もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

水中の動物たちの呼吸 7

2022-01-10 14:00:00 | 日記
肺は心臓に酸素を供給するために進化しました!

原初の魚が肺を獲得した要因についてC. Farmer(以下、ファーマー)は心臓への酸素の供給という仮説を1997年と1999年に報告しました。
その仮説をこの二つの論文から概説します。

たくさんの過去の研究を引用して仮説を少しずつ説明している論文です。
その中で、初期の魚は海で発生し、肺を獲得した環境も従来言われていたような酸素の少ない河川や汽水域ではなく、十分な酸素のある海洋であったと推定しています。

原初の魚
皮フから酸素を十分に吸収した血液は、全身をめぐって酸素が乏しくなった血液と混合されて、心臓に入る。
心臓の筋肉の細胞はスポンジ状であり、心臓の筋肉に血液を送る専用の血管である冠動脈はないので、酸素は柱状の細胞組織の間を流れる血液から供給された。
咽頭の線毛管は、現在の魚の鰓(エラ)のように酸素を吸収する働きはなくて、水中の微少な餌を粘液糸で沪し取り栄養を吸収していた。



(この図は、「硬骨魚18種の心室心筋組織の比較」、 鬼頭・小 栗 (1983)より転載)

エラ呼吸する魚(魚の図はC.ファーマー1997から改変)
皮膚呼吸をやめて、エラだけから酸素を吸収すると、心臓へ流れる血液は酸素が乏しくなる。
活発な遊泳をすると筋肉などで更に酸素が消費されるので、特に運動している時に心臓への酸素はますます足りなくなる。スポンジ状の心筋には冠動脈のように効率的な血管がないことも酸素不足を助長することになる。
更に、低酸素状態では血液は酸性になる(呼吸性アシドーシス)ために、エラで酸素を吸収する能力が低下する(ヘモグロビンに酸素が結合する能力が低下:ボーア効果、ルート効果)。
このように、エラ呼吸のみでは魚が活発な遊泳を行うには不十分でした。

魚にとって心臓に向かう静脈は、心筋細胞に酸素を供給するルートであり、原初の魚が皮膚呼吸から吸収する酸素はスポンジ状心筋にとって必須のものでした。

 皮膚呼吸の代わりに肺を獲得した魚
エラ呼吸だけでは心臓への酸素を十分に供給できないので、皮膚呼吸の代わりに肺を獲得したと考えられます。

このように、肺を通った血液は酸素を豊富に含んでいるので、心臓の手前で全身から戻ってきた酸素の少ない血液と混合して、その酸素濃度を上げています。この血液がスポンジ状の心筋細胞の間を流れて酸素を供給する。心臓から押し出された血液はエラに流入して酸素を吸収し二酸化炭素を排出したあとに、二つに分かれます。一方は肺へ流れてさらに酸素を吸収して心臓に向かい、もう一方は全身の臓器・筋肉で酸素を放出(二酸化炭素を吸収)して心臓へと向かう。このようなサイクルを繰り返します。
ほ乳類や鳥類では、酸素の豊富な動脈血が心臓にも全身の臓器にも酸素を運ぶ役割を担っていて、静脈血はどの臓器にも酸素は供給していません。その視点から見ると肺からの血液が心臓の手前で静脈に合流する循環は全身への酸素の運搬という点で効率が悪いようにみえますが、スポンジ状の心筋に酸素を送るためには適切な解決法でした。

肺を失った理由について
肺が心臓に酸素を供給する上で重要な原始的臓器ならば、なぜほとんどの現生の硬骨魚類が肺を鰾(ウキブクロ)に変えたのか。その理由として以下が示唆されます。
1生息する水中深度:
肺呼吸をしていた時、生息域は浅い水域に限られますが、深海への進出するに伴い水面まで浮上
して空気を呼吸するのに必要なエネルギーが増加したため肺を喪失した可能性。
2捕食動物:
それまでの捕食者は水生動物だったが、翼竜や鳥類といった空からの捕食者の出現により水面での空気呼吸中の捕食から逃れるために空気呼吸を止めた。

