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ちょっと嬉しかった話

誤解の無いよう言っておくと、ぼーずは会社員である。なぜ力説するかと言うと関西のライブ会場で関東在住のぼーずに妙な時期に会ったりすることがあるせいか、自由業と見られる事があるからだ。・・ま、見た目が会社員に見え難いのは不本意ながら認めよう・・また、しつこい電話勧誘にシビレを切らし『○○(ぼーずの本名)は会社を辞めました。』と対応していた所、知人にまでやってしまったらしく、学校の先輩から『お前、会社辞めて何してるんや。』と聞かれたりする事もあったし。(先輩、ごめんね)

そして10数年前、まだ研究所と呼ばれる今の会社の開発部門にいた時に知り合ったのが後輩のOだった。若くして優秀なエンジニアであると共に、さっぱりとした性格で部下や友人に慕われるだけでなく、役員の覚えもめでたく研究員の鑑のような男であった。ぼーずの退職金はこいつがしっかり稼いでくれる、そう思ってもいた。

ある時、彼のプロジェクトが一段落した頃に彼が会社を辞めると言う噂を聞いた。驚いて本人に聞いたところ『ギターを作りたい。』確かにギターの構造に詳しく、『最近は指が動かないので、超ライトの弦高を下げアクティブPUとアンプで増幅すると言うお手軽な技法に逃れているんだ。』と言うと『ダメですよ。それは正に逃げです。』と怒られた事もあったがまさかそこまで考えていたとは思わなかった。その後開かれた送別会は盛況であり、誰もが彼の退社を惜しんだ。

それから10年、ちょっと前の事であった。滅多に読まないアコギ系の雑誌を読んでいたらOがギターの記事を書いているのを発見。そうか、元気でやっていたんだ。ネットでOを検索すると結構ヒットするし、ユーザーの評価も高いようだ。こうなると是非一度音を聴いてみたくなった。

連休前に何気なく再検索したところ、神戸の楽器屋さんでアコースティック=ハーモニーという店が彼のギターを置いている事が判った。店の場所は・・・神戸のTOPミュージシャン天野SHOさんの実家、喫茶SHOのすぐそば。これは一回弾きに行かなくては。

ということで、天神祭りで寸断された山の手幹線をジグザグに走り、なんとかこの店に辿り着いた。場所は王子公園の北にあり、まるで喫茶店のような構えであった。入ると実際にカウンターがありコーヒーを飲むことも可能、つまり喫茶店でもあるのだ。店内にはマーチンやオヴェイションが所狭しと並んでいたがOのギターはなさそうだった。

ご主人に話を伺った。Oとは昔からの付き合いで、彼のギターに惚れ込み数本置いていたが皆売れ、ご主人所有のギターをサンプルとして提示していたこと。Oはキャリアこそ短いが、アメリカの有名なギター製作者アーヴィン=ソモギ氏に師事しトップクラスの腕を持っていること。音の良さを科学的に解析し、それをギター作りに生かしている数少ない製作者であること等を聞かせて頂いた。

現在、Oのギターは大人気で今発注しても数年待ちだそうで、ご主人所有のギターも、どうしても売って欲しいと言う要望を断りきれず、客の手に渡ってしまったそうだ。残念ながら肝心の音色を聞くということは適わなかったが、彼のギターを買った人からは満足の声しか出ないと聞き嬉しくなってしまった。どんな音?という愚問に対し『彼の人柄通りの、温かく生真面目な音』というのがご主人の意見であった。

きっとそうなんだろう。音は聴けなかったが、なんだか聴いたような気分で帰ってきた木曜の午後だった。
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