なにがあっても
神様は忍耐され
キリストは 犠牲の道を
いかれました
十字架は イスラエルの不信の
故でしたが
責任はイエス様が取られました
そしていま 家庭連合の罪の
ために また犠牲になろうとして
います
放蕩息子の話しは皆さん知っているでしょう
兄は あきれるほど
父を うけいれます
父のそばで 尽くしてきたのは
兄です
帰ってきた
弟を ちちは喜びます
いたく 喜びます
実際こうなるでしょう
この父と 共にいけますか
私の感情は 父の思いに
合わせなければなりません
可哀想なサンクチュアリです
しかし
ほこらしい
父の息子です
お父さまも同じくです
真の愛は いつも犠牲の道を
行きました
私は 家庭連合を見ると
怒りが収まりません
爆発しそうです
しかし 神様の
思いは違うでしょう
真の愛は そういうものです
帰るべき 息子を
待っておられます