3浮力の獲得
外洋性の魚類では沈まないために使うエネルギーを減らす必要があり、そのために鰾が必要なの
で肺を鰾に変えたとする説(Liem 1988)。鰾を持っていないと沈まないためにエネルギーが必要になる。
4冠状動脈循環の獲得
 スポンジ状心筋に加えて緻密な心筋組織に血液を送り酸素を供給する専用の血管として冠状動
脈が進化・獲得された。肺の代わりに効率のよい血管系を獲得した。

肺の獲得と鰾への進化については概ねこのように概説されています。この肺から鰾への進化は肺を獲得してから硬骨魚類が出現したジュラ紀まで2億年以上かかっているので、ジュラ紀に現れた翼竜や鳥類が主因である可能性が高いようです。
論文ではさらに現生の肺魚の呼吸器と循環器について解説してから、陸に上がった両生類、は虫類の循環系についても検証を進めています。それについてはまた後で。

ふだんは人間や哺乳類の心臓ばかりみているから、魚の心臓の筋肉がスポンジ状だとは思ってもいませんでした。魚の静脈血の酸素化が、冠動脈のないスポンジ状心筋への酸素供給には必須なんですね。人間を基準にして魚や両生類、は虫類の呼吸と循環の効率を判断してはいけないようです。

参考文献
鬼頭・小栗「硬骨魚18種の心室心筋組織の比較」1983
C. Farmer Paleobiology , 1997
C. Farmer Annu. Rev. Physiol. 1999
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水中の動物たちの呼吸 6

2021-12-03 18:00:32 | 日記
=魚は肺が欲しかった!=
これまで述べてきたように、魚の鰓(エラ)は大変効率のよい酸素吸収臓器です。ところが魚は古生代に出現するとすぐに、肺を進化させていました。
今回は肺を獲得するに至った要因について提案された諸説を概観してみます。

原初の魚は皮フ呼吸だった!(以下の3つの魚の図はC.ファーマー1997から改変)
古生代に現れた初期の魚類(ヤツメウナギの祖先)では、血液は心臓から全身の組織に流れ、皮膚の毛細血管では酸素を吸収すると同時に二酸化炭素を排出してから心臓に戻ります。こうして酸素の豊富な血液がまず始めに心臓に流れます。咽頭にある櫛状の鰓(エラ)は餌をろ過して消化管におくる給餌器官でした。


鰓を持つ魚が現れました
顎を持つ魚(顎口類)が現れて、活発に活動するようになると、鰓はろ過給餌器官の働きを失い、そこを通過する豊富な水流から酸素を吸収する呼吸器官へと進化し、鰓が誕生した。また餌を沪過する櫛状の器官(鰓耙:さいは)が鰓の前にできました。


いよいよ肺を進化させる時が来ました
魚類が肺を獲得したのは古生代シルル紀中期(約4.2億年前) の初期の硬骨魚類(顎口類)であり(下図赤矢印)、デボン紀に肉鰭類(ヒレに骨と筋肉がある)と条鰭類(ひれに放射状の骨とヒレ膜がある)が分岐するより前と推定されています。

シルル紀の頃に魚類は、咽頭部の消化器上皮へ多数の血管が分布する腔を発達させて、鰓の機能を補完する様になりそれが肺へと発達したと考えられています。肺で酸素を吸収した血液は全身へ流れずに心臓へ向かい、静脈血と混合しています。


