Pierrepoint
実在した英国最後の死刑執行人、Albert Pierrepoint(1905年3月30日 – 1992年7月10日)の葛藤を描いた映画である。
仕事と言えど、608人を処刑(絞首刑)したアルバート•ピアポイントの心の中の色をそしてテキスチャを見てみたい衝動に駆られる。
ネタバレになるので、内要には触れないが
カットをしていると話の流れでクライアントに
”日本は処刑制度があるんだっけ?”
と聞かれる事がある。
イギリスでは正式に死刑制度が廃止されたのは1969年、
折しも私が生まれた年だ。
日本にいる時は改めて考えた事もなかったこの死刑制度廃止の考え、
この国に住み10年目のこの年に、こういう映画を観る事によって
この制度に関して考えさせられる。
ここを見ると、死刑を廃止している国の方が多い事に気付く。
被害者に与えた同じ苦しみを加害者も味わうべき、
被害者の家族の立場に立ったらきっとそう思うだろう。
今までは感情で迷わずそう思って来た。
でも今は正直よくわからない。
母国を、離れた視点から観る事考える事の重要性をこの10年とても強く感じて来た。
Ruth Ellis、イギリス最後の処刑台に送られた人物。
彼女がDavid Blakelyを射殺した時の弾丸がいまだハムステッド(北ロンドン)の壁に残っているらしい。
そして彼女が拘置されていた刑務所もまた私が働く北ロンドンの刑務所なのだ。
これから来るイギリスの長い冬には
あまり考えたくない暗い内容のサブジェクトだが、
これも何かの縁(?)だと思って、我が国の死刑制度について
ちょっとは疑問に思ってみようと思ったのだった。
実在した英国最後の死刑執行人、Albert Pierrepoint(1905年3月30日 – 1992年7月10日)の葛藤を描いた映画である。
仕事と言えど、608人を処刑(絞首刑)したアルバート•ピアポイントの心の中の色をそしてテキスチャを見てみたい衝動に駆られる。
ネタバレになるので、内要には触れないが
カットをしていると話の流れでクライアントに
”日本は処刑制度があるんだっけ?”
と聞かれる事がある。
イギリスでは正式に死刑制度が廃止されたのは1969年、
折しも私が生まれた年だ。
日本にいる時は改めて考えた事もなかったこの死刑制度廃止の考え、
この国に住み10年目のこの年に、こういう映画を観る事によって
この制度に関して考えさせられる。
ここを見ると、死刑を廃止している国の方が多い事に気付く。
被害者に与えた同じ苦しみを加害者も味わうべき、
被害者の家族の立場に立ったらきっとそう思うだろう。
今までは感情で迷わずそう思って来た。
でも今は正直よくわからない。
母国を、離れた視点から観る事考える事の重要性をこの10年とても強く感じて来た。
Ruth Ellis、イギリス最後の処刑台に送られた人物。
彼女がDavid Blakelyを射殺した時の弾丸がいまだハムステッド(北ロンドン)の壁に残っているらしい。
そして彼女が拘置されていた刑務所もまた私が働く北ロンドンの刑務所なのだ。
これから来るイギリスの長い冬には
あまり考えたくない暗い内容のサブジェクトだが、
これも何かの縁(?)だと思って、我が国の死刑制度について
ちょっとは疑問に思ってみようと思ったのだった。
英国はそんなに前に死刑廃止したのかあ。大人だなあ。
日本の場合、依然死刑制度は変わっていないけど、執行する側が延ばしのばししていたようだけど、このところじゃんじゃん執行しているようだ。問題は制度にもあるけど、施行する側の意識の変化も大きい。なぜ変化したかというと、国全体が権威的に傾きつつあるせいかなと感じてます。犯した罪に主眼がなく、それを政治的に利用する国の意識にも怖さを感じます。
刑というものを考えることも大事。
命ということを考えるのももっと大事。
人に人の命を奪う権利は無いのに、
死刑があることに説得力の無さを感じてしまう。
昨年受けたパルクの今年の講座の中に死刑制度を考えるクラスがあった。みんなで考えていかないといけない問題だね。
死刑存続 or 廃止 だけで語れる問題じゃないと思うし。
廃止した国では、じゃあ、重罪犯罪者をどう扱うことにしたのか?
