もっと空気を

私達動物の息の仕方とその歴史

水中の動物たちの呼吸3

2021-07-19 19:22:36 | 日記
エラと酸素吸収 その1 
エラの最も微細な構造は、血液をたくさん含んだ毛細血管が編み目のように密集して薄い膜状になったラメラです このラメラを流れる水と毛細血管の中の血液が反対向きに(対向流)流れる構造のために水中の酸素の80%を吸収することができています。

                             (キャンベル生物学より転載)
このように微細なエラの面積と魚体重の関係は詳細に調べられています。
例えば、1Kgのカツオのエラ面積は1.85m2と報告されているので(Roy)、同じ1Kgの哺乳類の肺胞面積3.3m2の約56%になります(KSN)。
空気に比べて水中の酸素含有量は40分の1と少なくて、カツオの場合は酸素を取り入れる面積も哺乳類の半分程度と小さくなっています。しかし,エラの酸素吸収効率がいいので必要酸素量を吸収するには十分です。
ちょっと簡単な計算をしてみましょう。
前回書いたように、表面の海水は酸素を良く取り込んでいるので、26℃に補正すると、1Lの海水に約5ml酸素が溶けています。
500gの安静時の魚の換水量は毎分200ml程度(魚類生理学)なので、1Kgでは400mlとしましょう。エラの酸素吸収率は前回書いたように約80%とすると、1Kgの魚の酸素吸収量は毎分 5ml×0.4L×0.8=1.6mlとなります。
さて、
魚の安静時(?)酸素消費量(1分間に消費する酸素量:ml/min)は水温で変わりますが高めの26℃でも
VO2(ml/min)=1.44×W(Kg)0.811の関係式が報告されています(山元)。 Wを1Kgとすると、1は何乗しても1なのでW(Kg)0.811=1となって、酸素消費量は毎分1.44ml。 
エラからの吸収量は1.6mlだったので、これで必要な消費量に足ります。運動時は消費量も増えると同時に換水量も増えて酸素の吸収量も多くなるでしょう。
ニジマスでは運動時に安静時の8倍ほどになるとのことです。この時、酸素吸収量も増加しますが、もし水中の酸素濃度が概ね2ml/L以下になると酸素吸収量も足りなくなり酸素不足から斃死する原因になるようです。ヒトも空気中の酸素濃度が16%以下になると頭痛や吐き気が表れ、さらに濃度低下すると、失神して死亡にいたります。

ちなみに魚類からほ乳類までの酸素消費量と体重(kg)の関係は、温度にも依存しますが、概ね以下のように報告されています(魚類生理学、山元、KSN)。
魚類    1.1~1.44x(体重kg)0.811  
両生類    0.11x(体重kg)0.66
爬虫類: 1.13x(体重kg)0.83
鳥類 11.3×(体重kg)0.72
ほ乳類   10.1×(体重kg)0.75       
酸素消費量について、同じ1kgの体重で比較すると両生類が0.11ml/分と最も少なくて、その10倍が1.1mlの魚類と1.13のは虫類、さらに10倍が11.3mlの鳥類と10.1のほ乳類となって、鳥類と哺乳類という内温(恒温)動物の酸素消費量がきわめて大きいことがわかります。(魚類や両生類の測定はかなり難しくて、限られた動物で測定した関係式です)

動物の体に吸収される酸素の拡散経路と水について少し考えてみましょう
哺乳類では、空気中の酸素→肺胞表面の水→肺胞の細胞→血液とヘモグロビン
魚類では、 空気中の酸素→川や池・海の水→エラの細胞→血液とヘモグロビン     
このように空気中の酸素は細胞の膜以外はすべて水の中に溶けたものが拡散して血液に到達している。
水に溶けた酸素の濃度や分圧が血液中の酸素量を決めることになるので、魚類でも哺乳類でも血液中の酸素濃度や分圧は同じになります。実際、例えばニジマスの静脈血の酸素分圧は32mmHg、動脈血は133mmHgです(魚類生理学)。ヒトでは、それぞれ40mmHgと100mmHgとほぼ同じです。
十分に空気に曝されて大気中の酸素と平衡になった水中では、酸素の分圧は大気中と同じになり、0.21気圧(160mmHg)です。
両生類、は虫類、鳥類も同じように体液中に溶存した酸素を利用しています。
空気と水の違いは、分圧は同じでも水に含まれる酸素量は空気の40分の1と少ないので、十分に換水しないとすぐに酸素欠乏になる点です。

