年金積立金、6兆円増の132兆円 運用好調で
13年度決算、2年連続で残高増える 2014/8/8 20:28
素材抜粋 2002/02/17
ニューヨーク流 たった5人の「大きな会社」
神谷秀樹『ニューヨーク流 たった5人の「大きな会社」』
亜紀書房 2001年6月
ニユーヨークを拠点に、大西洋や太平洋を跨ぎ推進している、技術を主体とした投資銀行業務を我々は「グローバル・テクノロジー・アービトラジー」(技術の国家間裁定取引)と呼んでいる。発明された技術が、発明家自身の所在国に囚われずに、その技術に相応しい事業家の場を求め、国境を越えて移動するようになったのである。
それでは知的資産を持つ個人と大企業がいれば事足りるのであろうか。もう一つ大事な要素が必要である。それは、知的資産を持つ個人と大企業とをオーガナイズするプロデューサーである。
なぜなら当社は「他人に雇われたくない人」、裏返せば、「自分が自分の雇い主」でありたい人が、気持ち良く働ける場として経営しているからである。
そこで私が考えたのは、現金で頂戴する手数料は抑制し、その代わりにワラント(株式を一定の価格で購入する権利。従業員のストック・オプションと同様)であるとか、将来ライセンス先が支払ってくれるロイヤリティー(特許料など)の一部を「出世払い手数料」として頂戴するシステムである。
ワラントから出てくる利益は資本市場がもたらすものであり、ロイヤリティーは消費者への売上げから出てくるものである。いずれも「市場」が支払ってくれるものであり、ベンチャー企業の懐のなけなしの財布から支払って貰うものではない。
このように規制の改正とスいうのは、常に実態の後追いである。言い換えるならば、市場の改革とは政府が与えてくれるものではなく、自ら生み出すべきものなのである。ウォール街の者は常にそういう気概を持って生きている。
私は今、大量失業時代を迎える日本で解雇されるサラリーマンや、定職を持たないフリーターが小さいながらも一国一城の主として自立することを支援する金融、自営業者の日々の資金繰りを手伝える金融、老後の年金づくりなどのサービスを必要とする人々の役に立つ金融など、「需要家起点」の金融サービスの構築を、趣旨に賛同してくれる経営者を見出し、実行に移してみたいと考えている。
今までの日本の教育サービスは完全に供給者起点で国民に提供されてきた。誰もが文部科学省検定の教科書を使い、同じく同省の指導要領に則って公立・私立にかかわらず画一的な教育がなされた。丸暗記が中心のこのような教育は、全員一緒に並んで田植えをする農民、一緒に行進して鉄砲を撃つ兵隊、ベルトコンベアーの横に一線にならんで自動車を作る工員を、均一に大量生産するのには向いていたのであろう。
そしてツイン・ピークスという丘の上に案内し、サンフランシスコの夜景を楽しんだ後に、彼の家へ向かった。朝が来て、その窓から見たティプロンの景色は、この世のものとは思えない、それは美しいものだった。こんな豊かな環境に住める人がこの地上にいるのだ、と正直感激した。
「僕にはエゴもあるし、金持ちになりたいという欲もある。僕のエゴとは、我々の経営哲学を貫いた上で、結果大金持ちになることではじめて満たされるもので、経営哲学を曲げて金持ちになってもまったく満たされない。だいたい我々の今日までの成功は小さいながらもこの経営哲学に従って仕事をしてきたから生まれたもので、経営哲学を捨てるということは自殺に等しい。韓国の仕事で言えば、ゴールドマン・サックスもメリルリンチもみんなサムソンやLGで商売を獲得するのに必死だ。彼らは2000ドルのスーツを着たMBA(経営学修士号を持った人々)を10人連れてプレゼンテーションに来る。それに対して僕が一人で行ってどうして無競争で仕事を貰ってこれるのか。これはここ6年間、当社の経営哲学を宣教師のように語り続けてきたからだ。我々が大手投資銀行のように、長期的な関係作りより目先の取引を起こすことに重きを置き、単にお金儲け走って同じことをするならば、勝ち目はない。我々は戦い方が違う。だから勝てる。我々にとっての最高の武器は我々の経営哲学だ」というのがジェフリーの弁である。
(以下略)