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「先生、ベランダの柵に、赤いお花がびっしり並んでる」
「え、どこどこ?」
「ほら、あそこ」
女の子は、上り坂の途中にある三角屋根の白い三階建てのお家を指さします。
一面を緑に覆われた山々が、ぐるりと囲む小さな町。
ここでなら、すべての少女たちが、赤とピンクと黄色の三色のワンピースを着込んでいても違和感がありません。
「ハイジの世界だ」
「実際の風景が、これほどまでに、あのままの世界だとは」
女の子と先生は、見事に印象を壊さないその風景に見惚れています。
晴れた日の似合う、風景。
山をひとっ飛びできそうな大きなブランコの似合う、風景。
強面でもやさしいおじいさんが山から下りてきそうな、風景。
ペーターとユキちゃんが弾むように歩いていそうな、風景。
「なんだろう、この緑色の世界。どこにもない緑色に見える」
「そうだね、ここだけで感じる緑色だね」
「うん、そう。先生の言うとおり、感じる緑。五感で拾う緑色だね」
「なるほど、五感で拾う色か」
「なんでだろうね。まるで絵に描いたような緑だからかなあ?」
「今、わたしも同じことを考えていたよ」
きっと、女の子も先生も、同じアニメーションの、同じシーンを浮かべているのでしょう。
自然の発する本来の色は、誰の目にも同じ色に感じとれるのでしょう。
「勝手に体が浮き立つ感じがする」
「勝手に歩幅が笑い出す感じだね」
「歩幅が、笑い出す。いいね先生、その言い方」
「これは、お褒めいただき、ありがとうございます」
ふたりは、歩幅とともに顔いっぱいに笑います。
おどけて、笑います。
「緑も、空の青も、どれも同じ形に見えてきそうな雲も、小屋の白い壁も、全部が純だね?」
「純?」
「そう、純。純白の、純」
「そういうことか。混じり気のないということだね?」
「うん。その色、そのもの。濃い緑も、黄緑も、真っ青な空色も、真っ白な雲色も、どれでも、純色」
「るみちゃんは、純色という言葉を知っているんだ?」
「え?そういう言葉あるの?知らなかった。思いつきで言葉にしただけだったよ」
「そうか、るみちゃんのなかでの造語だったんだね?」
「そう、造語。でも、もともとそういう言葉があったんだね?」
「まさに、混じり気のない色。彩度が一番高い色のことだね」
「その色のなかで、一番鮮やかということね?」
「そういうことになるね。きっと、るみちゃんの造語は、一番初めに『純色』という言葉をつくった人と同じ感覚で出来上がったのだろうね?」
「そうなのかなあ。だったら、なんだかうれしいな」
知らなかった言葉なのに、誰にも教えられることなく、自分の口から出てきたことに、女の子は不思議な感覚を覚えます。
言葉というものは、教わるもの、覚えるもの。
それがただの思い込みだったことに気づいたみたいです。
「そうか、辞書にも入りきらないくらいの星のような言葉には、すべて始まりがあったんだね?」
「そうだね。いつ、誰がこしらえたのか分からない、その言葉の誕生の瞬間があったんだね」
「それって、すごいね」
「すごい、発想力だよね。きっと、今のるみちゃんのように、イメージがイメージと結びついて、言葉は生まれるのだろうね?」
「きっと、そうだね。でもね先生、私が言った、『すごい』はね、ちょっと違うの」
「・・・?違う?るみちゃんは、なにを『すごい』と思ったの?」
てっきり先生は、女の子が言葉の誕生の神秘をことばにしたのだと思っていたようです。
いったい、何に神秘を感じたのか、女の子のセンスに神秘を感じています。
(つづく)
「先生、ベランダの柵に、赤いお花がびっしり並んでる」
「え、どこどこ?」
「ほら、あそこ」
女の子は、上り坂の途中にある三角屋根の白い三階建てのお家を指さします。
一面を緑に覆われた山々が、ぐるりと囲む小さな町。
ここでなら、すべての少女たちが、赤とピンクと黄色の三色のワンピースを着込んでいても違和感がありません。
「ハイジの世界だ」
「実際の風景が、これほどまでに、あのままの世界だとは」
女の子と先生は、見事に印象を壊さないその風景に見惚れています。
晴れた日の似合う、風景。
山をひとっ飛びできそうな大きなブランコの似合う、風景。
強面でもやさしいおじいさんが山から下りてきそうな、風景。
ペーターとユキちゃんが弾むように歩いていそうな、風景。
「なんだろう、この緑色の世界。どこにもない緑色に見える」
「そうだね、ここだけで感じる緑色だね」
「うん、そう。先生の言うとおり、感じる緑。五感で拾う緑色だね」
「なるほど、五感で拾う色か」
「なんでだろうね。まるで絵に描いたような緑だからかなあ?」
「今、わたしも同じことを考えていたよ」
きっと、女の子も先生も、同じアニメーションの、同じシーンを浮かべているのでしょう。
自然の発する本来の色は、誰の目にも同じ色に感じとれるのでしょう。
「勝手に体が浮き立つ感じがする」
「勝手に歩幅が笑い出す感じだね」
「歩幅が、笑い出す。いいね先生、その言い方」
「これは、お褒めいただき、ありがとうございます」
ふたりは、歩幅とともに顔いっぱいに笑います。
おどけて、笑います。
「緑も、空の青も、どれも同じ形に見えてきそうな雲も、小屋の白い壁も、全部が純だね?」
「純?」
「そう、純。純白の、純」
「そういうことか。混じり気のないということだね?」
「うん。その色、そのもの。濃い緑も、黄緑も、真っ青な空色も、真っ白な雲色も、どれでも、純色」
「るみちゃんは、純色という言葉を知っているんだ?」
「え?そういう言葉あるの?知らなかった。思いつきで言葉にしただけだったよ」
「そうか、るみちゃんのなかでの造語だったんだね?」
「そう、造語。でも、もともとそういう言葉があったんだね?」
「まさに、混じり気のない色。彩度が一番高い色のことだね」
「その色のなかで、一番鮮やかということね?」
「そういうことになるね。きっと、るみちゃんの造語は、一番初めに『純色』という言葉をつくった人と同じ感覚で出来上がったのだろうね?」
「そうなのかなあ。だったら、なんだかうれしいな」
知らなかった言葉なのに、誰にも教えられることなく、自分の口から出てきたことに、女の子は不思議な感覚を覚えます。
言葉というものは、教わるもの、覚えるもの。
それがただの思い込みだったことに気づいたみたいです。
「そうか、辞書にも入りきらないくらいの星のような言葉には、すべて始まりがあったんだね?」
「そうだね。いつ、誰がこしらえたのか分からない、その言葉の誕生の瞬間があったんだね」
「それって、すごいね」
「すごい、発想力だよね。きっと、今のるみちゃんのように、イメージがイメージと結びついて、言葉は生まれるのだろうね?」
「きっと、そうだね。でもね先生、私が言った、『すごい』はね、ちょっと違うの」
「・・・?違う?るみちゃんは、なにを『すごい』と思ったの?」
てっきり先生は、女の子が言葉の誕生の神秘をことばにしたのだと思っていたようです。
いったい、何に神秘を感じたのか、女の子のセンスに神秘を感じています。
(つづく)
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