韓国ドラマ「病院船」から(連載69)
「病院船」第7話➡あるひとつの望み②
★★★
窓ガラスを割り終えてウンジェが中に入って来る。
傍までやってきて学童の腕を押さえた。手が動こうとしないヒョンに呼びかける。
「クァク先生」
「…」
「クァク先生」
顔を上げるヒョン。自信を失った目。首をかすかに揺らす。
「無理だ…。できないみたいだ」
「やって」
「できないんだ、だから」
「私を見て。深呼吸をして…」
頷くヒョン。
「ゆっくり息をして、心を落ち着けるの」
ヒョンはゆっくり息をする。気持ちの動揺を鎮める。
「それでいい…今のあなたは昨日までとは違う。失敗を克服しようと1日も欠かさず練習を繰り返してきた…」
ウンジェの言葉を聞きながら、ヒョンは過去のトラウマと格闘を続ける。トラウマに苛まれながらも自分は闘うこともやめなかった。練習を繰り返したのは過去の失敗を克服するためだった。
積み上げたすべてをまた押し流してしまおうというのか…?
「あなたはひたむきな医者よ。そして外では、私が救いたかった患者であり、先生が父親のように慕う―ソルさんが待ってる」
ヒョンは虚ろな目で首を振る。
「今日はソルさんが生きている間に行ける―最後の遠足なのよ。私たちが生徒を死なせるわけにいかない。いかないわ」
「…」
「できるわ。頭で考えないで。ただ―手の記憶に任せてみて」
2人は目が合った。ウンジェは頷いた。
ヒョンの持つ挿管具にウンジェも手を伸ばした。握って誘導した。
その手にヒョンは力を得た。手の記憶に挿管具を委ねた。ヒョンの手はしっかり練習の成果を指先に蓄えていた。ウンジェの口元から笑みが漏れた。何のためらいもなくスムーズに挿管はなったからだった。
聴診器を当てたウンジェは心地よい笑みをヒョンに流した。
★★★
「ご苦労様、クァク先生。この患者は先生が救ったんです」
ヒョンも笑顔になった。泣きたいような目で学童を見た。胸に手を当てると脈はしっかり波動を立てている。
ヒョンは安心してふうっと息を吐いた。
学童はヒョンらの手でバスの外に出され、担架に乗せられた。
ジェチャンがヒョンに駆け寄った。
「サンは大丈夫なんだろ?」
「ええ。今すぐ遠足は無理ですけどね」
「そうか…お前もすっかり1人前の医者だな」
ジェチャンは腕を叩く。ヒョンは胸にじんと来る。子供の頃に褒められた時と同じほどに嬉しかった。
車で病院に連れられていく学童たちを見送りながらジェチャンはそう言って笑った。
「お前の父親が知ったら―延々とお前の自慢をしそうだな」
ヒョンはジェチャンを見た。
「父に会いますか?」
ジェチャンは急に真顔になる。
ジェチャンはヒョンに連れられてクァク・ソンに会いに行った。
介護士が2人を案内した。
「あちらにいらっしゃいます」
クァク・ソンは遠くを見ながらひとりで憩っていた。
後ろから歩み寄りながらヒョンは言った。ジェチャンは足を止めてうなずく。
「症状が悪化してて…先生のことも分からないかも」
先に歩いてクァク・ソンの前に立つ。
「おい、友よ」
彼は何の反応も見せない。
「クァク・ソン」
笑って腕を叩く。2度、3度と叩かれておもむろにジェチャンを見上げる。
「分かるか?」
「…」
「ジェチャンだよ、ジェチャン」
親しみをこめて笑いかける。
無表情だったクァク・ソンの顔がみるみる懐かしさに変化する。
「お前は…」
自分から両腕を出していく。2人は抱き合った。
「分かるのか? ジェチャンだよ」
クァク・ソンは嬉しさや悲しさで泣きだした。
「そうだ、ジェチャンだ。ジェチャンだよ」
ジェチャンは何度もクァク・ソンの背中を叩いた。
ヒョンは複雑な思いで2人の姿を見守った。
「私だと分かってくれてとても嬉しいよ…友よ」
ジェチャンもクァク・ソンを抱いて泣いた。
「ほんと、久しぶりだ…分かってくれてありがとう」
ジェチャンは身体を離す。
この時、クァク・ソンはそばで立っているヒョンに気づいた。
「ところで、彼は誰だ? お前の息子か?」
「何だって?」
クァク・ソンの手を取ったままジェチャンはヒョンを見た。
ヒョンは首を振った。苦笑した。
ジェチャンはクァク・ソンを見て言った。
「本当に忘れてしまったんだな…」
クァク・ソンは再びジェチャンに両腕を伸ばした。ジェチャンは泣きながらクァク・ソンの背中を叩いた。
「大丈夫さ。きっといつか思い出すから」
ヒョンたちは病院を後にした。
「何とも意地悪な病気だな」とジェチャン。「20年ぶりの友達はひと目で分かるのに―毎日、顔を出す息子の顔を思い出せないなんてな」
「…」
「悲しいだろ?」
「大丈夫です」
ジェチャンは足を止める。ヒョンを見た。
「学校を辞めたらここに移ることにするよ」
「だって自宅療養の準備を進めてたでしょう?」
「気が変わった」
「僕の負担を気遣ってるんですか?」
「…」
「こんなことなら会わせるんじゃなかった」
「おい、勘違いするな。そんなつもりで言ったんじゃない。私が友達のそばにいたいんだ」
「…」
「死ぬまでの間、退屈しないですむ。そう思わないか?」
ジェチャンは笑って歩き出した。