2004年1月中旬
母の運転する車で病院へ到着。
(埼玉県立岩槻小児医療センター)
12月に検査入院で1泊したあの病室にまた戻ってきてしまった。
私は1人その部屋に残され母は医師と看護師に連れられ別室で話をしていました。
結構待った記憶がありますが1時間くらい待ったでしょうか?
母が戻ってきて 私にこう言いました。
「病気になってしまったから少し入院して治さないといけないんだって!」
と言いました。
普段から明るくプラス思考の母 がいつもの調子で言うもんだから何も気にならず ましてや自分が死ぬかもしれない病に犯されてるなんて知る余地もなかったです。
今思えば 母は私が心配しないよう 自分の中で必死に押し殺していたんだと思います。
→1月下旬
入院してから数日間 病院食を食べ薄味に飽きてきました。食べ続けるのかなぁ....と少し悲しくなっていました。
この数日間で様々な検査を行いました。凄く簡単に説明すると
・CT検査
→体を輪切りにして断面を見る。
・MRI検査
→磁力を使って体の血管などを立体的に見る。
・心電図
→心臓の検査。
・様々な項目の血液検査
→普通より多く採取される。
・骨髄穿刺(マルク)
→ボールペンの先程の太さの針を腰辺りに刺して骨髄腔内に穿刺し骨髄液を採取する。
※凄い適当な説明で失礼します。
上記の検査を終えて 待ち構えていたのは
CVカテーテルの挿入手術です。
CVカテーテル挿入と共に首の茹で卵程のガン細胞の摘出のため 全身麻酔をするようです。
手術台に移り 麻酔をするため酸素マスクのようなものを付けられました。
優しい笑顔で看護師が言いました。
1から数を数えてみようか(*^^*)
数を数えている「1…2…3………。」記憶が無くなりました。
かなりの速効性がありますね(・・;)
目が覚めると8時間は経過していて昼に手術室に入ったのにもう外は真っ暗でした。
右の首 右の胸に痛みがありました。
でも麻酔がまだ残っているようで 違和感のある痛みと言ったらいいのでしょうか?不思議な痛みでした。
夜中になり麻酔が切れて痛み出しました。痛み止めをもらい その夜は眠りました。
ようやく治療の準備ができました。
ここから6ヶ月の長き戦いの始まりです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます