Highway XXX

頑張っても報われない人

頑張っても報われない人、はどうすればよいのか。

そもそもその表現自体に文句をつける人はつけそうではありますが、しかし、世の中には頑張っても報われない人、というのは確かにいると私は思っています。

 

私の友人の一人も自分はそうであると主張するうちの一人です。

実際どうなのかは分からない面もありますが彼をとりまく状況と彼の持つ特性などは明らかに恵まれているとは言えない面も多々あり、確かにそのように主張してしまいたくなる気持ちは分かります。

詳しく書くわけにはいきませんが、過酷な状況にあるのは確かです。

場合によっては生活保護になるかならないか、という状況にもあるところです。

そういう彼は、どうすればいいのか、どうすればよかったのか。

 

彼なりに頑張ってきたのは間違いないことだと思います。

常に全力で頑張ってきたと言っています。

私はその言葉が嘘であると思いません。

 

今日、彼は落ち込んでしまう出来事があり、その勢いもあってか私にとって嫌なことを言い、私は根性論で言い返してしまいました。

彼は頑張っても報われない人は居て、そういう人は頑張ることで自分を追い込んで調子を崩し、結局逆効果になると主張しました。

それに対し、私は結局頑張って報われないのが事実だとしても、報われなくてもやるしかないだろうと根性論のような形で言い返しました。

 

でも、すでに書いたように彼なりに頑張ってきたのは間違いないんですよね…

それでも、今の状況となってしまった。それは、努力が足りなかったのか?というと、そういう訳ではない。

いや、本当は足りてない面もあったのかもしれない。

でも、それは他の人が判断できることではない…。

結局、どうなのか。

色々自問した後、彼には感情的になってしまったことを詫びました。

 

 

 

 

ここで、彼の例からは少し離れますが、確かに世の中には頑張ってもどうしようもないような状況にある人は居るのは間違いない気がします。

一般的な、広く共有されている価値観からは到底想像できないような暮らしを送っている人が居るのは確かです。

そういう人たちが頑張っていないのか?

というと、それは違う。

 

どうしようもない状況にある人は全て自己責任なのか…?

本人の努力が足りないからなのか?

 

実際不明であり、ある程度自己責任、努力が足りない面もあるかもしれないが、そうではない面もあるのは確か。

では、そういう人たちはどうすればよいのか、そういう人たちを生まないために社会はどうすればよいのか。

ここで、具体的な方策の提言・他の人の考えの批判などしたい訳ではありません。

 

 

頑張れない人も、頑張っても報われないと感じてしまう人もいるのは間違いない…大切なのはそういう人たちも居ることを想像できることではないかな、と思います。

頑張れば報われるという価値観を持つことは良いことですが、そう思えない人もいるのであり、そう思ってしまう人たちを自分と切り離して考えないことが大事だと私は思っています。

もっと言えば、自分の価値観を絶対視しないこととも言え、人の価値観を尊重することでもあります。

 

 

頑張れば報われるという価値観を持っている人は間違いなく頑張ってきたのでしょうが、その人たちであっても、状況が違ったりすれば結果が出ないこともあるかもしれない。

頑張っても上手くいかなかったときに、自分は絶対に愚痴も何も言わずに前に進んでいける、という保証がある人は居るのでしょうか。

いや、居るかもしれません。

居ないように感じるのは私の中に「頑張っても報われないことがある」という価値観に共鳴する何かがあるが故かもしれない。

やはり、私の中にも別の価値観を受容しない狭量さがあります。

 

結局、人は他人を理解しません。

でも、理解しようとすることは出来る。

自分とは異なる価値観に対して、理解しようと努めること。そういう姿勢があれば、お互いの価値観を不必要に否定せずに生きることが出来るはず…と私は考えます。

すなわち、頑張っても報われないと思う人の価値観や人生を否定せずに、理解しようとしながら生きていける、かもしれない。

 

 

さて…。

一般論は述べましたが、例の友人に対して、私はどう接すればよいのやら。

友人として接するしかなく、それ以上のことは出来ないですが…。

 

結局どんな状況にあってもどうにか出来るのは本人だけ、というのもそうだと思うんですよね…

どうにか出来たからすべて自分の実力とも言えないと思いますが、どうにかしたいなら人のせいとか状況のせいにしていてはね…。

色々問題を抱えている彼ですが、彼によって救われたことも多々あり、大切な友人です。

縁を切ればよいという考えももっともとはいえ、私はそうは考えません。

でも、頑張って状況を打破してもらいたい。

これは私の我がままだと言われるかもしれませんが、頑張っても報われないという価値観に、彼には囚われて欲しくありません。今まで頑張ってきたのなら、もう少し、あと少し頑張ることを継続してくれないだろうか。いや、それは酷かな、とも感じる。しかし、私はこのままで彼に終わってほしくはないんだ…。

