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氷月神示 黄煙の75

国之常立神より皆様へ

わしからも言わせてや
これにはトリックがあるのや
…わしは人に啓示を与えることがアル
未来に自分が何をするかを決めて、それに合うように、先に前もって、誰かにインスピレーションを与えておく
すると、絵描きなら絵、作家なら文章に、そのイメージを入れてくれることがある?かもしれなイ?
今の場合、私が飛騨 翠さんのイメージに合う絵本が欲しいなあ、と思う
するとあら不思議、どなたかが敏感に察知して、作品にしてくれる?かもしれなイ?
いきなり信じんでもイイデ、世の中わからンことだらけやさかイ、仮の話と、とっといてや
ただ、ご興味のある人は、「ソーダそうだ」の絵を見てみてな、
かわいいヤロ、そやけど2年前の作品や
つまり、わい?が2年前に絵本、欲しいなア、と思たことに?なる
その時から、いずれ書き手のヒヅキさんにブログを作ってもろて、
ある日そこで「エデンの園」について語るために、その絵本をベースにして、「緑のソーダ水=翠さん」のしゃれ等を考えようとしていたことになる…
しかも、「来門」のしゃれも入れたいから、出版社まで限定?してるわな、
長期計画?やな……
でも、普通の人間に、そんなこと、可能やろうか? 考えてみてな
そして、ただの偶然やと思うても、ええんやで
その方が、脳が受け入れやすいやろうカラ

…それからな、「飛騨」(=飛ぶ馬)や、「翠」(=緑のソーダ水) という暗示がその絵本にはあっても、「弥勒」という言葉の暗示は、どこにも直接無いやないかい、と思う方のために、お答えしよう
昔、天にいた大きな幽体のイブから取り出された小さな分けみたまが、インドでミロク青年に生まれ、お釈迦様の弟子になって早くに死んだ
その後、ミロクの魂は天に帰り、5才の幽体に戻されてから、又母体である大きなイブの気のもやの中に戻されて融合し、ずっと後に転生して翠さんになった?とは、前に語った

ところで、よそで語ったことがあるのだが、
インドのミロク青年は、弟子入りして12年後に、小山の上で1人座って瞑想している最中に、心臓発作で死んだ
身体が冷えていて、明け方に日の出を見ると同時に、美しいと思いながら、死んだのだ
もちろん、この様子は仏典には出ていない
私とミロクが知っていることだ
絵本を見てほしい
山の上に立つ象は、背中にソーダ水のグラスを乗せ、天にある大きな太陽が嬉しそうに大きなストローでグラスから、緑のソーダ水を飲み上げている
つまりだね、この絵はミロク青年の臨終の様子を表しているのだ
この場合の象とグラスは、ミロクの肉体だ
太陽に飲み上げられるソーダ水は、ミロクの幽体だ
太陽=大日如来は、臨終のミロクの肉体から、ミロクの幽体(=緑のソーダ水)だけを吸い上げて、天に戻す
よく帰ってきたねと、喜んで迎え入れるのだ
ね? 合っているでしょう
ま、これも偶然かな

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