一句鑑賞

青嵐

あをあらし
青葉のころに吹きわたるやや強い南風のこと。
例句に・・・

うごかざる一点がわれ青嵐    石田郷子

青葉をざぁーざぁーと鳴らしながら吹きわたる風の中で、
自分だけがその一点を動かずにいる・・・
どこか、あるいはなにかというものに心を盗られているのか。
若しくはそれらを承知の上で動かざる自分がいるのか?


下関市川棚から東へ、地名は忘れたが大楠があり山頭火の句碑がある。

大楠の枝から枝へ青あらし   山頭火

前句は青嵐の中に居る自分を一事物として捉えて詠み
山頭火は大楠を見上げその広がった枝をざぁーざぁー鳴らしながら過ぎるその風の行方を詠んでいるのか?

どちらもその吹きわたる風の真下に居ての句・・・
生きているいうことを瞬時に感じさせる力がこの風にあるんでしょうね。

コメント一覧

一句鑑賞
Re:一点がわれ
こんばんは
いつもご丁寧にありがとうございます。
私も言い切った句に憧れますが、難しいものです。

今日はオフで麦の写真をと出掛けました。
時間がありましたので秋月まで行きました。
睡魔に襲われるまでに記事が書けると良いのですが(笑)
ふじ
一点がわれ
http://blog.goo.ne.jp/fuji96
  うごかざる一点がわれ青嵐
似たような覚えを思い出していました。
いつやら緑の中でスケッチしていて背からすごい風が吹き、しゃわしゃわしゃわと通り過ぎて行くのです。
その時の私は、「瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても・・・」の歌を思い出しその岩にでもなった気分(^^で、
句は スケッチの背に・・・ ?それじゃあ分からんじゃろう・・・で終わってますので、「似た覚え」とは言っても大違いですけどね(^^ゞあはは
それを考えますと、きっぱり言い切ってるこの句の、私にはないすごさが分かるような気がします。

川棚の大楠、知ってます! でも行ってないんですよ。日本三大楠樹の一つで、樹齢約一千年だそうですね。
この句もよく分かります。 山頭火にしてはめずらしく五・七・五と整ってる(^^。
この地では例句のほかに 『注連を張られ樟の森という一樹』 『大樟の枝垂れて地にとゞく花』 の 三句が詠まれてるんだそうです。
「ほうじ茶」でも併せて、私の貧弱な想像力を膨らませる修練^^? 実習をさせてもらっています。 ありがとうございます 
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日記」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事