次回はエラや体温調節で働いている奇網、鰾(うきぶくろ)に共通する対向流交換系
について細かくみてみます。これは魚の体に備わっている巧妙な仕組みです。
  
参考文献
魚類生理学の基礎 恒星社厚生閣 2013年
キャンベル生物学 原書11版 2018
K. シュミットニールセン スケーリング 動物設計論 1995
Roy   日本魚類学雑誌1986
山元   水 産 増 殖38巻1号1990
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水中の動物たちの呼吸2

2021-06-04 20:00:00 | 日記
○空気と水の性質と呼吸器官
水中に住む動物は水を利用して呼吸していますが、空気と比べるとその性質が大きく違っていて色々と問題が多いのです。

1酸素量:ちょっとしか酸素がありません
水中に溶ける酸素の量(酸素溶解度)は水温25℃のとき、淡水では1Lあたり5.7ml、海水では4.6(25℃)mlです。一方、空気1L中の酸素は約210mlなので水よりも約40倍の酸素を含んでいます。空気呼吸をする肺と水呼吸をするエラを比べると、高い酸素濃度の空気では換気量が小さくても十分に吸収できますが、水呼吸の場合は換水量を大きくしないと十分な酸素量を吸収できません。(そのエラの働きについては次回)

2重さと粘性:水は重くて粘っこい
空気1Lの重さは約1.29g、粘性率0.018(ミリパスカル・秒)であり、1Lの水は約1000gで粘性率は1(ミリパスカル・秒、20℃)と、水は空気よりも重さでは780倍、粘性率で56倍大きい。空気は軽くて粘性も小さいので、吸う時と吐く時に空気の流れを逆にしていますが、それには大きな力(エネルギー)は必要ありません。実際、哺乳類の空気呼吸では換気に使うエネルギーは安静時消費エネルギーの2%程度です。
しかし、水呼吸では、吸うときには重い水を動かす力(慣性力)と、粘性を打ち消す持続的な力(粘性抵抗)が必要で空気よりも遙かに大きい力が必要になります。水を吐き出すときはその反対向きに同じ力が必要になる。つまり、水呼吸では呼吸器官の中で往復流を起こすにはとても大きいエネルギーを使うので、魚では水をエラの中に一方向に掛け流して、そこから酸素を吸収しています。
それでも、呼吸(換水)に使うエネルギーは大きくて、魚では安静時エネルギーの10%も使っています。

3熱伝導率:水の中は寒いよ!
動物の皮膚は陸上では空気、水中では水に常にさらされているので、体温の調節に大きく影響します。空気と水では熱を伝える性質:熱伝導率が大きく違うのです。この熱伝導率は温度で変わりますが、10℃の水では0.58、空気では0.024と水の方が空気よりも約24倍熱をよく伝えます(熱伝導率:単位はW/m・K)。
私たちヒトのような陸生の空気呼吸動物では空気への熱の移動が小さいので体温を保つのは(内温性)簡単ですが、体温が高くなった時に熱を放散するために、汗をかいたり、犬のように呼吸を増やしたりして水の蒸散による調節をしています。
一方、水生動物では体表や呼吸器官で常に大量の水と接しているため体から熱が奪われやすく、体温を高く保つために独自の機能が必要になります。
一般に、魚の血液は「心臓→エラ→全身の筋肉・内臓→心臓」と循環しているので、エラで海水の温度まで冷えた血液がそのまま筋肉へ流れると全身が冷やされてしまいます。
しかしマグロやカツオなど高速遊泳魚では、体温が海水温よりも約10℃高いのです。これは、筋肉を動かした時の熱で暖められた静脈血と、エラで水に接して冷えた動脈血が体の側面にある血合筋の中の毛細血管網(奇網)に入って、静脈血の熱を動脈血に移すので、静脈血は冷えて動脈血が温かくなるからです。こうして温かくなった動脈血が筋肉を温かく保ち、冷えた静脈血はエラに流れるので逃げる熱は少しですみます。

