雨の記号(rain symbol)

韓国ドラマ「病院船」から(連載78)







 韓国ドラマ「病院船」から(連載78)






「病院船」第7話➡あるひとつの望み⑪




★★★


 必要具を持って庭先に出てきたジェゴルの脳裏で昔の出来事が動き出す。
 足を止めて振り返る。ジェゴルが目をやったのはパラソルとセットになったテーブルの置いてあった場所だった。
 脳裏に蘇って来ていたのは自身の記憶ではなかった。両親にいつも褒められていた兄の記憶だった。
 勉強のできる兄は両親にとっていつも自慢の息子だった。
 その分、ジェゴルには親に褒められた記憶が乏しかった。親に褒められている兄の記憶ばかりが脳裏に焼き付いていた。
 しばし兄の記憶に浸ったジェゴルは自分の現実に向けて歩き出す。
 少し歩いてジェゴルは立ち止まる。
 ベンチ式のブランコにしょんぼりと1人で座ってる自分を見つけた。そうだった。ここでよく寂しさをこらえたり涙ぐんだりしていたのだ。父親と母親の間に兄の他に自分の入っていくスペースはなかったから…。
 そんな時、自分を慰めてくれたり遊んでくれたりしたのが爺やだった。
 そうそう、2人で飛行機を飛ばして遊んだりしたのだったなあ…。




 ウンジェは久しぶりに料理作りに励んだ。しかし、なかなか思ったような味が出せない。
 何度味見しても今度もまた何かが足りない。
 そこへヒョンが顔を出した。
「どうした? 食事当番なの?」
 横からウンジェの作った料理を覗き込んだ。
 ウンジェが顔を上げるとすぐ近くにヒョンの顔がある。
 2人は一瞬、ときめきを感じ合う。
 我に返ってウンジェが言う。
「話をしましょ」


★★★


 2人は窓辺に立った。
「ここは職場よ」
「いや、寮は私的な空間だ」
「病院船の寮だから職場の延長だわ」
「だとしてもね」
「ふざけずに真面目に聞いて」
 ヒョンはウンジェの前で背筋を伸ばす。
「私たちは同僚だけど、医者としては私がクァク先生の先輩よ。同僚以上の関係を求めるなら、同僚とも認めないからこれ以上…」
 ヒョンは一歩前に進み出た。
「これくらいが僕らを隔てる壁?」
「そうよ」
 答えてウンジェは目をそらす。
「…わかったよ。君に従うことにする」
「…」
「でも1つだけ覚えておいて。壁ではなく扉かもしれない」
「…」
「だから、いつでも開けて出てきて。僕は扉の前でまってるから」




 ヒョンの言葉はウンジェの心にしがみつき、そのまま離れなくなった。部屋に戻っても何もしない中で時間は流れた。
 座卓式の勉強机の前に座っても、ヒョンの言葉が頭の中を動き回った。
 ウンジェは手にした母親のノートを開いた。




 ―いつか誰かを愛する娘へ


 ”ウンジェに贈る母のレシピ”
 いつも迷惑ばかりかけてる母さんより。


 母親のいう誰かとは彼(クァク・ヒョン)なのだろうか…。
 ウンジェはノートを机上に戻した。




 
 病院船で朝一番に集合がかかった。挨拶に立った船長が切り出す。
「皆さんに集まってもらったのは、カン・ジョンホさんの職場復帰を祝うためです」
 カン・ジョンホは奥さんを伴い、生まれた赤ちゃんを抱いて姿を見せていた。
 病院船のスタッフはカン・ジョンホを大きな拍手で祝福する。
「ジョンホ、お帰り」と事務長。
 カン・ジョンホは赤ちゃんを抱いてウンジェの前に立った。
「戻ってこれたのは先生のおかげです。先生のおかげで両手でこの子を抱けました」
 ウンジェは笑顔を返す。
 ジョンホは奥さんに声をかける。
「プレゼントを」
 奥さんがウンジェに渡したのは親子三人の写真を収めた額縁だった。
「先生のおかげです。感謝してます」
「ありがとう」とウンジェ。
「何してる。早く食堂にご案内しろ」と船長。
 スタッフが2人を食堂へ案内する。
「話はもう一つあるぞ」船長。「チュノ、中へお連れしろ」
 甲板長のチュノは出入り口に立ち、外で待機する人に声をかける。
「どうぞ中へ」



 入ってきたのは若い女性だった。
 それまで柔和だったヒョンの表情は険しくなる。
「え~、こちらの方は、ニューヨークで絵を学んだ画家の先生だ。我が病院船をテーマにした―個展を企画してるそうだ」
 船長は画家の先生を促した。
「先生、挨拶をどうぞ」
 紹介を受けて彼女はペコっと頭を下げる。
「初めまして、チェ・ヨンウンです」
 男たちから若い画家に対し大きな拍手が起こった。
 船長が追加説明をする。
「なんと次の個展で得た利益は、全額、島の患者の治療費に寄付してくださるそうだ。みんな拍手しろ」
 大きな拍手が起こる中、チョ・ヨンウンはヒョンの前に進み出た。
「お久しぶり、こんなところで会えたわね、クァク先生」



 チョ・ヨンウンは右手を差し出す。
 ヒョンはためらいつつ「そうだね」と答え、右手を差し出す。
 その手をチョ・ヨンウンはしっかり握った。
 ウンジェは握手を見て平然とした顔で目をそらした。
 






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