鰓を獲得したのに、なぜ肺を進化させたのか、その原因については多くの仮説が提唱されています。
1 環境からの進化圧力:これが主流の考え方
○水中酸素濃度の低下
・半乾燥環境への適応:
 肺魚の化石はデボン紀に堆積した赤色砂岩層から多く発掘されていて、この地層は雨期と
 乾期が交互になる半乾燥の淡水域の環境を示している。そのような半乾燥の環境では鰓呼吸が   十分に出来なくて、肺を獲得したというものです。
・熱帯の淡水域の酸素欠乏:
 熱帯の淡水は温度が高いので溶け込む酸素量が低下し、鰓呼吸では足りないという説
 暖かくて富栄養の淡水では酸素が有機物の酸化に使われるので酸素欠乏になるとの説。
・汽水域の酸素容量の低下:(汽水域:川の水と海の水が混ざり合う河口のような場所)
 汽水域や富栄養環境の潟は水中の酸素不足に陥りやすいため、あるいは浅瀬や潟では水位が低下して空気に曝される状況に適応したとする説。
・赤道付近の干潮時水面の低下
 赤道付近の干潮と満潮時の海面に4m以上の差が生じるので、干潮時に取り残された硬骨魚は低酸素濃度に曝されて肺を進化させる要因となった。
○そのほか 
・デボン紀中期に大気中酸素分圧の低下があり、エラ呼吸と空気呼吸が必要との説。
・現生のハゼ類のような海と陸の両性魚類が肺を獲得したとの説。

2 生理学的な進化圧力
 ○浮力を得る空気を貯めるため
 ○聴覚機能仮説:現生のコイやニシンのように空気の袋は聴覚を向上させる。
 ○心臓へ酸素を供給する:(上の肺呼吸の図を参照)
  酸素を吸収する器官が皮膚から鰓になると、血液は全身の筋肉や内臓に酸素を供給してから心臓に還流するようになる。このため、心臓に流れる血液は酸素が乏しいので、長時間の高速遊泳や運動時に心臓への酸素供給が不十分になり、皮膚呼吸に替わる酸素吸収器官が必要になったという説。

多種多様の仮説が検討されていますが、特に心臓への酸素供給説は生理学的に興味深い上に、陸上の四肢動物の進化とも関連すると思われます。
今回はここまで。次回は心臓への酸素供給説と魚の心臓の筋肉について。

参考文献
A.ローマー. 脊椎動物の歴史 1991
Zhuo et al(理研). Nature Genetics, 2013
C. Farmer Paleobiology , 1997
H. Byrne et.al. 2020

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水中の動物たちの呼吸5

2021-08-15 19:38:43 | 日記
今回は少し定量的な話をしてみます。
▶対向流交換系
エラの酸素の吸収、鰾(うきぶくろ)の乳酸と炭酸ガスの移動、血合い筋の熱移動、その他多くに使われている対向流交換系がどれだけ効率が良いかをみるために、前回の奇網の図をモデルにして並行流と対向流について計算してみました。
移動するガスは酸素としましょう。

モデル:並行して接している2本の管に水が流れ、水中の酸素はその壁を透過して、隣接する管にだけ移動することができる(他への漏れがないということ)。
・管壁を通して管1と管2の酸素濃度差に比例して高い方から低い方に酸素が移動する。
・単位長さ当たり、単位濃度差当たりの酸素透過係数をkとする。
・管を流れる流量Q(L/秒)の時間変化はなく、管に流入する濃度Cの時間変化はない。
・管1に流入する酸素濃度をCiとし、管2に流入する酸素濃度は0である。
以上の条件で、並行流と対向流についてみてみましょう。
図の下方のグラフを見てください。

