夜道 2020-10-31 | 混線頭 灯りもない道を歩いていた。ずいぶん遠くまで歩き続けた。たった一人で歩きづづけた。誰かの歌が聞こえていた。とっても長い歌だった。言葉を全部使い切ろうと歌い続けているのだろう。灯りひとつない夜だった。灯りひとつない夜だった夜道をずっと歩いてた誰も歌っていなかった月は光っていたけれど灯りひとつない夜だった
ことばの境界 2020-10-28 | 混線頭 わたしはことばをはなす。私は誰かの言葉を聞く。同じ言葉を使っていても、その二つの同じ言葉は実は同じとは言えない。同じであったことなどないのだ。今日の帰り道、橋を渡り終えるとき、誰かが私の耳元で囁いた。ことばの教会にいらっしゃい。ことばの教会では、どんな言葉でも同じ意味になる。それは素晴らしいことでしょう。追い抜いていった背の高い男は私を小さな小屋のようなところに連れていった。おそらくそこが、ことばの教会だったのだろう。小屋の中ではどんな言葉もひとつの意味しか持たなかった。だから、何を言おうと不安はなかった。何日かして小屋をでると、私は私ではなくなっていた。私はすべてだった。
僕の廃人 2020-10-22 | 混線頭 デオキシを捻って剥がしまた繋ぐリボ核酸はわたくしである雨の音 また雨の音雨の音 ただ雨の音 雨の雨音教科書に畳み込まれた鷲なので宿題もある試験にも出るブランコに忘れられたる赤い靴 一人で空に帰ったあの娘は
本を読まない三十一 2020-10-15 | 混線頭 もし読めばすぐに真似してくだらない俺になるから本は読まない本棚の高いところで客を読む売れない本のたいくつは月ぬ読んだって書いたやつより賢くない読まないやつより自由でもない時計には約束もない遅刻もないすでに時計の形も忘れた本だから偉いのではない全身の文字の刺青のせいもありえないわたくしの壊れた言葉そのこころ。君読みたまうことなかれ
訪問者 2020-10-15 | 混線頭 まだ暗い朝、扉を乱暴に叩く者がいるので鬼ではないかとびくびくしながら誰であるかと問うたが答えはなくその者はいつまでもただ扉を叩き続けるのだった。叩いているのは玄関の扉だけではなく床の間に隠れれば床の間の壁を叩き書斎に隠れれば書斎の本棚の奥の壁を叩き台所に隠れれば竈門に甲高く響く音を立てて竈門のまわりを叩く。きっと一人ではないのだろう。明るくなっても叩く音はやまなかった。