ところが、さらに進んで完全に体温を保つ内温性の魚が発見されました。アカマンボウ科の魚オパ(Opah)は大きな胸筋を動かしてその熱で血液を温めています。この温められた血液はエラへの流入部(䚡弓)にある奇網の中でエラを通って出てくる冷たい血液を温めます(熱の回収)。つまりエラから出てきた酸素の多い血液は温められて全身へと還流していくのです。脳も心臓も温かい一定の温度に保たれています(サイエンス 2015年5月15日)。
このアカマンボウは魚の中で内温性(体温を保っている恒温性)が確認された初めての例です。


4浸透圧:体の塩分濃度と水との関係。
川魚「水ぶくれになる!」 海水魚「水が抜けて干からびる!」
水生動物は常に淡水あるいは海水と接しています。体を作っている細胞の膜は水を自由に通すのですが塩類は通しにくい性質があります(半透膜)。このため、細胞の中と外でこの膜を挟んで塩分濃度に差があると、水は塩分濃度の薄い方から濃い方に水が拡散浸透します。キュウリの塩もみをすると水が出てくることと同じです(つまり膜の両側の濃度が同じになる方向に水が移動します)
さて、大部分の水性動物(サメやヌタウナギ以外)の体液の塩分濃度は、淡水よりも濃く、海水よりも薄いのです。
なので、淡水にいる川魚では常に水が体内に染みこんできます。放っておけば体中が水でむくんでしまいます。そこで川魚は、大量の尿を出して浸透水を排泄すると共に、エラにある特殊な細胞(塩類細胞)で水中の塩を吸収して補っています。
一方、海水魚の場合は海水の塩分濃度の方が濃いので、魚の体から水分が染み出ていきます。そのままだと体中の水が出て行ってしまうので、海水魚は海水を飲み込んで腸から水を吸収すると共に、一緒に吸収された余分の塩をエラの塩類細胞から海水中に排泄しています。

このように淡水魚でも海水魚でも、塩分を調節する機能がエラに備わっています。エラは酸素を取り込む器官として働いていますが、進化の上では体液中の塩分濃度を保つために発生したことが解明されています。体の塩分濃度調節のために体液が集まる器官となったことが、のちのち酸素を体液に吸収する臓器に進化したと考えられています。
私たちの頚部にある副甲状腺は、この塩類細胞のなごりであり、体内のカルシウムの濃度調整をしています。

水中の方が陸上に比べて環境の変化は穏やかで、食物も豊富です。また体は浮力が体重と釣り合っているため支える力はいらないので、とても楽な生活に見えます。けれども水中で生きていく動物にも、ここに挙げたような苦労があります。
水中でも空気中でも動物が生きていくのは大変だということでしょうか。

参考文献
魚類生理学の基礎 恒星社厚生閣 2013年
魚類の体液調節のしくみ -海水環境への適応機構-
(https://www.saltscience.or.jp/symposium/2-takei.pdf)
サイエンス 2015年5月15日
(http://www.sciencemag.org/content/348/6236/786)
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水中の動物たちの呼吸1

2021-05-07 23:00:00 | 日記
水中の動物と酸素1

これからしばらくは水中の動物たちの呼吸についての話です。

海の動物の代表といえば魚ですが、魚はとても効率のいい呼吸器官のエラ(鰓)を持っています。どれほど優れているかというと、エラを通った水の中の酸素の70~80% を吸収することができるのです。
具体的な例を挙げると、川の水(25℃)は1リットルに6mlの酸素を含んでいます。 500gのコイでは毎分約200mlの水がエラを通るので、酸素吸収率が80%とすると毎分約1mlの酸素を吸収できることになります(6ml×0.2リットル×0.8=0.96)。
もし、重さが100倍ある50kgの魚がこれと同じ機能と効率のエラを持っているとすれば、吸収酸素量も100倍になり、毎分100ml吸収できます。
ヒトと比較すると、ヒトの安静時酸素消費量は毎分約200mlなので、その半分を水中から吸収できるほど優れた呼吸器官です。

今回はいくつかの海の動物たちが持っている酸素吸収の仕組みとエラの萌芽的な器官について概観してみます。
(なおここの動物の事例の大部分はフィンガーマン比較動物学1982からの引用です)