実線が管1の酸素濃度の変化を表し、破線が管2の濃度変化です。
k/Qは酸素の移動しやすさの指標で、透過率kが高いか、流量が小さい(流れがゆっくり)ときに酸素の移動がいい。
ここでは、酸素の移行の良い条件のk/Q=5で比較します。グラフの矢印は管1と管2の流れの方向を示しています。
〇並行流(左のグラフ)では
管1の酸素は管2に移って、その濃度は初期値の1/2に低下し、管2の濃度も最大で1/2まで上昇する。管1の酸素は半分までは管2に移る。出口(x=L)ではどちらの管も管1の酸素濃度の半分になっています。
〇対向流(右のグラフ)では
管1の酸素は管2に移り、濃度は管1の出口(x=L)で0.15まで下がり、逆に流れる管2の濃度は0から0.8まで上昇して、出口(x=0)では管1の酸素の8割が管2に移っている。
この簡単なモデルでも、並行流に比べて対向流ではとても効率よく酸素を移動させることがわかります。
体温の維持でも血合い筋の中でこれと同じように、対向流が効率よく熱を移動させているのです。
哺乳類の肺でもこれと同じようなモデル計算すると、効率のいい場合に血液中の酸素濃度が肺胞内の濃度になって、実測と一致することがわかります。(哺乳類の項のときに示します)

今回は、酸素の移動を例にしましたが、濃度差に比例して酸素が浸透すること、浸透のしやすさを示す透過係数kは組織により異なることは、今後の話題でも時々使います。

参考文献
魚類生理学の基礎 恒星社厚生閣 2013年
キャンベル生物学 原書11版 2018
ガイトン生理学 原書11版 2010
道具としての微分方程式 BLUE BACKS 1998 講談社
化学実験法 II - Kyoto U
(URL:kuchem.kyoto-u.ac.jp/ubung/yyosuke/chemmeth/chemmeth05.pdf)


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水中の動物たちの呼吸4

2021-08-11 22:29:17 | 日記
魚の鰾(うきぶくろ)=魚の体の巧妙な仕組み=

訂正文  今回の話の前に、前回の計算式について追記しておきます。
「水中の動物たちの呼吸3」に、VO2(ml/min)=1.44×W(Kg)0.811 の形の式がありましたが、これはWの0.811乗のことです。5つほどこのような式が出てますが、そのように読みかえてください。

では、今回の話に戻ります。
今回は、鰓(エラ)と同じくらい魚にとって重要な鰾(うきぶくろ)について、少し詳しく見てみます。
○エラと鰾の獲得
5億5千万年前の古生代、まず海で鰓(エラ)を持つ動物が出現し、その1億年後には川や池の淡水にも生息できる魚が現れました。池や川の酸素濃度は不安定でしばしば低酸素になるために、原始的な肺が発生したとのことです。現在の肺魚やポリプテルスでは呼吸器官として使われています。海へと回帰した魚では不要になった肺は浮力調節器としての鰾(うきぶくろ)へと形を変えました。
▶鰾(うきぶくろ)の働き-----魚が潜るときの巧妙な仕組み
水面にいる魚が200mの深海に潜っていく場合を例にして、鰾の働きをみてみましょう。
水面の魚の鰾に1気圧で100mlのガス(ほとんどが酸素)があって浮力を保っているとしましょう。200mの深海では21気圧なので体積は21分の1となり、5ml以下に圧縮されます。浮力を保つには鰾に更に約95ml追加しないといけませんが、その酸素ガスの圧力は21気圧です!
さて、深海では水圧が21気圧ですが、溶けている酸素の分圧は大気中とほぼ同じ0.2気圧です。0.2気圧の酸素を水圧21気圧に負けないほど高くする機構が、ガス腺と奇網です。
鰾のガス腺の周囲には毛細動脈と静脈が密集していて夫々の血液が互いに反対向きに流れる奇網(対向流交換系)といわれる血管網があります。
奇網の中の毛細静脈から毛細動脈に二酸化炭素と乳酸が拡散移動すると、動脈血は酸性に傾きます。この動脈血がガス腺細胞から生じる乳酸とCO2によってさらに強い酸性になると、Hbと結合した酸素は放出されて(ルート効果)血漿中の濃度が高くなり、その結果血中酸素分圧は上昇し(ヘンリーの法則)、鰾内に放出されます。このメカニズムで、酸素分圧を鰾の中の圧力(今の場合21気圧)よりも高くすることができるのです。
ガス腺から流出する静脈血中の乳酸とCO2は奇網の中で動脈血に拡散移動するサイクルを繰り返すことになります。