単なる願いに過ぎませんが…。

最後は彼が決め、彼が決断して人生の舵取りをしていってほしいと切に願います。

 

そしてまた、私も自らの人生を自分の手で切り開いていこう。

こう思ったとある日曜日でした。

 

読んで下さり、ありがとうございました。

コメント一覧

hashireichiku
本人の気持ち
丁寧なコメント、ありがとうございます。

onecat01さんの言われる通りですね…。
理解することと同調することは違う、というのも言われてみれば当たり前とはいえ、気づいていませんでした。
自分の生活もままならぬ状態で相手に同調していてはどうしようもなくなりますね…


私は、最後は本人の気持ちがどうなのか、というところになるのではないかと考えています。
当たり前かもしれませんが。
本当に心からなんとかしたい、と思うならば、自ずから結果がついてくるはずです。

周囲に出来ることはサポートすることだけですし。
私は彼に感謝していますし、信じてもいます。

自分自身の問題としても捉えながら、私も成長してきます。
onecat01
何を頑張っているのか
http://blog.goo.ne.jp/onecat01
 走れ医畜さん。

 とても大切な問題提起として、読ませて頂きました。お医者さんとして、貴方が患者さんと向き合う時、必ず出会う問題でもあります。

 私はこんな場合、自分なりに3つの姿勢を大事にしています。

 1. 相手の話を、最後まで聞くこと
  2. 理解することと、同調することはべつであること
  3. 相手の価値基準と自分の価値基準の違いを見つけること

 1番について、貴方はお医者さんらしく友人の話を聞かれており、クリアーされています。

2番について、貴方は戸惑っておられます。それは3番目の点が明確になっていないせいではないかと、思います。

 友人は具体的に、何を目標として頑張っているのか。何に満足していないのか。ここがポイントではないでしょうか。

 具体的な目標がなく、単に「もっと金持ちになりたい」「もっと楽な生活がしたい」という抽象的なものなら、具体的な目標をお聞きください。

 それを聞いた上での今回の話なら、貴方はお医者様としての訓練がもっと必要ではないかと、私は思います。

  私は、自分の着ている着物も脱いで、
  神の道に従わなくて良いのかと、
  いつも考える。

 敬虔なキリスト教徒だった八木重吉という詩人の詩だったと記憶していますが、貧しい人を助けたいと本気になれば、自分も貧しい人間となってしまい、家族の生活を破綻させます。

 相手を理解することと、同調することの違いを知っておかないと、自分だけでなく家族も破綻させてしまいます。

 友人の目的が分かれば、彼の目標が現実を離れたものなのか、努力すれば叶うものなのかは、世間的な常識で判断できます。

 「どうにかしたいなら人のせいとか状況のせいにしていてはね…。」
 
 貴方の思いがここに現れていると思いますが、どうやら友人の方は「自分を見つめることよりも、他人や社会のせいにして嘆く傾向のある人」のようですね。

 優しい貴方は、それを友人にはっきりと告げられなくて、困っている・・私にはそう見えました。

 苦言を呈するのが友人ですが、相手が落ち込んでいる時には、冷酷な気がして言いにくいものです。

 「君の気持ちもよく分かるけれど、僕が何かしてあげられる問題でもないから、今は見守るしかできない。」
 「君の話を聞くことはできるから、いつでも話をしにおいで。」

 縁を切るつもりがなく、大切な友人なら、いつまでも平行線という覚悟で、辛抱強く話を聞いてあげてください。

 その時間の経過の積み重ねの中で、友人はきっと、自分の間違いに気づくと思いますし、貴方の心の優しさにも気づくのではないでしょうか。

 ご両親が、苦労されていた時の貴方を見守られていたことと、同じことをすれば良いのだと、私にはそう思えます。
hashireichiku
結局、自分が頑張るしか無い。
それはどんな状況でも同じですね…。

コメントありがとうございました。
しゃちくん
https://blog.goo.ne.jp/syatikun7noraneko
「どうする家康」を観ているとあの状況下に自分が置かれたら逃げ出していたと思います。
努力が報われないどころか次々と襲い掛かる試練をどう乗り越えたのか?それを知ることでピンチを脱するヒントに繋がるような気もします。

現状を変えることが出来るのは自分自身です。上を見たらキリがなく、下を見たらもう少し頑張ろうと思えるかもしれません。今の状態で満足したら落ちる一方なのも残酷ですがそれが現実かもしれません。
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