トム・ロブ・スミスは1979年生まれのイギリスの作家だから、まだ若い作家である。
この作品の舞台は、1932年のウクライナのホロドモールと言われる大饑餓状況に起因する展開で始まるミステリーである。
ホロドモールは、400万人から1450万人が死亡したと言われ、(資料によっては700万人は確実とも言われている)更に600万人の出産抑制されたと言われており、旧ソ連政府と現ロシア政府は肯定していないが、国連、欧米諸国からは、この大饑餓ホロドモールは、スターリンの人的犯罪であるという認識は確実とされている。
物語は、このウクライナの饑餓状況にあって、幼い兄弟が森へ小動物の捕獲へ行くところから始まる。
生きる為に、ウサギ、猫、ネズミ、犬、木など植物、靴などの皮、土、なんでも食べた。
当時の記録を読むと、子どもを家の外に出すと誘拐され食料にされてしまうので、家から出さなかったとあるが、実際は誘拐した子ども、死体は勿論、赤ん坊も食べた人たちが沢山いた。
このような悲惨で残酷な大饑餓がなぜ起きたかというと、豊かな地味である穀倉地帯のウクライナの小麦はスターリンにとって外貨を稼ぐ商品であって、その小麦の徴収は、生産高をはるかに越える量で、生産者から徹底的に搾取、家畜も奪い、少しでも食料を隠匿すると、土木作業などの重労働を課した。村が丸ごと、消えてしまうほどだったという。
独ソ戦で、ナチスがウクライナに侵攻した時、ウクライナの住民たちは、解放軍が来たと喜んだという。
しかし、そのナチスもスターリンとなんら変わらない。
物語へ戻ろう。
森へ小動物を捕獲へ行った兄は、やはり食料にされるために頭を殴られ連れ去られてしまう。
しかし、兄は、結局、食べられることはなかったが、記憶を失い、レオを言う名前でその家の息子として育つ。
彼は第二次世界大戦に従軍し、英雄となり、いわゆるKGBの母体となった諜報機関の組織で出世するのだが、そこで子どもへの猟奇殺人事件に遭遇する。
スターリン独裁政権は、「理想の国家に殺人はない」というスターリンのスローガンのもと、その猟奇殺人事件は事故として処理される。
この猟奇殺人事件は連続して起きることに、レオは秘かに調査を始めるのだが、スターリン政権下では、それは許されない行為である。
ここから、ストーリー展開が、どんどん謎深く進行していくその筆致に、息をのむようだ。
歴史的事実をあくまでもしっかりと踏まえており、ソ連の市民、警察、諜報員などの感情が、とてもリアルなのだ。
人が、本当によく描けているのだ。
それらの人物によって、読者にとって、あらためて、スターリンの独裁政治の異常性が浮き彫りになってくるのだと思う。
田島俊樹の訳も素晴らしいと思う。
映画よりも、とても、切なく、辛く、はかない、不条理の物語だ。
あの時代、ヒトラーを生み、スターリンを生んだという、その歴史的、政治的、宗教的、民族的な背景とはいったいなんだたのかと、つくづく考えてしまう。
ウクライナは、その後、チェルノブイリのメルトダウンが起きて、つい最近は、突然ロシア軍が侵攻してきて、今やロシア領のごとくなってしまった。
(旧會津藩福島県に東電の原発があり、ソ連に抵抗姿勢を示したウクライナにチェルノブイリの原発があって、とものメルトダウンが起き、国家的な犠牲を担わされている状況って、なんだか似てる)
いつも、いつも、ウクライナが、ソ連やロシアに、陵辱されるのは、土地が豊かであることと、凍らない港があることと、ヨーロッパののど仏のような地理的に戦略意味が重要な場所のせいだろう。
そんなことを思いつつ、『チャイルド44』上下巻を読み終えた。
それにしても、近代、現代の世界史が、全然、知られていないことに驚く。
学校教育って、どうなってるんだろう?