逆に、深海にいる魚では高圧の酸素ガスが鰾内にたまっているので、浮上するとともに圧力が下がり膨張します。浮力に必要な体積よりも増えた余分な酸素ガスは、鰾の内面にある乱円体という組織を通して血液中に吸収され、エラから水中に放出される。
鰾はもともと呼吸のための器官だったので、酸素の吸収放出を担うには都合がよかったのでしょう。(魚の中には鰾が食道とつながっている場合もあって、その魚では余分なガスは口から排気しています)

この乳酸とCO2の拡散移動に使われている、奇網は魚の筋肉内の体温を維持するためにも使われています。
▶体温調節
前々回にマグロやカツオなど高速遊泳魚では、体温が海水温よりも約10℃高いことと、アカマンボウ科の魚オパ(Opah)の恒温性の話題がありました。
どちらの場合も、筋肉で発生した熱で温められた静脈血は毛細動静脈網(奇網)に流入すると、エラから出てくる冷えた動脈血に熱を移します。温度の上がった動脈血は筋肉を暖めて体温を維持し、活発な活動を支えることができます。熱を与えて冷えた静脈血は心臓を通ってエラに流れますが海水との温度差が小さいので熱放散は最小に押さえられる、ということでした。
ここでも、奇網の中では動脈血流と静脈血流が互いに反対に流れる対向流になっていて、熱を効率よく移すことができています。
この熱の回収と放出の対向流の仕組みは、イルカのひれ、水鳥の足、犬の肉球などで体温の維持に役立っているだけでなく、お風呂や台所の温水器からクーラーまで私たちの生活機器にも幅広く使われています。

参考文献
ガール・ジンマー『水辺で起きた大進化』早川書房 2000年(原書 1998年)
魚類生理学の基礎 恒星社厚生閣 2013年
魚の浮き袋に隠された代謝トリックの解明 2013年5月科研報告
(URL:kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-24657085/24657085seika.pdf)
追加
魚類の肺と四肢動物への進化に新しい仮説が発表されました!
4億年前(古生代 シルル紀からデボン紀)の大陸分布、地球の1日が21時間であったこと、月との距離が近いこと、海水の性質、各惑星の位置、を用いて数学的な潮汐システムでシミュレーションした。その結果南半球のゴンドワナ大陸と北のローラシア大陸のあいだの赤道付近では干潮と満潮時の海面に4m以上の差があったことがわかった。干潮時に潮だまりに取り残された硬骨魚にとっては、低酸素濃度と水位の低下が、肺を獲得し、鰭を四肢に進化させる推進力になり得るとの説です。
(Proceedings of the Royal Society A: Mathematical, Physical and Engineering Sciences. A key environmental driver of osteichthyan evolution and the fish-tetrapod transition?  H. M. Byrne et.al. Published:21 October 2020)
コメント (1)
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水中の動物たちの呼吸3

2021-07-19 19:22:36 | 日記
エラと酸素吸収 その1 
エラの最も微細な構造は、血液をたくさん含んだ毛細血管が編み目のように密集して薄い膜状になったラメラです このラメラを流れる水と毛細血管の中の血液が反対向きに(対向流)流れる構造のために水中の酸素の80%を吸収することができています。

