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Zen禅

心理学に基づく坐禅の研究-心の風景を眺め、流れていく気持ちの音を静かに聴く(英訳)

年末の報告など

2023-12-20 | 住まい関連

ブログ友の皆様へ

今年(2023)はもうすぐ終わりますね。

『今年も大変お世話になりました』と書けば、それでお終いで

『来年も引き続きよろしくお願いします』と書けば、

そうですね、言うべきことを全部言った感じになりますね。

 

でも、上記の2つの決まり文句も、

日本国内に限る挨拶で

日本での文化を知らない人には、

まずなんで?と疑問が続く表現ですよね。

何で、お世話になったのか、

なぜ、お世話をしたのか、

なぜ、お願いをするのか、

お願いすることは何なのか。

それらの具体的な情報を書かなくても、言わなくても

書いただけで、或いは言っただけで

人間関係の繋がりが全部引っ括めて言えるですよね。

 

 

私もアメリカ移住してもうすぐ8年になります。

8年間で、皮膚の細胞が全部入れ替わって、

細胞的には全く新しい人になりました。

考え方も8年前に比べると、アメリカ式に適応しましたね。

読む本や聞くニュースから分からない単語も無くなって

意思疎通の問題はほとんど無いのですが、

あまり人と群がりたくない小生なので、

人との関係は最小限にしています。

 

 

ブログって自分のこと書いて、それで友になりますね。

ブログ世界は、アクセスして読んであげて、評価押してあげて、

コメントとか残して、それでつながるネット社会ですよね。

運が悪ければ、ネットいじめに遭って

運が良ければ、読んで考え方を変える記事に出会えて

特に良くも悪くも無くても

いつも来てくれる人たちと暗黙で繋がっている感じになれますよね。

 

 

とにかく、皆様のブログにアクセスが上がって

読者登録が増えて

人気ブログになると私もハッピーになれますね。

来年も私がブログを続ける気になるか、今は言えませんが、

もし、続ける動機付けに火がついたら

より確実的なことを具体的に書けるブログに進歩させていきます。

 

因みに、今回の内容は日本の方しか分からない内容なので

英語訳は省きますね。

 

 

 

 

 

 

 

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木を倒したことなど

2023-07-20 | 住まい関連

今日で手術後、丸2週間が経ちました。

起き上がりと座る姿勢が大分自由になり、

痛みも鈍くなりつつあります。

 

けれど、何でだか睡眠障害が酷くなって、

眠れない日が続いています。

随分前から痛み止めを服用しなくなったからか、

体を動かしていないからか、とにかく眠気が全くこなくなりました。

 

体を動かせない状況でろくに眠れないのは、

精神的な拷問みたいな感じです。

脳内の何かの神経ホルモンが

私を覚醒させる必要を感じているでしょうかね。

安静しないといけない状態で眠れなくさせる脳内作用からみると、

一部の体のシステムが狂っているかもです。

 

私の脳は如何なる睡眠剤を受け入れず、飲んでも効かないので、

薬物で何とか寝るというのはもう諦めています。

コーヒーも断って飲んでいないから、

カフェインが原因でもないでしょうね。

 

とにかく、明日は医者との予約なので、

これらの問題を相談する予定です。

同じような症状で手術を経験したブログ友のコメントのように、

回復はそう簡単ではないですね。

 

精々私ができることは、できる範囲内で回復に向けて

最善を尽くすしかないようです。

今日バレエのレッスンを再開する予定でしたが、

身体の痛みそのもより眠れないことで調子狂い行けなくなりました。

 

先週までは、今日バレエのレッスンを再開したとの

報告を兼ねた記事をアップするつもりでしたが、

いけないなどの愚痴になりましたね。

以前の状態に復帰できるのは思ったより長くかかりそうです。

 

 

ところで、添付した写真は家の向かって玄関の右側の大きな木です。

エリック(夫)はその木が台風などで

家の屋根の上に倒れると家が完全崩壊すると心配し、

2日前に業者さんを雇い切り倒しました。

何百年も生きてた木が切り倒れるのを見て、本当に辛かったっです。

けど、家の近くで大きな木が台風で倒れることが結構あるので、

夫の決断が正しいかなと思えてきますね。

 

