カルフォルニア・インディアンの一部族、ヤヒ族最後の一人となった、イシという実在の人物の一生を描いた物語で、なかば創作・なかばノンフィクションとも言えそうです。文明から隠れ、ひとり山間に身を潜めて暮らしてきたイシは、白人が作った屠殺場の脇で発見されます。1911年のことでした。(推定50歳くらい)
イシが生まれる12年ほど前、カルフォルニアへの金鉱を求めてのいわゆるゴールド・ラッシュが始まりました。彼が10歳の頃には、ヤナ族(イシはヤナ族の中のヤヒ族)は白人の侵入者によって殺されるか、土地を追われるかして、ほんの数えるばかりのヤヒ族が残されただけでした。
* * *
物語は、イシがまだ13歳くらいの少年時代、祖母と祖父、伯父と母親、いとこの少女(トゥシ)、少し年上の少年(ティマウィ)の7人だけで暮らしている様子から始まります。イシたちの暮らしは素朴な原始生活ですが、崇める神や儀式、狩猟に対するプライドなどが描かれ高潔な精神性が見て取れます。
どんぐり粉の粥をつくる母、その上手なことを褒める伯父、母は狩猟者である男たちの仕事を讃えるといった様子から、穏やかな部族の性質、生き方も感じられました。
人間が人間の一種族を滅ぼした記録
イシと家族たちは、白人の目を逃れるためにどんどん暮らしにくい山奥へと身を潜めます。
私が子どものころ、インディアンというと、頭の皮をはぐなど野蛮なイメージを植え付けられていましたが、この本の中では頭の皮を剥いでいたのは白人のほうでした。
イシの目線から語られる話なので、残酷と感じるのは白人のやり方です。人間が、古くからそこに住む人々を獣のように追い出し駆り立て、やがて絶滅させてしまったという事実が、イシたちが追い詰められていく様子から身に迫ってきて、胸が詰まる思いがしました。
ただ、イシの少年時代はいとこへのほのかな思いや、若者らしい一途さ逞しさが伝わってきて、滅びゆく一族の悲しさはあるものの、読んでいて爽やかでした。
印象深いのが、彼の伯父が若者2人に、「われわれに悪意をもたぬ白人もいる、(中略)平和な生き方を願っている白人もいる」と教える場面です。そして、
「このことを思い出すがよい、わしがもはや、おまえらとともに暮らすことができなくなる日、おまえらに何も話してやれぬときがきたら。」
と伯父さんは語りました。イシは、白人世界に接したとき、これを思い出すことになります。これが事実だとすれば、この人達が野蛮な種族などではないことがまたよく分かります。
白人の世界に住むようになってからもイシの態度は一貫して穏やかで聡明、上品と言ってもいいくらいの高い精神性を感じさせる人柄が描かれています。そのため、悲しい話ではありますが、読後感は悪くありません。彼の存在は、「インディアンは野蛮で共存できないもの」というアメリカ人の認識を多少なりとも覆す一助になったのではないかと、勝手に想像しています。
本書刊行の経緯
ひとり白人に発見された後、彼の身柄はカルフォルニア大学人類学科の付属博物館に預けられることになり、5年後の1916年に亡くなりました。後半の3分の1くらいが、白人の世界で生きたイシの物語になっています。
同大学のアルフレッド・クローバー教授はイシのもっとも信頼した親しい友人となりました。教授はイシの死後数十年後、その生涯をまとめた本を刊行準備中に亡くなりましたが、仕事の協力者であった妻のシオドーラ・クローバーさんが、亡き夫の意志を継ぎ書き上げたのが、本書の原著となる1961年刊行の「イシ」です。
本書は少年少女向けに編集し直したものですが、その原書はあとがきをクローバーさんの娘であるアーシュラ・ル・グィンが執筆しているのも興味深いことです。原書の邦訳(行方昭夫・訳/岩波書店)も出ているので、ぜひ読んでみたいと思います。
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