                             (キャンベル生物学より転載)
このように微細なエラの面積と魚体重の関係は詳細に調べられています。
例えば、1Kgのカツオのエラ面積は1.85m2と報告されているので(Roy)、同じ1Kgの哺乳類の肺胞面積3.3m2の約56%になります(KSN)。
空気に比べて水中の酸素含有量は40分の1と少なくて、カツオの場合は酸素を取り入れる面積も哺乳類の半分程度と小さくなっています。しかし,エラの酸素吸収効率がいいので必要酸素量を吸収するには十分です。
ちょっと簡単な計算をしてみましょう。
前回書いたように、表面の海水は酸素を良く取り込んでいるので、26℃に補正すると、1Lの海水に約5ml酸素が溶けています。
500gの安静時の魚の換水量は毎分200ml程度(魚類生理学)なので、1Kgでは400mlとしましょう。エラの酸素吸収率は前回書いたように約80%とすると、1Kgの魚の酸素吸収量は毎分 5ml×0.4L×0.8=1.6mlとなります。
さて、
魚の安静時(?)酸素消費量(1分間に消費する酸素量:ml/min)は水温で変わりますが高めの26℃でも
VO2(ml/min)=1.44×W(Kg)0.811の関係式が報告されています(山元)。 Wを1Kgとすると、1は何乗しても1なのでW(Kg)0.811=1となって、酸素消費量は毎分1.44ml。 
エラからの吸収量は1.6mlだったので、これで必要な消費量に足ります。運動時は消費量も増えると同時に換水量も増えて酸素の吸収量も多くなるでしょう。
ニジマスでは運動時に安静時の8倍ほどになるとのことです。この時、酸素吸収量も増加しますが、もし水中の酸素濃度が概ね2ml/L以下になると酸素吸収量も足りなくなり酸素不足から斃死する原因になるようです。ヒトも空気中の酸素濃度が16%以下になると頭痛や吐き気が表れ、さらに濃度低下すると、失神して死亡にいたります。

ちなみに魚類からほ乳類までの酸素消費量と体重(kg)の関係は、温度にも依存しますが、概ね以下のように報告されています(魚類生理学、山元、KSN)。
魚類    1.1~1.44x(体重kg)0.811  
両生類    0.11x(体重kg)0.66
爬虫類: 1.13x(体重kg)0.83
鳥類 11.3×(体重kg)0.72
ほ乳類   10.1×(体重kg)0.75       
酸素消費量について、同じ1kgの体重で比較すると両生類が0.11ml/分と最も少なくて、その10倍が1.1mlの魚類と1.13のは虫類、さらに10倍が11.3mlの鳥類と10.1のほ乳類となって、鳥類と哺乳類という内温(恒温)動物の酸素消費量がきわめて大きいことがわかります。(魚類や両生類の測定はかなり難しくて、限られた動物で測定した関係式です)

動物の体に吸収される酸素の拡散経路と水について少し考えてみましょう
哺乳類では、空気中の酸素→肺胞表面の水→肺胞の細胞→血液とヘモグロビン
魚類では、 空気中の酸素→川や池・海の水→エラの細胞→血液とヘモグロビン     
このように空気中の酸素は細胞の膜以外はすべて水の中に溶けたものが拡散して血液に到達している。
水に溶けた酸素の濃度や分圧が血液中の酸素量を決めることになるので、魚類でも哺乳類でも血液中の酸素濃度や分圧は同じになります。実際、例えばニジマスの静脈血の酸素分圧は32mmHg、動脈血は133mmHgです(魚類生理学)。ヒトでは、それぞれ40mmHgと100mmHgとほぼ同じです。
十分に空気に曝されて大気中の酸素と平衡になった水中では、酸素の分圧は大気中と同じになり、0.21気圧(160mmHg)です。
両生類、は虫類、鳥類も同じように体液中に溶存した酸素を利用しています。
空気と水の違いは、分圧は同じでも水に含まれる酸素量は空気の40分の1と少ないので、十分に換水しないとすぐに酸素欠乏になる点です。

次回はエラや体温調節で働いている奇網、鰾(うきぶくろ)に共通する対向流交換系
について細かくみてみます。これは魚の体に備わっている巧妙な仕組みです。
  
参考文献
魚類生理学の基礎 恒星社厚生閣 2013年
キャンベル生物学 原書11版 2018
K. シュミットニールセン スケーリング 動物設計論 1995
Roy   日本魚類学雑誌1986
山元   水 産 増 殖38巻1号1990
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