それに対して、犯罪被害者の遺族感情はどうなっているのか?
そういうことを比較検討して考えたいかも・・・。
いずれにせよ、自分の家族を誰かに殺されたら。
自分はその加害者に対して更生して社会に戻って生きて欲しいと
思うだろうか?
一生刑務所の中で自由もなく生きて、後悔して欲しいだろうか?
罪を償って死ぬべきだと思うだろうか?
わからないですね・・・。
でも、考えるべき問題ですよね。
でもこの制度が当たり前と思って疑問に思わずに来た私のような人達が少しでも興味を持ち、クエスチョンマークを持つ事はすごく大きなステップなのでは、と最近思うのです。
千葉法相の死刑台公開はこっちでもセンセーショナルだったけど、日本ではどういう反応だったのかな?とネットをさまよってみると,いまいちだね。。。。。
どっちがいい悪いで片付けられない問題だと思うので。
陪審員制度を取り入れたことに死刑制度をもっと考えようと言うもくろみがあったのなら、きっとそれは効果があったのではないでしょうか。
今回の処刑公開も合わせれば
市民・国民参加の「死刑執行」というシナリオが出来上がる。
これが千葉法相の望みなのかな?
単純に考えると、国民にギルティを感じさせるとか?
死刑制度存続希望は国民の80%と聞き驚かなかったけど、
ちょっと前までそこにいた私は今はマイノリティに入りかけているのかもしれない。
支離滅裂な文章から、私の混乱ぶりがうかがえるかと思われますが
真木ちゃんの言う通り、重犯罪者の扱い云々も大事な事だと思います。
意外とその国の持つ宗教の思想がこの罪に対する考えに影響しているのかな?なんて宗教に関して無知な私が言うのもなんなんですが、思ったりもします。
やっぱり、まだ頭の中がぐちゃぐちゃです。
あれ?一回ドキュメンタリーでやっていたような。
休み時間にゲームしてたぞ。
彼らならそう言う権利はきちんと主張するだろうな。
バラと百合でぴりぴり度、少しは和らぎました?
妻を殺された男性は、相手の妻を殺す。
娘が強姦されたら、相手の娘を強姦する。
家が倒壊したら、それを建てた大工の家を破壊する。
そんな感じなのですって。
むろん、いまどきはこんなことはありえないけれど、
「殺人罪について、死刑で償いを」というのは
こういう考え方に似てますよね・・・?
でもなぁ。
欧米の受刑者みたいな、ある程度の自由が許された
終身刑ってのもどうなのかしらね・・・?
しかも、我々の血税で養うなんて。
光市母子殺害事件の犯人なんて、第三者の我々でさえ
ムカつくほど反省など何もしてないし。。。
簡単には答えが出ないから、考え続けないといけないのでしょうね。
だね。
話は変わるのだけど、
この映画の主人公アルバートは
本当にこの仕事を真摯に受け止め、プロフェッショナルとして(死刑囚の身長体重から縄の長さを決め、刑執行自体の時間をできるだけ迅速にすませ、その後の遺体の処理も心を込めて行うなど)全うしたのだけど、あの死刑を執行する(される)瞬間というのはなんとも恐ろしく
思わず死刑囚の気持ちになって観てしまっていました。
”お願い許して”と。
何が一番の償いなのかは、本当に未だ良くわからないけど、
この映画を観れた事、そしてブログに載せる事で皆さんの意見も聞けた事は私にとって大きな進歩だったです。
これから会う人会う人に聞いてしまうかも。。。。もしかしてうざい奴?