油だけではやっていけないと酒屋を兼ねたのが現在まで続いているということで、新美南吉「おじいさんのランプ」を思わせる話であります。
この油長、現在では伏見の清酒全ての利き酒ができるということで知られています。店内のカウンターに座るとお猪口を3つと口直しの豆腐などを目の前に並べてくれます。分厚いメニューの中にたくさん記された酒の中から好きなものを3種選ぶと、その酒を猪口に注いでくれて目の前には注いだ酒の瓶を並べてくれます。といっても非常に種類が豊富でありますから、どれを選んで良いか解らぬというのが正直なところ、そういうときには現在お奨めの酒を見つくろってくれます。
新酒の時期ならば、まさにその時期にしか飲めぬ酒も用意してくれます。利き酒でなく、ここで仕上げだという人はグラスで飲むこともでき、アテも何種類かあります。先日勧めてもらったのは「月の桂抱腹絶倒」という酒で、まさしく葡萄酒の味がしており、どこぞのワインやと言って出されたりしたら、それを信じてしまう味です。女子供には誠にピッタリとした酒でした。逆に大酒飲みの我が友人向けにはちゃんと酒盗も用意してくれますので、「利き酒のはずが…」いつの間にやら10セット30種類も飲んでいる。
伏見の酒全銘柄を取りそろえているということですが、これは言うは易く行うは難きことで、かなり各蔵元とナアナアでなければできることではありません。というのは、酒は殆どがケース売りで、1本2本では卸してくれませんから、売れる酒はともかく、殆ど売れない酒を仕入れた場合には在庫をどっさりとかかえ込む覚悟が要るのです。畢竟、滅多に売れない酒は仕入れないことになる。酒飲みがきまぐれに、その酒を取り寄せてくれといっても1本では、最低5本が余ることになるのです。そういえば、小生なども近所の酒屋で信州の「真澄」を取り寄せたときには、1升瓶6本が一度に届き、無茶苦茶嬉しかった覚えがあります。
であるから、客が1本といったときに蔵元へ出かけ「大将、1本で悪いけどもろていくでー。」と言えるような信用がないと、なかなか全部揃えておくことはできないのであります。国は、こういう人たちこそ表彰すべきであると思います。そういえぱ、かつて池田の呉春酒造で各酒屋のご主人が1ケースだけでももらっていくためにコマメに工場の仕事を手伝っているのを見たことがありますが、こういった酒屋も随分と量販店に潰されました。
ご主人の話によると、現在伏見では「月桂冠」・「黄桜」・「松竹梅(寶酒造)」の3社が80%以上のシェアを占め、残りを17~18社で争っているということで小さな蔵元はなかなか「造り酒屋の旦那」と言う訳にはいかなくて、1年に1社の割合で酒造りをやめていっているとのこと、酒飲みとしては寂しい限りであります。まあ、そういうところも本来土地持ちであるから、マンションなどを建てて左うちわということですから、悲惨な感じはないのですが、美観の点からもおもしろくない。かつての酒所、伊丹は3社、池田は2社、富田も2社が残るのみですから、伏見が同じ轍を踏まぬことを願うのみです(補遺・師匠情報によると伊丹の「大手柄」は既に廃業とのことです。伊丹も2社となりました。嗚呼。)。
この伏見界隈、最近はなかなか元気ですし、大きな資本はきれいに酒蔵を整備したりしています。ある人物の名には辟易としていますので敢えて出しませんが、ちょっと卑しいような気もします。まあ、それはそれで目出度いのでありますが、蔵元の場合は灘でもそうですが、一定以上に大きくなると対応がどことも似たかよったかになってしまいます。近江新旭の「松の花」や明日香の「飛鳥京」のような素晴らしい対応は大手には求めても無駄ですので(万博のコンパニオンのような姉ちゃんが検尿カップのようなのに決まっただけ酒を入れる、どんな良い酒もこれではパー)、小さな酒蔵にもしっかりと頑張ってもらいたいところです。などなどという四方山話も楽しいところであります。
この店、他にワイン類も随分とそろっています。ちょっと入ったら利き酒が終わっても目がキョロキョロ、なかなか外へ出ることができないのであります。
写真は程近い御香宮の一角です。これも楽しいものでありますね。
この油長、現在では伏見の清酒全ての利き酒ができるということで知られています。店内のカウンターに座るとお猪口を3つと口直しの豆腐などを目の前に並べてくれます。分厚いメニューの中にたくさん記された酒の中から好きなものを3種選ぶと、その酒を猪口に注いでくれて目の前には注いだ酒の瓶を並べてくれます。といっても非常に種類が豊富でありますから、どれを選んで良いか解らぬというのが正直なところ、そういうときには現在お奨めの酒を見つくろってくれます。
新酒の時期ならば、まさにその時期にしか飲めぬ酒も用意してくれます。利き酒でなく、ここで仕上げだという人はグラスで飲むこともでき、アテも何種類かあります。先日勧めてもらったのは「月の桂抱腹絶倒」という酒で、まさしく葡萄酒の味がしており、どこぞのワインやと言って出されたりしたら、それを信じてしまう味です。女子供には誠にピッタリとした酒でした。逆に大酒飲みの我が友人向けにはちゃんと酒盗も用意してくれますので、「利き酒のはずが…」いつの間にやら10セット30種類も飲んでいる。