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グランビーの春

2023-05-18 | 住まい関連

正面から左側、右側の階段はキッチン入り口です。

左庭

前庭、3日前の土曜、夫が芝刈りしてキレイでしたが、もう枯れた葉っぱ等が落ちていて

散らかってました。

裏庭から前庭に続く小道、大きな木は倒れて家を壊す恐れがあるので、切る予定に。

裏庭、その奥に秋の落ち葉を捨てています。

この写真は2週間前に撮ったのでしたが、ピンクの花弁は全て落ちて緑ばかりになりました。

2週間前に撮っておいた風景

左に見える窓はリビングルーム

 

 

@ブログ友の皆様へ

Herinated disc(椎間板ヘルニア)が全く好転しないため

座るのも歩くのも困難しています。

記事も結構の数、書いておいたのでしたが、

訳す、編集などの作業が捗らずまだキツイです。

座って作業できるようになったらアップしますね。

来週の水曜、脊椎専門家との予約があります。

その予約まで2ヶ月間の待ちでしたが、

普通では半年以上待つようです。

スポーツ負傷専門の医者の特権で2ヶ月にしてくれたようです。

写真は5月17日(2023年)昼のうちの家の風景です。

 

 

 

 

 

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55歳になってBecame 55 years old

2021-06-14 | 住まい関連

ついに55才になってしまった。

I finally became at the age of 55.

 

20代の時は、55才の女性は、この世で用済みというか、

女性としての魅力は微塵も無いただの人間のように思えた。

When I was in my twenties,

a 55-year-old woman looked like a kind of being finished

or just one human being who does not have any charm.

 

まあ、若い世代にとっては

50代も60代もあまり変わりのない年寄りの枠組に入るだけだろう。

Well, from the view of young generations

the 50s or 60s people are categorized into the same file as older people.

 

平均年齢が78~80才なら、

私の余命は後30年余りなのか。

If a human’s average length of age is from 78 to 80,

will my life expectancy be left around 30 years?

長いような短いような、

いずれボケないでいられるのも精々25年くらいだろう。

30 years, it can be shorter or longer for me

but the year without dementia,

it would be 25 years at the utmost.

 

私は人より若く見えるようだが、

内蔵年齢は生物年齢そのままで、何も若くない。

People told me I look younger than other same agers,

but my biological internal organs are aged as same as them.

 

皮肉にも55才になってみると十分に歳を取った満足感がある。

Ironically, as I became age 55,

I found that I am satisfied well to get old.

私は歳を重ねる度に、

精神年齢も肉体年齢もどちらも不均衡せず、

バランスを維持しながら老化していくことに趣をおいてきた。

As I get older,

I always have been focusing on the tenor that

neither my mental age nor physical age is imbalanced.

 

年相応のおこないができて、

歳に見合った業績を持てるように努力してきた。

I have been trying to be appropriate for my age

both behavioral attitude and achievements.

若く見えること、若くなることにあまり興味は持っていないが、

品よく歳を取っていきたいなとは思っている。

I am not extremely interested in look young or getting young again

but want to get old sophisticatedly.

だが、その『上品さ』を持つことは

若くなる、若く見せることより難しい。

But to have “modesty” is more difficult

than making looks young or becoming younger.

 

若く見えるようにするには、

ある程度誤魔化しを効かせることができて、

その演出でなんとか場を凌げることもできるが、

人に上品な人だと感じさせるためには、

これと言ったトリックが無い。

To make look younger

there some ways of deceiving or cheating momentary

but there are no tricks to be an elegant person.

 

にんにくに香水を付けてその臭さを誤魔化すことはできるが、

その香水が蒸発される途端、

にんにくはにんにくの臭いを放つ。

It is possible to add perfume on garlic to disguise the smell,

but the garlic gives off its smelling

as soon as the perfume evaporates.

 

腐ったものに蓋をして閉めたとしても、

その蓋が緩くなった瞬間、

腐った匂いは空気中に拡散していく。

Even if you tighten the lid on rotten stuff,

the rotten smelling will be scattering into the air

as the lid loosened.

 

上品さは香りのようなものかもしれない。

Perhaps elegance is like a scent.

香水は上品を演じる役者的なものかなとも思う。

Maybe perfume is like an actor

who plays the role of an elegant person, I guess.

