平方録

サクラの樹の下には

「桜の樹の下には屍体が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっと分かる時が来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。」

花の季節になり、満開のゆさゆさ揺れる花枝の重なりを眺めるたびにボクはこの梶井基次郎の「桜の樹の下には」というごく短い作品を思い出すのだ。
そして辺りの家々の明かりが消えてシ~ンと寝静まった深夜、家に帰るために通り過ぎる人気のない公園の満開のサクラを酔いの回った目で見ようものなら、真っ暗闇の中に浮かび上がった巨大な白い怪物がゆさゆさとおいでおいでをし、その挙句大きな手を広げて通せんぼするような錯覚にとらわれて、よく恐ろしい思いをさせられたものである。

でも公園というところは辺りが寝静まっていても、街灯の明かりやらかにやらがあるので闇といたってたかが知れている。
もしこれが山道などの本物の闇の中で満開のサクラに出会ったら……などと考えると、その時の恐ろしさに腰が抜けてしまいそうだ。想像するだけで恐ろしい。
坂口安吾にも「桜の森の満開の下」という、これもまた美しいだけではない、むしろ怪しい力に焦点を当てたような短編があって、梶井基次郎とともに、ボクのような凡夫が漠然と思い描くサクラとはまた別のサクラを描いているのだ。

昨日、納骨のために出向いた多摩霊園では彼岸の中日に雪に降りこめられて足止めさせられた人々が大勢墓参りにやって来ていたが、広大な敷地の一角に植えられている桜並木の下は墓参りの客と花見の客が入り混じって交通渋滞まで起きていた。
ここは馴染みのソメイヨシノに混じって交差点の四隅などにシダレザクラが植えられていて、まるで四方から集まってきて一か所に流れ落ちる滝のような、サクラの花のピンク色の滝のような景観が見事である。
満開の時期に来るのが初めてだったのでこれには少しびっくりしたものだ。

真っ青な空を背景に見事に咲き盛るサクラの下を歩きながら、違げぇねぇ、ここの桜の樹の下は屍体だらけだもんな……と、最後は八っあん熊さんになってしまったが、良いものを見せてもらった気分である。
















多摩霊園にて2018.3.25
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