伏見の酒全銘柄を取りそろえているということですが、これは言うは易く行うは難きことで、かなり各蔵元とナアナアでなければできることではありません。というのは、酒は殆どがケース売りで、1本2本では卸してくれませんから、売れる酒はともかく、殆ど売れない酒を仕入れた場合には在庫をどっさりとかかえ込む覚悟が要るのです。畢竟、滅多に売れない酒は仕入れないことになる。酒飲みがきまぐれに、その酒を取り寄せてくれといっても1本では、最低5本が余ることになるのです。そういえば、小生なども近所の酒屋で信州の「真澄」を取り寄せたときには、1升瓶6本が一度に届き、無茶苦茶嬉しかった覚えがあります。
であるから、客が1本といったときに蔵元へ出かけ「大将、1本で悪いけどもろていくでー。」と言えるような信用がないと、なかなか全部揃えておくことはできないのであります。国は、こういう人たちこそ表彰すべきであると思います。そういえぱ、かつて池田の呉春酒造で各酒屋のご主人が1ケースだけでももらっていくためにコマメに工場の仕事を手伝っているのを見たことがありますが、こういった酒屋も随分と量販店に潰されました。
ご主人の話によると、現在伏見では「月桂冠」・「黄桜」・「松竹梅(寶酒造)」の3社が80%以上のシェアを占め、残りを17~18社で争っているということで小さな蔵元はなかなか「造り酒屋の旦那」と言う訳にはいかなくて、1年に1社の割合で酒造りをやめていっているとのこと、酒飲みとしては寂しい限りであります。まあ、そういうところも本来土地持ちであるから、マンションなどを建てて左うちわということですから、悲惨な感じはないのですが、美観の点からもおもしろくない。かつての酒所、伊丹は3社、池田は2社、富田も2社が残るのみですから、伏見が同じ轍を踏まぬことを願うのみです(補遺・師匠情報によると伊丹の「大手柄」は既に廃業とのことです。伊丹も2社となりました。嗚呼。)。
この伏見界隈、最近はなかなか元気ですし、大きな資本はきれいに酒蔵を整備したりしています。ある人物の名には辟易としていますので敢えて出しませんが、ちょっと卑しいような気もします。まあ、それはそれで目出度いのでありますが、蔵元の場合は灘でもそうですが、一定以上に大きくなると対応がどことも似たかよったかになってしまいます。近江新旭の「松の花」や明日香の「飛鳥京」のような素晴らしい対応は大手には求めても無駄ですので(万博のコンパニオンのような姉ちゃんが検尿カップのようなのに決まっただけ酒を入れる、どんな良い酒もこれではパー)、小さな酒蔵にもしっかりと頑張ってもらいたいところです。などなどという四方山話も楽しいところであります。
この店、他にワイン類も随分とそろっています。ちょっと入ったら利き酒が終わっても目がキョロキョロ、なかなか外へ出ることができないのであります。
写真は程近い御香宮の一角です。これも楽しいものでありますね。
先日、京都新聞の地域版に油長の記事が出ていたので、家内が切り抜いて徘徊堂さんに渡して上げて、と封筒に入れてくれたのを預かったままでした。もちろんご存知の内容ですが、忘れない内にスキャンして送信します。それにしても家内は、なぜ徘徊堂さんがお酒にメの無いことを知っているのでしょう。女性の本能でしょうか。
私は伏見に住んでいながら、伏見の酒を余り知りません。ただ、裏の家の旦那が斎藤酒造に勤めていて、たまに稀少酒をお裾分けして貰うことがありました。今は引退されましたので、それも遠い話となりました。
徘徊堂さんは、京阪神の穴場を熟知されていますので、伏見の呑み所へも、また連れて行ってください(園部でも秘所を発見されたとか。是非ご一緒しましよう。八木もです)。
思えば、ブロ友と親しくなって思い掛けない世界が開けました。中には、とんでもない虚言男も居りますが、総じてみんな素晴らしい人ばかりで、長生きしなければ・・・と思う毎日です。「伏見にもこんな銘酒と教えられ」道草。
奥様に「顔」で酒飲みだと見破られていたとしたら問題ですね。見た目品行方正、実体不良大人で数十年生きてきたのに…というところです。けれども、記事の方はありがたく拝読させていただきます。最近、家でPCをさわっておりませんので、お返事が遅れるかも知れません。申し訳ありません。
一度、伏見で歩きは程々にして飲み会をやるのもいいですね。油長で利き酒(のめり込まぬように注意)、黄桜でエジプトビールを飲みましょう。
気候が良くなれば、明日香の「飛鳥京」=脇本酒造も考えておりますので、宜しくお願い申し上げます。園部は「長老」の大看板が上がった酒屋です。立ち飲みはできそうですが、腰を落ち着けてはちょっと無理かも知れません。
今回は道草さんの縄張り伏見のお酒ですか^^
油長さんの利き酒、凄い数ですね。どの銘柄がお気に入りでしたか?