<ナマコは肛門で息をするー魚以外の海の動物たちの呼吸戦略―>
○海綿やイソギンチャク、クラゲ(刺胞動物)たちは体表から吸収している。
これらの動物はほとんど運動しないので酸素必要量が少なく、また、重さに対して表面積が大きいので酸素はほとんど体表からの吸収で十分です。
例えば、海綿(スポンジ)は餌となる有機物を捉えるために体の中にたくさんの窪みや水路を造って海水を流していますが、そのために体が新鮮な海水と接する面積が大きくなって酸素の吸収も十分にできます。

○ナマコ、ウニ、ヒトデ、等々(棘皮動物)は呼吸専用の器官を持った。
体表から海水中の酸素を取り込むのは共通しています。
・ナマコは肛門の内側に一対の海水を流し込む樹状の管(呼吸樹)があり、体の中に延びています。肛門の開閉と呼吸樹の収縮がポンプとなって新鮮な海水を交換して呼吸樹から酸素を吸収しています。

・ウニには口の周囲に体壁が薄い袋状になった器官がありここからも酸素を吸収しています。
・ヒトデは表皮の一部が指状に突出した皮䚡といわれる呼吸器官(まるで髭のようです)を持っていて、体の表面積を広げています。

これらの水棲動物は比較的運動量が少なく酸素消費量も小さいのです。それでも体表を通して水中の酸素を体内に浸み込ませる(拡散する)だけでは必要な酸素を吸収できない場合には、体の中に窪みや管をつくったり、ひげのように体を変化させたりして、表面積を大きくして新鮮な海水から酸素を吸収する進化が生じています。動物の体は必要に応じて様々な形と機能を持つように変化できるのでしょう。
活発な運動をする魚のような動物では、大量の新鮮な水から血液へ酸素が効率よく吸収される仕組みが必要となります。

<排水口がエラに!>
○魚に進化する前
海底の砂の中にすむ数センチから数メートルの細長いギボシムシ(半索動物)は、砂に付着した有機物を食べるときに大量の砂を口に入れます。有機物を粘液に付着させて消化管に送って、砂は排泄して、吸い込んだ水を咽頭にあいた隙間(咽頭裂)から排出しています。また水中を漂う餌は口の周りにある繊毛を動かして水流をつくって口から咽頭に送り、有機物は消化し、水を咽頭裂から排出しています。
このように、咽頭裂はえさをとるときに一緒に吸引した海水の排泄口の役割が主でしたが、新鮮な水流が集中し絶えず流れるので酸素を取り込む働きを持つようになったと考えられています。

○魚類の祖先:ナメクジウオの咽頭
ギボシムシよりも進化したナメクジウオ(脊索動物)では咽頭の前方にある繊毛の働きで浮遊する餌粒を咽頭に送ってそこの粘膜板で捕らえます。同時に吸い込んだ大量の水は咽頭内の血管網を流れるときに酸素を血液に渡して䚡裂から排泄されます。これは魚のエラへの進化の途上にあるようです。

〇魚類のエラはこの䚡裂を縁取る壁が折りたたまれ、毛細血管網を備えるように発達して、血流と水流が十分にガス交換できるように進化したと考えられています。

海の動物たちの体が酸素需要に応じて柔軟に構造と機能を変えています。太古の動物たちの持つ様々な萌芽的な呼吸器官が永い進化の中で試行錯誤してエラに変わっていった様子が思い浮かぶようです。

参考文献
フィンガーマン比較動物学(培風館1982)
Nature 2015年11月18日号
魚類生理学の基礎(恒星社厚生閣 2013)
wikipedia原索動物、ナメクジウオ
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低酸素への適応ーその5

2021-02-27 12:00:00 | 日記
低酸素への適応-その5 

◯哺乳類は低酸素へ適応する可能性を持っているようだ!
生きるためには、酸素、水、ブドウ糖や蛋白質、脂肪、塩類、などが必要です。これらのほとんどは数日以上欠乏しても命に危険はありませんが、酸素だけは別で、数分間吸収できなければ意識を失い、死に至ります。
一方これまでみてきたように、ヤマネ・クマなど多くの冬眠動物、ハダカデバネズミという地下生活する齧歯類、クジラやアザラシといった水棲哺乳類達、このように多くの種類の動物が長時間あるいは長期間少ない酸素しか使わずに生きることができます。私たち哺乳類には低酸素の環境に対する潜在的な適応能力があるように思えます。
なぜ水や他の栄養素と同じように、酸素も数時間、数日間無くても生きられるように進化しなかったのでしょうか?

