ローカル線の列車の独特の揺れに身をゆだね、次々と車窓に現れる見知らぬ街の佇まいやのんびりとした田園風景、あるいは風光明媚な海辺の景色を眺めながら駅弁を肴にアルコールをちびりちびりやるのを楽しみのひとつにしていた。
この楽しみを実現するのにうってつけだったのが、JR各社の運賃を3割引きで利用できる「ジパング倶楽部」への加入で、リタイアと同時に加入して大いに重宝してきたものだった。
その会員資格を去年は会費だけ納めて一度も使うことなく終わってしまって、内心忸怩たる思いをしたものだった。
そしてつい数日前、9月の更新を前にまた新しい会員証が届いてしまった。
退会するには自己申告が必要で、何のアクションも起こさなければ自動更新されてしまう仕組みになっている。
今回はすっかりその存在を忘れてしまっていたのはこちらの不覚なのだが、積極的に止めようという気が起きないのも正直な心情なのだ。
ワクチンを打ったことだしとも思うし、ボチボチ収束の気配が漂い始めるんじゃないかという淡い期待もあるし、そうなれば間髪入れずに出歩きたいという思いから踏ん切りをつけられないできたって訳なのだ。
だが、今は自重する時だろう。それが世のため人のため、果ては自分の為にもなるんだろうと思っている。
今はやっぱり我慢するしかない。
縄のれんをかき分けて脂で黒光りするカウンターの前に腰かけ、焼酎でも飲みながら焼き鳥を頬張るささやかな楽しみも奪われたままである。
いつまで続くぬかるみぞ、の感はますます強くなるばかりだが、為政者の頭が悪いのか、はたまた人智が遠く及ばないのか、いずれにしても今のところはどうにもならない。
そんな状況でも線路はどこまでも続いているし、それに乗るためのパスポートはすぐ手に取れるところに置いておきたい、それが「希望」というものだろうと…
そう思いつつも、しばらくは役に立ちそうもない会員証を前に心中はやはり複雑である。