随分前になりますが、山の学校の同級会が伏見で商売をしているOさんの企画で開かれました。
寺田屋や月桂冠大倉記念館見学のあと、神聖酒蔵の酒蔵の中の座敷「鳥せい」で、蔵出しのお酒と鳥料理で宴会をしました。(鳥料理がお好きでないgunkanatagoさんには申し訳ございません)そこで日本酒をジンジャーエールで割った「ジンジャー」が喉越しよく、もの凄く美味しかったのを今でもよく覚えています。
子供のころは酒の小売屋でした。まだまだ量り売りも多く、茶色の陶器の酒樽の栓から1合枡や一升枡を受けてとっとっとっとお酒を出します。それをお客さん持参の瓶に漏斗で移します。その時多少はこぼれて瓶を持っていた手につきます。私は子供ですのに舐めました^^(たまに留守番の時です)そんなんでお酒は早くから味見?をしてきました^^あのころはまあまあ呑めましたけど、今はお猪口一杯が関の山で、全く情けないことであります。
長話ご免なさい。酔っているのかしら?
神聖酒造の「鳥せい」、勿論名前からして入ったことはありませんが、大変有名です。そのあたりで、清酒ソフトクリームが売っていたように思います。寺田屋は、近年明治末の建築であることが分かりました。昔の寺田屋は今の建物の西に建っていたようです。
文中にある「抱腹絶倒」、どう飲んでも葡萄酒です。機会があれば一度おためし下さい。
大阪は道頓堀に「貧乏貴族」という地下一階にある世界中の、といってもビールや所謂洋酒の銘柄をいっぱい揃えたお店があります。あるイギリス人に教えて貰いました。その時彼に教えて貰ったのは、北欧のアクアビットという蒸留酒とビールを呑むスタイルです。
いや~、酒って凄いですね。でもこれはこういったお店の主人と会話しながら呑むのが楽しく、田舎の一軒家で一人で飲むものではないのかもしれません。酒はやはり人・料理との組み合わせではないのかしら、と思っています。田舎生活は楽しいのですが、こういう酒の楽しみはやはり都会でないと無理なのでしょう。
油長のご主人からは、もっと色々なことを引き出したいと思っています。小生が気にしていた大御所酒造は先年廃業したということでした。
道頓堀は、最近は松竹座の地下で地ビールを飲むだけですが、貧乏貴族なる店はおもしろそうですね。一度探して訪ねたいと思います。
19日は、上桂川の川原でビールというのに挑戦しようと思いましたが、クーラーを肩に外に出た瞬間、「やめとこ」となり、部屋で猫を相手に飲みました。これもなかなかです。
トラックバックをさせていただきました
「またたび」の管理人でございます。
丁寧にアドバイスをいただきありがとうございます。
京都の街並はすごく神秘的でありながらも
親近感が沸いてしまいました。
時間があればまた行ってみたいです。
日本酒が美味しいですね。
お土産で買って以来晩酌が楽しみで
仕方がありません。
ブログではコメントのみでしたが、
「大黒ラーメン」がとても美味しかったです。
伏見桃山に行ったら、また食べたいと思います。
今後もブログを拝見させていただきますので、
よろしくお願いいたします。
金閣や銀閣、清水寺のような有名な観光寺院以外にも良いところはいっぱいありますので、是非また御上洛下さい。高雄方面もおもしろいですよ。