◯何で酸素は蓄えられないの?  酸素はいつでも沢山あった!
単細胞が酸素を使ってエネルギー(ATP)を作るには、酸素濃度が0.2%以上(パスツール点)必要です。約25億年前に現れた「ラン藻(シアノバクテリア)」が水と二酸化炭素から酸素を作り始めて数億年が経って、大気中の酸素濃度がこのレベルになると、この豊富な酸素を十分に利用できる真核細胞(細胞に核を持つ)生物が繁栄するようになりました。
7億年前になると再びラン藻の活動が活発になり更に酸素濃度が上がりました。約5億年前の古生代以降は植物の光合成も加わって、現在まで酸素濃度は13~35%と高濃度が続いています。この間に真核細胞から多細胞生物、そして魚類が生まれて、以後、海と陸で、軟体動物、昆虫、両生類、は虫類、哺乳類、鳥類と多種の生物があらわれてきました。
この様に、単細胞生物から現在の動物まで、20億年という永い地質学的時間では、常に豊富な酸素のある環境が続いていました。水や食べ物が不足することはあっても、酸素だけは常に利用できたのです。
そのために、水中や陸上、高地といった様々な環境で、効率よく酸素を吸収できるようにエラや、肺(哺乳類)、側気管支肺(は虫類・鳥類)を作ってきましたが、水や食べ物のように体内に貯蔵する必要はなかったのでしょう。
体は元気だけれど、ただ酸素だけが足りないという状況は、冬眠動物や水棲哺乳類などの祖先以外には起きなかったのでしょう。
そして、特に厳しい状況にいたクジラたちは、5000万年の間に陸上動物の2倍ほどに貯蔵酸素を増やし、それを有効に利用するエネルギー代謝の変更、血流の再配分、低酸素障害でおきる炎症の抑制、と変わってきました。酸素を1時間分貯蔵する代わりに消費量を抑えるように体を作りかえる進化をえらびました。
酸素を大量に蓄えるのは生物にとって危険なことなのかもしれません、あるいは5千万年という時間は、現在のHbやMbよりも大量の酸素を貯蔵できるタンパク質を生み出す進化が起きるには短いのかもしれません。

◯ 20世紀に始まった宇宙への進出は、5000万年前に似ていませんか!
この時代、私達はまさに酸素の全くない宇宙空間へ進出しようとしています。
それは、かつて陸棲哺乳類の一部が海に帰り、陸上に比べるとはるかに酸素の乏しい環境へ適応してクジラやイルカ、アザラシとなっていった約5000万年前の新生代/始新世という地質学的時代に重なる様に思えます。
遠い将来、私達が宇宙に広く展開していく時、今より遙かに精巧で巧妙な酸素供給機器を創って、無酸素という危機を乗り越えていくのでしょうか。
それとも幾世代もの酸素欠乏や、窒息の危機に曝された後に、再びクジラに起こったように酸素貯蔵量を増やし、循環血流を変化させ、エネルギー代謝経路を変更し、活性酸素を制御して無酸素への耐性を持つように適応・進化していくのでしょうか。
その時には酸素の供給が絶たれたあと、絶食や絶水と同じ程度にしばらくの間は生存が可能になって、窒息死は避けられるかもしれません。
その意味で、宇宙に進出してゆくこの時代は私達ヒトあるいは陸棲哺乳類にとって、第2の“海への回帰”に思えます。
*********************************************************************
と、ここまで書いたところで、新しい報告が入ってきました!
マックスプランク研究所から、2021/2月の専門誌(GBE)に発表された研究。
アンデス山脈の先住民ケチュア族は代々3000mの高地という低酸素の環境に曝されてきた。その環境が、低酸素への適応に関連する遺伝子を活性化あるいは不活化する変化(メチル化)を起こすことがわかりました。この不可逆的な変化で、ヒトは遺伝子の変化よりもはるかに迅速に困難な環境に適応できることが示されたということです。
 (素晴らしい!)
やはり、哺乳類は低酸素耐性への進化の可能性を残しているようです。

