優越感と劣等感は差別意識の始まりかもしれない。そんな事を初めて思った。
戦後に米兵と結婚し、渡米した女性たちの過酷な人生を通して、差別の構造と本質をあぶり出す物語。
***
あらすじ〉
終戦後、母と妹との生活を支えるため占領軍のキャバレーでクロークとして働き出した笑子(えみこ)は、黒人の米兵トーマス・ジャクソン伍長と恋に落ち結婚。母親の反対を押して娘を産むが、やがて夫は除隊のため米国に帰国する。
これで別れた気になっていた笑子だが、娘が近所の子どもから苛められていることや、妹からも(姉のせいで結婚できないと)疎まれていることを知り渡米を決意。窮屈な船旅の中で同じ境遇である“戦争花嫁”の女性たち3人と出会う。夫のいるニューヨークにたどり着いてみると、半地下の狭い安アパート、極貧街ハアレムでの暮らしが待っていた。
***
さいしょは、敗戦直後の疲弊した日本人が、どんな風に進駐軍を見ていたかという点が興味深かった。笑子は決して生活のために身を売るようにして結婚したわけではない。結婚後は青山のアパートで当時の日本人が望むべくもない優雅な暮らしを送るわけだが、夫も優しく溌剌としており、そんな彼を笑子は好きになったのだ。
ところが、夫はニューヨークでは人が変わったように寡黙で覇気のない人間になっていた。この変わりようを、「黒人だから」で吐き捨てようとする周囲の言動に、笑子は激しく反発を覚え、「色ではない」と主張する。
そのとおり、実際に笑子が感じた差別は肌の色・人種にとどまらない。
アフリカの黒人から見た米国の“ニグロ”や、階級、貧困格差の中にある優越意識、劣等感など。網羅的というと語弊がありそうだが、できるだけたくさんのケースを笑子の目を通して痛感するように書かれている。
戦争花嫁で言うならば、同じニグロの夫を持つ竹子、貧民街の黒人よりもさらに貧しいプエルトリコ人と知らずに結婚してしまった麗子。白人と結婚したことを自慢にしていた志満子の夫は、実は白人の中で蔑まれていたイタリア人移民だった。
そして日本人の中でも料亭を営む実業家や国連に務める笑子の雇い主の女性がいて、ブロンドの看護婦が悪しざまに言うユダヤ人の学者も出てくる。
笑子自身は日本人としてのあからさまな侮蔑は殆ど受けない(ニグロの妻としては侮蔑される)が、女性として“産まない権利”を封じられており、性差別を体現してもいた。
人間は差別をしないではいられない生き物なのだと認識をあらたにするのだが、さらに夫トムがプエルトリコ人を見下す様子によって、もっと深刻なことにも思い当たる。
劣等感や辛い思いを抱える人にとっても、自分より下の人間がいると思う事が、慰めや自己肯定感に繋がってしまうという事だ。それは笑子が感じたことなのだけど。
つまり重いテーマを小説として面白く読ませつつ、差別のありようや本質についてギリギリと切り込んで読者に提示して行く手腕がものすごい。
なかでもギョッとしたのは、笑子が、娘が望むならアフリカの青年と結婚させようと考えたこと。その認識が大きな間違いである事は後に分かってくるのだが、明るくて有能だけど活動家でも学者でもないただの主婦である笑子の思いが紆余曲折するのも、読みやすさにつながっていると思う。あくまで市井の人の素人目線なので、却って現実味があるのだ。
いま差別問題はこの時代よりは良くなっていると思うしそう信じたいが、この話が所々で古びていない根深さは感じる。
話として最終的には、肝がすわって前を向く主人公の心境が伝わってきて、いい読後感だった。