雨の記号(rain symbol)

韓国映画「ビューティ-・インサイド」から⑨





韓国映画「ビューティ-・インサイド」から⑨



…考え方が僕に似てる。今日はここまで…。

 そこで画面は別人の男に切り替わる。次は女、その次は年配の男に切り替わり、次は強引に誘われ、連日デートし、挙句に会う約束をすっぽかされた男が登場した。
 彼はこっちに向けて話し始める。
「こんな気持ちは初めて。2日も寝なかったのが奇跡に思える…。
 イスは身体が固まった。彼の声と言葉は耳だけでなく、皮膚のすべてを通して心の奥に入って来るようだった。
「今は気にしない。今日はここまで」



 モニタが暗転し次に登場したのは額の禿げあがった中年男だった。
彼は嘆息し、言葉もなくイスの方を見ている。



「これはデートをすっぽかした朝の自分…」
 チェギョンは言った。
「出てきたのは全部僕です。目覚めると姿が変わっている…」
 イスは苦笑する。そっぽを向いて考えこむ。
「だけど、外見は変わっても中身はキムウジンなんです」
 イスは笑みを浮かべた。ほぐれた表情になりつつも首をひねる。
「信じられないわ…」
「船で作った椅子の話や工場で一緒に音楽を聴いたこと…そしてあの手芸店、ラミレス…」
 チェギョンの真剣な目にイスの顔はまた強張りだす。
 見かけは女だが、言葉の切実な調子にあの時のウジンを一瞬感じ取りもしたからだ。
 あのウジンがいるかもしれない姉妹やこの女を使ってでっち上げるには、話の対象があまりに込み入りすぎている。あの二日間、模倣性も至難なデリケートで繊細な時間を自分たちは過ごした。自分たちをずっと観察し続けた女優ででもない限り、あの2日間の自分たちについて話を再現できる者などいるはずもなかった。
 だいたい、自分をこんな風にだまして何の得があるというのか…。
「あの日のウジンも、翌日、あなたに会うことのできなかったウジンも、他の日のウジンもぜんぶ僕なんです」
 チェギョンは自分の手をイスに見せた。指にはあの日立ち寄った手芸店の指輪がはまっている。
 イスは自分の手にはまる指輪を見やり、苦笑を息で吐いた。
「話が何が何だか、ほんと分からない。まいったなあ~…これをどう受け止めればいいの?」
「僕は…」



 チェギョンは言った。
「イスさんに自分について正直に話したかったんです」
「だから信じてと言われても…」
 疑念の晴れないイスにチェギョンは携帯を取り出す。証拠ならここにもあるとばかり、
「イスさんからのメールや携帯…」
 携帯画面を開いて見せようとするが、近寄ろうとするチェギョンをイスは拒む。
「もう二度と会いません」
 そう言い残してそそくさ部屋を出ていった。

━ 僕の話を聞いた彼女の顔は見慣れたものだ。初めて顔が変わった日、鏡の中の僕もそうだった。変わってしまった僕を見た母も、サンベクさえも…僕はひとりになった。


 イスは姉と街に出た。
 ”目覚めると顔が変わる” 
 携帯で検索してるイスのそばに姉がやってくる。
「何やってるの?」
「お姉さん、朝、起きたら顔が変わる人なんている?」
「いるわ」
 姉はすぐ答える。
「芸能人がそうね」
「…」
「ドラマを撮るたびに顔が変わるわ」
「…」
「太ったとか、顔がむくんだとか…」
 イスは呆れて検索を続ける。
 商店街をぶらつきながら姉が訊ねる。
「そいつとはうまくいってないの?」
「…私にもわからない」
「どうして? 何かあったのね」
「…」
「やっぱり、もう終わった?」
「終わってないわよ」
 二人は笑いを交わす。
「それがね…」
 好奇心ありありの姉を見ると話す気は失せてしまう。
「ほんとにわからない…気持ちは複雑なの」

 イスはウジンのことが頭から離れなかった。愛情を感じ始めて彼が突然女となって現れた。それが受け入れられなかった。ショックだったし彼にはぐらかされてる気もしたのだった。
 しかし、何日か過ぎてみると、女として登場した彼の気持ちが少しは分かる気がした。別の男として現れ、キム・ウジンと名乗られていたら、彼の話など頭ごなしに拒んでいたことだろう。

 ある日、イスは同僚たちと食事を取った。アレックスから届けられたテーブルを使うようになっていた。テーブルは携帯の置けるコーナーが最初から作りこまれている。そこに携帯を置き、音楽を鳴らしながら一人が言った。



「私、このテーブルがほしい」
「音楽も聴けていいわね」
 同僚らのやりとりを聞きながらイスはキム・ウジンのことを思い浮かべた。このテーブルが彼のデザインなのは感じ取っていた。
 彼は今どうしているのだろう。自分の知らない姿で今もここに出入りしているのだろうか?

 店内を見回っている時、イスは後ろから男に声をかけられた。
「すみません。ここで買った椅子に合うテーブルを探しています」
「…」
「桜の木でレンガ色、スケッチをよくするので大きいテーブルがいい。広めのやつを」
「ウジンさん?」
 イスは思わずそう問いかけている。
「えっ?」
 相手はびっくりの表情をする。
「すみません。人違いでした」
 イスはお客に詫びる結果となってしまった。

 仕事帰り、イスはタクシーでキム・ウジンの家に向かった。
  



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