参考文献
・生物学事典 岩波書店 2013年
・地球惑星環境進化論 第1回、2回日本惑星科学会誌2013
・クヌート・シュミット-ニールセン 動物生理学第5版 東京大学出版会2007年 
・ピエール・ドジュール. ヒト呼吸機能の進化の生物学的背景 真興交易医書出版1983
・Childebayeva. GBE, 01 Feb 2021, 13(2)

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低酸素への適応-その4

2021-02-03 00:00:00 | 日記
低酸素への適応―その4
前回でみたように、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物は、血液や筋肉、肺の中に貯めた酸素の量から推定される潜水時間よりもずっと長く潜水を続けることができます。
ヒトが同じように限界までの潜水を行えば(1)低酸素症による内臓障害がおきて、(2)肺損傷と浮上時の減圧症も合併して、悲惨な結果となります。
そこで今回は、酸素欠乏や深海の圧力で起きる障害と、それを乗り越える潜水動物の戦略について解ってきたことを要約してみましょう。
(1) 低酸素症と臓器障害について
陸上の哺乳動物が限界を超えた潜水では何がおきるでしょうか。
潜水反射で脳と心臓以外の臓器への血流はほとんどなくなります。この様な酸素が使えない状況では、細胞内とミトコンドリア内に活性酸素(過酸化水素など)が増えて細胞が死滅していきます(低酸素症)。
さらに、水中から浮上して呼吸をすると酸素を含んだ血液が、酸素の欠乏していた臓器に再度流れ始めます(再灌流)。この再灌流により内臓の血管壁にも活性酸素(過酸化亜硝酸など)が発生して血管が傷害されます。同時に血管の細胞(内皮細胞)に炎症を強める様々な物質が発生して、白血球などの炎症細胞が内臓に侵入するようになります。すると臓器の中で更に炎症が起きて、障害が進行していきます。これが再灌流で起きる臓器障害です。
しかし、クジラやアザラシなどの潜水哺乳動物では潜水が始まると、炎症を抑制する遺伝子や活性酸素を抑える坑酸化遺伝子などが活動を始めます。そのために低酸素症の発生を遅らせて、再灌流による臓器損傷がおきるのを防いでいます。
(詳細は、転写因子Nrf2、HIF1の活性化とCAM、SECRETIN、NF-ΚBなどの抑制、を検索)

(2) 肺損傷と減圧症について
 水中では10m潜る毎に1気圧の圧力が増えるので、例えば1000mの深海では100気圧以上になります。この時、肺の中に空気があればその高い圧力で肺はひどく損傷します。またそれに耐えたとしても、高圧の窒素が血液に溶け込むために、浮上するときに気泡となって血管を詰めてしまう潜水病(減圧症)となってしまいます。
 しかし、クジラなどでは深海へ潜っていくときに、横隔膜が上がり、柔らかい肋骨も胸腔を縮めて肺が圧縮されていきます。そのため肺の中の空気は気管や気管支に移りますが、更に潜って圧力が高くなると気管もつぶれるので、空気は頭の骨の中にある気道にたまるようになります。この結果、肺内に空気はないので、肺胞、肺組織は壊れません。また肺から血液中に窒素が溶けることもないので、再浮上時の減圧症も起きないのです。
 また、空気が抜けて虚脱した肺を元通り膨らませるには肺胞にサーファクタントという物質が必要で、すべての哺乳類が持っています。潜水動物ではこのサーファクタントが陸上のほ乳類よりも肺の膨張を容易にするように進化していました。

これまで調べたように、海に住む哺乳類は、5000万年の進化の過程で、酸素を貯める量を増やし、エネルギーの使用を減らし、乳酸をエネルギーとして利用し、徐脈と血管の収縮により重要臓器を守って、低酸素と再灌流障害や炭酸ガスの蓄積に耐え、高圧から肺を守る、という様に外形や生理的機能、細胞内の代謝を変化させて高圧力と低酸素の水中に適応してきたのです!  哺乳類の進化の多様性が素晴らしいと思いませんか!
参考文献
Kaitlin N. A. Front Physiol. 10: 1199, 2019(総説)
Butler, P.J. Physiol. Rev. 77: 837,1997.(総説)
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