はな to つき

花鳥風月

Gravity Blue 70

2012-07-07 01:10:55 | 【Gravity Blue】
「・・・海。」

幻影を見ているのだろうか。
トランスしてしまったのだろうか。
いいえ、確かに、まっすぐに、わたしへ向いている。

「どうして・・・」
声にならない声で、呟いた。

「会えて、よかった・・・ここに、いてくれて・・・」
少し震えたように聞こえた彼の声が、不思議なくらいに懐かしく感じた。
ゆっくりと、そして、しっかりと近づいてくる姿に、どうしようもないほどに心が騒いだ。

「どうして・・・もう、会わないと」
そう言ったわたしの唇を軽く押さえて、
「これを読んでほしいんだ。」
大事に取り出して、彼は言った。

手渡された便箋。
不思議なくらいに、厳かに感じられる。
深呼吸とともに、静かに広げる。
一目で判る。
見慣れた、父の落ち着いた文字。
いよいよ意識が覚醒される。
解き放たれたかのように、ゆっくりと、ゆっくりと左から右へと眼を運ぶ。

「・・・・・・・・・」

それは。
異次元からの贈り物。
永遠の感情。
無理やりに全身に押し込めていた涙が、溢れる。

「ありがとう・・・」
これ以上ないくらい自然に、あらゆるものにそう言って、手紙をたたむ。
研ぎ澄まされた意識がもたらすスローモーションを感じながら、彼を見上げた。
そこには、いつもの、かけがえのない微笑が待っている。

「ありがとう。」
再びの感謝は、無意識に彼に向かう。
無音でそれに応える彼は、わたしを優しく引き寄せる。

再びひとつになった影。
陽だまりのカフェで微笑む老夫婦に静かに見守られながら、
溶け合うようにクロスの影と重なった。