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「慰安婦」問題をどう伝えるか
韓国「戦争と女性人権博物館」建設の現状
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お話し;吉元玉(日本軍「慰安婦」被害者)
尹美香(韓国挺身隊問題対策協議会常任代表)
日時 ;10月17日(金) 19:00~
場所 ;アクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
参加費 ;500円
主催 ;韓国挺身隊問題対策協議会
共催 ;アクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
連絡先 ; 03-3202-4633 (wam)
「博物館を建てて、私たちのことを歴史に残して欲しい」という被害者たちの要
望から、建設が計画された「日本軍『慰安婦』の名誉と人権のための 戦争と女
性人権博物館」。
ソウルの西大門独立公園内に敷地を確保し、来年3月にはいよいよ着工式を迎え
ようとしています。この間、「光複会」や「殉国先烈遺族会」といった独立運動
家とその遺族らの反対にあったり、建築費の募金が思うように集まらなかったり
、様々な困難にぶつかりながらも、日本軍「慰安婦」被害者の被害とたたかいの
歴史を記憶にとどめ、現在も続く戦時性暴力を告発し、このような暴力を根絶す
るための教育の場、被害女性の人権回復と世界平和を実現するための場として博
物館を建設しようと、様々な取り組みを行って来ました。
この運動を日本の皆様に広く知っていただき、支援と協力の輪を広げていただく
ために、この運動を担って来た韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香常任代表が、
博物館建設の計画内容や進捗状況などをお話しします。また、この博物館の建設
を切望する被害者のお一人、吉元玉ハルモニが、博物館への思いを直接お話し下
さいます。尹美香代表には、米下院決議、EU決議などを採択に持ち込む過程で、
現地で直接ロビー、キャンペーンを行い、これを推進した経験についても、お話
しさせていただく予定です。
「戦争と女性の人権博物館」建設のための寄付金を募っています。ご協力をお願
いします。
郵便振替口座 00130-1-296709
口座名 韓国挺身隊問題対策協議会日本後援会
吉元玉
1928年平安北道生まれ。1940年、13歳の冬、旧満州ハルビンの慰安所に連行され
た。41年、性病がひどく一旦家に戻されるが、42年(15歳)、再び中国石家荘の
慰安所に連れて行かれた。45年、仁川港に帰国しソウルへ。98年「慰安婦」とし
て名乗り出る。
尹美香
1964年、農家に出まれ、小学校を卒業すると都会に就職するのが当たり前な村で
、中学、高校と進学し、梨花女子大学大学院でキリスト教教育学を学ぶ。92年1
月から挺対協スタッフとして活動。その後の波瀾万丈は講演会で。挺対協事務局
長、総務を経て現職。
「慰安婦」問題をどう伝えるか
韓国「戦争と女性人権博物館」建設の現状
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お話し;吉元玉(日本軍「慰安婦」被害者)
尹美香(韓国挺身隊問題対策協議会常任代表)
日時 ;10月17日(金) 19:00~
場所 ;アクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
参加費 ;500円
主催 ;韓国挺身隊問題対策協議会
共催 ;アクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
連絡先 ; 03-3202-4633 (wam)
「博物館を建てて、私たちのことを歴史に残して欲しい」という被害者たちの要
望から、建設が計画された「日本軍『慰安婦』の名誉と人権のための 戦争と女
性人権博物館」。
ソウルの西大門独立公園内に敷地を確保し、来年3月にはいよいよ着工式を迎え
ようとしています。この間、「光複会」や「殉国先烈遺族会」といった独立運動
家とその遺族らの反対にあったり、建築費の募金が思うように集まらなかったり
、様々な困難にぶつかりながらも、日本軍「慰安婦」被害者の被害とたたかいの
歴史を記憶にとどめ、現在も続く戦時性暴力を告発し、このような暴力を根絶す
るための教育の場、被害女性の人権回復と世界平和を実現するための場として博
物館を建設しようと、様々な取り組みを行って来ました。
この運動を日本の皆様に広く知っていただき、支援と協力の輪を広げていただく
ために、この運動を担って来た韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香常任代表が、
博物館建設の計画内容や進捗状況などをお話しします。また、この博物館の建設
を切望する被害者のお一人、吉元玉ハルモニが、博物館への思いを直接お話し下
さいます。尹美香代表には、米下院決議、EU決議などを採択に持ち込む過程で、
現地で直接ロビー、キャンペーンを行い、これを推進した経験についても、お話
しさせていただく予定です。
「戦争と女性の人権博物館」建設のための寄付金を募っています。ご協力をお願
いします。
郵便振替口座 00130-1-296709
口座名 韓国挺身隊問題対策協議会日本後援会
吉元玉
1928年平安北道生まれ。1940年、13歳の冬、旧満州ハルビンの慰安所に連行され
た。41年、性病がひどく一旦家に戻されるが、42年(15歳)、再び中国石家荘の
慰安所に連れて行かれた。45年、仁川港に帰国しソウルへ。98年「慰安婦」とし
て名乗り出る。
尹美香
1964年、農家に出まれ、小学校を卒業すると都会に就職するのが当たり前な村で
、中学、高校と進学し、梨花女子大学大学院でキリスト教教育学を学ぶ。92年1
月から挺対協スタッフとして活動。その後の波瀾万丈は講演会で。挺対協事務局
長、総務を経て現職。