平方録

絶対応援に来てね!

午後3時半を少し過ぎたころだったか。
携帯電話が鳴って、画面の着信表示を見ると姫の母親からである。
何だろうこんな時間に、と思いつつ急いで電話に出ると、画面いっぱいに真剣な表情をした姫が映っている。

「あっ! じいじ。選ばれたんだよ、リレー選手!」
息急き切ったような口調である。
一刻も早く伝えようと学校から急いで戻り、その勢いのまま電話してきたものらしい。
満面に笑みを浮かべ、報告する言葉ももどかしげなのが微笑ましくもあり、喜びの大きいことを表している。
1年生の時からリレーの選手に選ばれ、3年生に進級したこの春もリレー選手に選ばれることを願っていたのだ。

思えば去年の運動会は圧巻だった。
1年生からスタートしたリレーは2年生にバトンが渡るころには2~30メートルもの大差がついてしまっていたが、どうしたことか姫にバトンが渡る直前には並びかけられてしまったのである。
バトンの受け渡しにもたつけば逆転もあり得る緊迫した場面だったが、抜け出したのは姫の方で、それから先は忍者のごとく俊敏にスルスルと加速すると、コーナーに差し掛かるとあれよあれよという間にその差を元に戻すほどの勢いだったのである。

観客席の親たちからは「あれっ! あの子速いなぁ~!」と驚嘆の言葉が漏れるほどで、声の主に「ボクの孫娘です」と名乗り出たいほどだったが、やめておいたのだ。
それくらい胸のすくような走りっぷりだったんである。
自分でも満足したのか、レース後に「あの子、サッカーをやっていて足が速いんだって」といいながら、その口ぶりは誇らしげだった。

夕食はご褒美に焼き肉屋に連れて行ってご馳走してあげたのだが、そこでもまだ興奮は続いていて、いつになくハイテンションだったのだ。
ボクもリレーの選手に選ばれたていたが、あれは誇らしいものである。
なにせ、全校児童と見物の親兄弟たちがグランドに集中し、みんなでキャーキャー言いながら選手の走りに熱狂するんである。校庭全体がこれ以上ないくらいの興奮の渦に包まれるのである。
その興奮で沸騰した渦の中を鉢巻きを締め、バトンを握り、颯爽と走り抜けるんである。

学校というところは少しくらい勉強ができる子より、リレーの選手に選ばれて鉢巻をたなびかせてぐんぐん加速していく姿を見せる子の方が断然かっこよくて、ヒーロー・ヒロインなのだ。
尊敬もされ、モテるのだ。
それはバトンを握ったものにしか味わえない特別なものである。

姫からは「絶対応援に来てね!」と約束させられた。
もちろんである。当然である。行かいでか! 言われなくても応援に行くぞ!



「空蝉」の蕾が大きく膨らんできた!
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