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好きなものや気になることについていろいろ語ってみようと思います。

『慟哭』 14

2008-02-13 13:22:39 | 創作文『慟哭』
『慟哭』 14



家に戻るのはひと月半ぶりだった。

玄関の鍵を開け足を踏み入れると懐かしい匂いがミンウを包んだ。

「お帰りなさい」

今にもユンスの声が聞こえそうな気がした。

キムチチゲの美味しそうな香り・・・。

鍋からもれる湯気・・・。

ユナの泣き声が響き渡る。

慌ててユナの元に向かうユンスのスリッパの音。

すべてを鮮明に思い出せる。

目を開けたら何事もなかったようにユンスが迎えてくれるに違いない。



そんなミンウの願いは

ドアが閉まる無機質な音であっけなく砕け散った。

カーテンを閉め切った誰もいない家。

音も声もしない。

ミンウはソファに腰を下ろした。

ユンスが一目で気に入って買ったソファだった・・・。

そっと撫でる。

座っただけで買ったときの彼女の笑顔を思い出す。

「何で・・・何で俺を残して逝っちゃったんだよ・・・」



それから数日ミンウは家から出ることはなかった。

朝から酒を飲み飲みつかれたら眠る。

そんな生活。

夜中、真っ暗なベランダに立ち飛んでしまおうかと思ったことも一度や二度ではない。

それを引き止めたのはユナの笑顔だった。

俺に母親を奪われた可哀想なユナ。

父は父であることを放棄してこんな風に飲んだくれている。

可哀想なユナ。

この手に抱けたら・・・俺には抱く資格がない。

毎日毎日そんな考えを繰り返す。


「ユンス・・・俺、もうだめだよ・・・」

真っ暗なごみだらけの部屋に転がったままミンウはそうつぶやいた。




何日そうして過ごしたのか・・・

すべてを諦めたミンウにはどうでもいいことだった。

時折、尋ねてくる友人や同僚に居留守を使う日々。

誰にも会いたくなかった。

自分の存在を消してしまいたい衝動に駆られる。

仕事は怪我の件もあり未だ休職中として処理されていた。


そんなある日。

ミンウは郵便受けに郵便が届く音で目を覚ました。

もう開けることもない郵便物でポストは溢れ床に紙くずが散乱している。



そんな情景をぼ~っと見つめる。

タバコの箱に手を伸ばす。

「何だ・・空か」

箱を握りつぶすと舌打ちをしてふらつきながら立ち上がった。

仕方なく玄関へ向かう。



足元に散らかった郵便物。

ミンウはその中にソウル総合病院と書かれた封筒を見つけた。

最近ミンウは病院にかかった記憶はない。

ユナだろうか・・・いや、ユナはこの近くの小さな病院がかかりつけだった。

家から近いのが病院は一番よ。

ユンスがそう言っていたのを思い出す。

ミンウは封筒を開けた。

脳神経外科・・・・ハン・ユンス

内容は彼女の担当医が来院しない彼女を心配して出したものらしい。

「ユンス・・・」

ミンウは簡単に身支度を整えるとソウル総合病院へ向かった。



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