韓国ドラマ「病院船」から(連載77)
「病院船」第7話➡あるひとつの望み⑩
★★★
そこへ船長がやってくる。
「今日もこの調子か? 相変わらず頑固だな」
「でも、事務長の執念深さには負けます」
3人がかりで老人を立たせる。診療室まで引っ張っていく。連れてきたのはジュニョンの待つ歯科室だった。
「歯周病で腫れてますね。麻酔をして膿を出せば治りますよ」
助手に指示を出す。
「さあ、口を開けてください。あ~ん」
「あ~ん」
「注射しま~す」
老人は悲鳴をあげる。もがいて拳固がジュニョンの顔を直撃する。
ジュニョンはマスクを外し、鼻を押さえる。血が流れ出た。
「鼻血だ」
ジュニョンはジェゴルに助けを求める。
「騒がしいぞ」
「僕の美しい顔がつぶれる前に助けて。患者が暴れて手に負えないんだ」
「情けないヤツだ」
「早く来て」
ジュニョンは無理やりジェゴルを連れて行く。
ジェゴルは老人のところへやってきた。
「動かないでください」
そう言って老人の手を取る。老人と目が合い、ジェゴルは驚く。
老人はジェゴルを見て思わず呼びかける。
「坊っちゃま」
「爺や?」
ジェゴルも返した。
「爺や?」
ジュニョンは2人を見て首をひねった。
★★★
ジェゴルは爺やの家を訪ねた。近くでヤギが鳴いている。
庭先に病院船へ歯の治療でやってきた老人の姿がある。
「ここが爺やの家だって?」
爺やと話すのは後回しにし、ジェゴルは辺りを見て回った。
病院船では歯の治療で騒動を起こした老人の話でもちきりだった。
「えっ? パク・スボンさんがキム家の元執事?」
「ええ」
噂好きのスタッフの前でジュニョンは大きく頷く。
「キム先生はお金持ちの家の息子さんなのね」
「執事はどんなお仕事をするの?」とアリム。
事務長が説明した。
「運転や庭の手入れなどの雑用だよ。おばあちゃんに父親の代から執事を務めてたと聞いたが、それはキム先生の家だったのか」
「そうですよ」とジュニョン。
「世間は狭いですね」
ゴウンの言葉を受けて事務長は頷く。
「まったくその通りだ」
ジェゴルは実家に顔を出した。母親のハン・ヒスクが愛想よく出迎える。
「もっと顔をだしなさい」
と注文を出すがジェゴルは返事もせずに奥に向かう。
四角い入れ物を握って背を返す。
ハン・ヒスクはジェゴルの腕を制した。
「話があるわ」
「…別荘の鍵は?」
「別荘へ行くの? 遊んでる場合?」
「出してよ」
「分かった。渡すわ。その代わり家に戻りなさい」
ジェゴルは黙って顔を背ける。
「何も寮で暮らすことないでしょ」
「…」
「戻って勉強をして。韓方医はやめて医者を目指すのよ」
ジェゴルは煩わしそうな目を返す。
ハン・ヒスクはきっぱり言う。
「病院を継がなきゃ」
「…鍵をくれ」
取り合ってくれない息子にハン・ヒスクはため息をつく。
必要具を持って庭先に出てきたジェゴルの脳裏で昔の出来事が動き出す。
足を止めて振り返る。ジェゴルが目をやったのはパラソルとセットになったテーブルの置いてあった場所だった。
脳裏に蘇って来ていたのは自身の記憶ではなかった。両親にいつも褒められていた兄の記憶だった。
勉強のできる兄は両親にとっていつも自慢の息子だった。
その分、ジェゴルには親に褒められた記憶が乏しかった。親に褒められている兄の記憶ばかりが脳裏に焼き付いていた。
しばし兄の記憶に浸ったジェゴルは自分の現実に向けて歩き出す。
少し歩いてジェゴルは立ち止まる。
ベンチ式のブランコにしょんぼりと1人で座ってる自分を見つけた。そうだった。ここでよく寂しさをこらえたり涙ぐんだりしていたのだ。父親と母親の間に兄の他に自分の入っていくスペースはなかったから…。
そんな時、自分を慰めてくれたり遊んでくれたりしたのが爺やだった。
そうそう、2人で飛行機を飛ばして遊んだりしたのだったなあ…。
ウンジェは久しぶりに料理作りに励んだ。しかし、なかなか思ったような味が出せない。
何度味見しても今度もまた何かが足りない。
そこへヒョンが顔を出した。
「どうした? 食事当番なの?」
横からウンジェの作った料理を覗き込んだ。
ウンジェが顔を上げるとすぐ近くにヒョンの顔がある。
2人は一瞬、ときめきを感じ合う。
我に返ってウンジェが言う。
「話をしましょ」