 

自然に上品に年を取ることは、

木が木であって、水が水であるような

原理に類似しているかもしれない。

Getting old spontaneously is maybe similar to the principle

that a tree is a tree and water is water.

 

 

趣味の事柄、バレエのテクニックを学ぶため

YouTubeをよく観ている。

Since ballet is a hobby,

I often watch YouTube to learn ballet technics.

大概のバレエユーチューバーは

バレエダンサー出身か現役バレリナーが多い。

Most ballet YouTubers are former ballet dancers

or currently working at ballet companies.

 

彼らの体に染み付いている態度や仕草を見ると、

意外に優雅さとか上品さ感じさせない人が多い。

Looking at the attitudes and gestures

that are ingrained in their bodies,

unexpectedly a lot of them

failed to make me feel they have the elegance or defined.

 

だが、稀に見ているだけでふんわりしたような、

羽が空気中で舞うようなほんわかな感じを放つ人がいる。

However, on rare occasions, by just looking at it,

some of them give off such feelings that

fluffy, snug, like a feather, is dancing in the air.

 

その差はどこから起因するのだろうか。

What makes the difference?

優雅さを持っている人も持っていない人も

テクニックの駆使では

舞台公演でほぼ対等なレベルで表れるだろうし、

決まった役を演じるにも大きな差が無い。

Whether they have the elegance or not,

from the aspect of utilizing the technique,

their level will appear almost at the same

on the stage performance,

and there is no big difference in playing a rule.

 

ただ、両者には根本的な差があるに違いない。

But there must be a fundamental difference

between the two cases.

 

もしかしたら、『心の中に何を育っているのか』

その心構えが違うからかもしれない。

Perhaps, the mindset of

“what is growing in their minds” might be different.

 

或いは、『何を追求しているのか』

その方向性が違うところを向いているからかもしれない。

Or maybe, “what they are pursuing”

the directions facing differently.

 

美的センスは人によって異なるので、

私にとっての優雅さは

他人にはただの気だるさに見えることもありえる。

Aesthetics vary from person to person,

so it is possible that I see it as elegance

but at the same time, it can be seen as listless.

 

だが、いずれにしても、

これからの加齢の過程でも、

私自信の自画像に勘違い的な要素を無くし、

うぬぼれ要因を最低限にしていきたいなと思っているが、

どうなるのやら。

In any case, in the aging process,

I would like to eliminate the misconceiving for my self-portrait

and minimize the self-conceited factors,

but who knows what will happen?

 

 

 

 

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グランビーの初秋

2020-09-05 | 住まい関連

家に入るドライブウェイ

Drive-way to my home.

ドライブウェイ Drive-way

家の前の道路 Front road

裏から見たドライブウェイ

Drive-way from the backyard

裏庭 Backyard

台所の前の横庭

Side-yard to the kitchen

台所に入る入口

The entrance to the kitchen

玄関の入り口

To the entrance

前庭 Front yard

横庭 Side yard

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当ブログへお越しの皆様へ

2020-06-08 | 住まい関連

アメリカは今、歴史が変わる分岐点に差し掛かったようです。

ニュースでは人種差別に反対するデモが2週間以上続いていて、

全国的に広がっている非常事態を報道しています。

私が住んでいる地域は普段と変わらないですが、

昨日ボストンに行ったら差別に反対するサインが結構ありました。

 

個人的には私は平常心を保とうとしていて、

問題なく日常を過ごそうとしていますが、

私が住んでいる国は大きく揺さぶられて、

抑圧されていた声が公で叫ばれているようです。

ニュースを観る度に、こんな難世を生き抜くことが息苦しく感じてきます。

 

私は世がどんなに凄まじいだろうが我が道を往くようなことができないため、

難世の勢いに巻き込まれています。

周りがなんだろうが自分だけ超然的にいられることもできないので、

記事のアップもできなければ、

寄せられたコメントにもマトモに応じていないままです。

 

何を書いても、『これではない』声がして記事アップができないので、

しばらく、『これでいい』という声が聞こえるまでブログアップはできないかもしれません。

皆様も厳しい社会状況で生き苦しい日常をおくられているのに、

私まで、このような弱音を書いてしまって申し訳ございません。

 

自分なりの突破口を見つけたら、また参りますので

どうぞ見捨てないでくださいね。

 

 

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