粗野で凶暴、絶望的な人生だ。読み終わってそんな風に思った。
有島武郎の『カインの末裔』がAudibleで所要時間2時間ほどだったので聴き始め、最後の方は青空文庫で一気読みした。
影浦大輔の朗読は、ちょっと大和田伸也に似たダンディな声で、荒々しい作品の雰囲気によく合っている。
冬間近の北海道に妻と赤ん坊、馬一頭を連れて流れ着いた仁右衛門(にいえもん)は、農場で畑を借りて小作人として働き始める。
背が高くて見上げてもまだ顔が見えないというので“まだか”とあだ名された仁右衛門は、周囲の人間はすべて敵だと思っているような態度の悪さで、すぐにカッとなる。妻だろうが他所の子供だろうが構わずに殴り飛ばす乱暴者だ。
しかも小作料は踏み倒すわ近所の主婦と逢い引きするわ、せっかくの稼ぎを博打ですってしまうわ、素行の悪いことおびただしい。
もちろん助け合って生きていくべき貧しい農村では浮きまくり、すぐに疎んじられるようになる。
そういう“彼”の様子が、北海道の厳しい自然の中に豪快に描かれていて何故かしら惹き込まれる。
確かに仁右衛門は乱暴者で悪辣極まりないのだが、機嫌の良いときの彼はけっこう人を惹きつける所のある人物だというのがチラホラ書かれている。畑仕事自体は懸命に取り組んでおり、飼い馬にも慕われている様子があった。良い所がまるで無いわけではないのだ。
それだけに、中盤から雪崩を打つように彼を襲う不運な出来事がほんとうに痛ましく感じる。
また彼がただの阿呆ではないことは、農場主の屋敷に出向いて小作料の軽減を交渉しようとした後の、仁右衛門の独白で感じる。
交渉が不調に終わるのは当然だったが、そのあと、「なんという暮らしの違いだ」と貧富の差に愕然とする。「何という人間の違いだ。親方が人間なら俺は人間じゃない」とまで考えてしまう。
それまで、内省的なこととは全く無縁で野生児のようだった彼が、頭を殴りつけられたような衝撃に震える場面は印象的だ。
ところで、題名にある「カイン」について、作中で語られることはない。旧約聖書のカインと弟アベルの話は有名なので説明するまでもないけれど、神の寵愛を受けた弟に嫉妬し、弟を殺したカインは神のもとから追放される、といった話。
もちろんエピソード自体は異なるが、仁右衛門が「カインの末裔」と言われれば、なるほどその通りだと頷ける。
そしてこれは悲惨さと哀愁、人の業の深さと筆力の強さを感じさせる小説だった。