2年間、この宮幟を揚げる連中の会長をやって来ました。
本日、次期会長さんも内定し3月末で任期を終えます。
画像は平成29年に作ったものですが、昨年10月に新調いたしました。
私の任期内で新しくできたことを嬉しく思ってます。画像はありませんけど(-_-;)
こういった一つのお宮を中心にして、周辺に住む人々が拠りどころとし伝統を受け継ぐというか・・・何かあったときの精神的まとまりのための支柱となるものだと考えています。
さて、白虎 玄武 青龍 朱雀 の神獣ですが・・・
中国渡来なんですが・・・考古学に出てきますね・・・あの三角縁神獣鏡。
この三角縁神獣鏡の実物が福岡県では・・・糸島市平原遺跡(ひらばるいせき)に展示してあります。直径も大きくて迫力がありましたね。奈良の遺跡でも出土していますが時代的には平原より新しいのでは?つまりと書きはじめると・・・(笑)考古学者さんから反論が来そうで・・・(-_-;)
この神獣は自分たちが住んでいる生活している場への外敵の侵入を防ぐのが役目なんですね。つまり生活を守るということです。
お宮の境内に掲揚している宮幟も、その昔は宮境内ではなくて村(ムラ)の各方面の入り口にあたる場所に揚げていたと考えてます。それを明治二十八年に集約?してお宮の参道の各方位に揚げるようにしたのでしょうね。というか当時荒れていた神社を立て直した人がわが家のお隣りに居られました・・・
この宮幟や、御遷宮(ごせんぐう)という式年祭、県の無形文化財の神楽などを復興されたのですが・・・江戸末期にあれていたお宮を明治の中頃から大正にかけて復興されたのです。いわゆる国家神道という時代ではありましたがね。それはそれで、地域の人々が何かするときの拠りどころとして利用すればいいのです。つまり神社は威張ってはいけないよと思っておりますので<(_ _)>
といったところで、会長職を次期へ手渡しで来た開放感から書いてしまいました(笑)