マッスルガール第2話(1)
白鳥プロレスの外に出たジホは偶然母に似た女性を見かける。
道路の向こうをこっちへ向って歩いてくる。ジホの目はその女性に釘付けになった。
「いつまでも元気で幸せに暮らすのよ」
母の残した言葉が彼の頭の中を駆け回った。
「オンマーッ!」
そう叫ぶなり、ジホは駆け出した。
息抜きでリングからおりた舞が訊ねた。
「あれっ? キムは?」
「えっ!?」
梓は後ろを振り返った。
道を曲がった母親らしき女性をジホは必死に駆けて追った。
やっと背中を見つけたが、その女性は線路の向こう側を歩いていて、ちょうど遮断機が下りたところだった。
ジホは母親を何度も呼ぶがそれは電車の走り過ぎる音にかき消された。
やがて遮断機が上がりジホは息せき切って走り出すが、この時すでに女性の姿は消えていた。
その頃、芸能事務所社長の黒金はジホのことで苛立っていた。
「まったく何考えてんだ、馬鹿野郎! ほんとにあいつは馬鹿野郎だな・・・!」
「社長」
所員が言った。
「何だ」
「ジホのことでテレビ局から問い合わせが」
「ああっ! あ、あの・・・とりあえず・・・た、体調不良で入院してます、って言っとけ」
「どこに・・・?」
「知るかよ。入院してないんだから! あの・・・ほらほら、とにかく・・・検査とか、あっちゃこっちゃ行ってますって」
「検査? 大事になりませんか?」
「仕方ないだろ。ジホが姿を消したことが知れたら、お前・・・そっちの方が大事だろう? 一刻も早くジホを連れ戻せ!」
「わかりました」
白鳥プロレスでは団員の猛練習が続いていた。
練習で汗をかいた須藤つかさはタオルを取りにいって練習に見入っている梓に訊ねた。
「キムはどこ行っちゃったんでしょうね」
「・・・」
ジホはさっき見かけた女性のあとをずっと追っていた。
急にいなくなったジホがいつまでたっても戻ってこないので、梓も気になって外に出てみた。
あたりに彼の姿がないのを見て、出ていったのかな、との表情になった。
四人の猛練習は続いて時間は流れた。
そこへ梓がやってきた。
「お疲れ様。ハイ、ハイ、ハイ」
そう言ってタオルをリングに投げ入れた。
「そう言えば、キム、結局は戻ってこなかったですね」
「連絡?」
「ううん」
梓は首を振った。その辺を探してみたがいなかった。行くなら行く。戻ってくるなら戻ってくる。彼の気持ちに任せようと彼女は思っていた。
「私たちを助けてさっそうと去っていく、ってカッコよすぎない?」
「わあっ、次の試合、レフリー、どうするんですか?」
「大丈夫」
「大丈夫? 当て、あるんですか?」
「うん、探す。だからみんなは練習に集中して」
「はい」
「はい」
みなは練習を始めた。
あずさはジホのこととレフリーの件で考えこむのだった。
「見かけたことはありませんか?」
ジホは写真を見せて、母を訊ね歩いていた。
「ちょっとわかんないす」
若者は写真をジホに返した。
「あっ、すいません」
返された写真を握ってジホはため息をついた。母を知る人はなかなかいないようだ。
「あの、すみません」
ジホはあきらめずに別の人に声をかけた。
若者は振り返る。
「はい」
ジホは写真を見せる。
「この人、どこかで見たことありませんか?」
若者は首をかしげた。
「ちょっとわかんないすね」
ジホは顔をしかめた。見間違いじゃないはずだが、の顔になった。
白鳥プロレスではメンバーの練習が続いている。
「はい。ぜひ、レフリーをやっていただけないかと」
梓は心当たりに電話をかけている。
「・・・ああ、そうでしたか。もう専属先が・・・!? いいえ、存じ上げずもうしわけありません。・・・はい。ありがとうございます。失礼します」
今度もダメだった。梓は落胆しながら受話器をおいた。しかし、気を取り直してデーターのひとつをボールペンでつぶした。このデーターを全部つぶすまではやめない覚悟だった。
練習に打ち込む舞たちに聞きなれた声がかかった。
「いやーっ、精が出ますね」
メンバーたちは練習をやめて立ち上がった。
姿を見せたのは青薔薇軍の社長郷原光司と青薔薇軍レスラーのトップ、スカル杏子だった。
「てめえら、何しにきた!?」
「・・・いい、汗の匂いだ・・・!」
辛抱強く電話をし続ける梓の耳もとにメンバーらの興奮して息巻く声が届いた。梓は受話器の手をとめ、階下の練習場に向った。
「このヤローっ!」
舞は郷原との挑発に乗ってリング下におりた。郷原につかみかかろうとすると前にスカル杏子がたちはだかった。
「ずいぶん、乱暴な出迎えですね」
そこへ梓が飛び込んできた。
「郷原さん・・・!」
「どうも」
「あのー、三ヵ月後まで待っていただけるはずですが」
「ええ。昨日はそう言いました」
「どういう意味ですか?」
「昨日、待つと言ったのは・・・白鳥さんがプロレス団体としてしっかり機能していればの話です」
「・・・」
「今日、念のためその確認に」
そう言って郷原はあたりをうかがった。梓に背を向けたまま訊ねた。
「あれっ? そういえばレフリーの姿が見当たりませんが・・・昨日の彼はどうしたんですか?」
「キムは、臨時に雇ったレフリーです。正式なレフリーは今探しています」
「・・・なるほど。レフリーのいない団体なんて認めるわけにはいきませんからね」
梓は声を荒げた。
「レフリーの件なら大丈夫ですから!」
郷原は梓を振り返った。
「早く見つかるといいですね」
「お引取りを!」
郷原は口元をクチャクチャ動かしながら、後は黙って引き上げて行った。