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韓国ドラマ「病院船」から(連載15)
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「病院船」第2話➡劣悪な手術室②
★★★
ウンジェは体温計を見る。39.7度。
「まずいわね」
ウンジェはスタッフに指示を出す。
「手術します。麻酔を」
アリムがあわてて麻酔液の容器を割ってしまう。あったのはそれ一本だった。麻酔薬はなくなった。ウンジェらは落胆する。
「いや、ある」
ヒョンが答えた。引き出しから小指サイズのアンプルを取り出した。
「麻酔のためのミダゾラムはこれで最後だ。つまり…」
「30分で手術を終えないと死亡する可能性がある」
「できますか?」
「先生ならどうです?」
「…」
「危険が伴う手術になるし、機械には一切頼れない。すべて手動で行うことに…できますか?」
「…」
「私と一緒に患者を救える?」
「…」
「一緒に患者を救える?」
ウンジェは黙っているヒョンの手からアンプルを抜き取った。
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ウンジェがメスを握って手術は開始された。
「蘇生バッグを」
蘇生バッグがナースからウンジェに差し出される。それをヒョンが握った。
「僕が」
「…」
「やるよ。アリムさんは2分おきに血圧のチェックを」
「はい、先生」
ウンジェとヒョンはしばし意地の強い目をぶつけ合った。
―そのかわりミスは許さない。最後まで見届けてやる。
―やるからには人事をつくしあいましょ。
老人は意識を回復させた。
「孫はどうなった?」
「心配せずに休んでいてください」
ジェゴルは答えた。
しかし一人の医師としてこんな場所での手術には不安を感じていた。
★★★
メスを握るウンジェから次々と指示が出される。
手術は順調に進んでいるかに見える。しかし、手術設備も器具もそろっていない病院船での開腹手術。環境を知る関係者からすれば不安で危険な手術には違いなかった。誰もが自分の無力さに苛立ちながら推移を見守っている。
ジュニョンとジェゴルは窒息しそうな気分にいたたまれず、デッキに上がってきた。
「大丈夫かな」とジュニョン。
ジェゴルは椅子に腰をおろした。
「待つしかないさ」
「俺は病院船が怖くなってきた。ソウルだったら、盲腸なんかで死なないのに、ここでは一か八かの手術になってる」
「…」
「大丈夫かな…? まさか、死なないよな?」
ヒョンは蘇生バッグでサポートを続けながら、ウンジェのテキパキとした手術を見守った。
「吸引…」
同じく手術をサポートしながら事務長も呟く。
「歯科用の鉗子だ。心もとないな…」
不安いっぱいのスタッフの気持ちや不安をよそにウンジェは粛々と手術を進行させる。
ついに患部がウンジェの手で腹腔内から摘出された。
緊急で手術のサポートについたヒョン、アリム、事務長、ゴウンらは大きく息をついた。
感極まってアリムが外に出てきた。
「成功です。成功!」
そのとたん、病院船内は感激の声で沸き返った。
事務長はゴウンと両手を叩きあい、何度もガッツポーズした。
ウンジェとヒョンは子供のそばで事後の対応を行った。
「熱は?」
「37度」
「下がりましたね。鉗子」
「うん」
「それと…偉そうなこと言ってすみません」
ウンジェはヒョンを振り返る。腕を組む。
「いいの。謝らないで。あなたの言うとおり、無茶な手術だった。こんな真似は二度としないつもりよ」
そう言って外へ出ていった。
その言葉は絡みつくようにヒョンの耳に残った。
船をおりると救急車が緊急手術の子供を迎えにきていた。ウンジェは救急車がサイレンを鳴らして走り去るのを見送った。船に戻ろうとするとドクターらが船をおりてきた。ジュニョンが言った。
「寮まで案内します。一緒に行きましょう」
ウンジェは返事をせずに船に戻っていく。
「俺たち…もしかして無視された?」
ジェゴンはジュニョンの肩を叩く。
「いいから早く行こう」
ヒョンは2人を見送り、ウンジェを振り返った。
ウンジェは船内に戻った。整理されてない手術室内の状況に苛立ちを見せた。
3人は車で寮に向かう。
ジュニョンが言った。
「気になるよ。ソン・ウンジェだっけ、あの外科医?」
「…」
「何で病院船なんかに来たんだ?」
「確かに。俺たちは兵役の代わりだけど、あの人は女だもんな」
後部席のヒョンがいきなり起き上がる。
「僕のためだよ」
「何だ、それ」とジュニョン。
「今、気づいたんだけど、どこかで見たことあるんだ」
「どこだ? クラブででもひっかけた?」
「俺がか?」
「復讐しに来たなら、次に切られるのは…あそこしかないな」
「うるさい」ヒョンはジュニョンの頭を叩いた。「話を落とすな」
ヒョンは後ろに身をもたせかける。
しかし、どこかで会ってるのは間違いない…
「単なる錯覚かもしれん。しっかり思い出してみろよ」
ヒョンは窓に目をやる。
「明日、本人に訊けばわかるかな…」
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ウンジェは事務長に「病院船では働けない」と申し出た。
「他に当てがあるのか?」
「ここ以外ならどこでもいいです」
行こうとするウンジェを事務長は遮る。
「ソウルの病院を追い出された医者が、歓迎されるかな」
ウンジェは答えずに行こうとする。
事務長は反対側も遮る。
「ここで立ち直るべきだ」
「無理です」
「先生」
「ろくに手術もできないのにここに残って私は何をするんです?」
事務長は言った。
「ここでひとりの命を救ったじゃないか」
「…」
「盲腸にも歯が立たず、これまでいくつもの命が失われてきた。この病院船は昔から何ひとつ変わってない」
「…」
「だけど今日は、君がいたから救えたんだ。私も努力するよ。設備を整えるために予算を立てる。だから…」
「患者監視装置と麻酔器だけはすぐに手配を」
「先生…」
そう言ってウンジェは部屋の片づけを始めた。