自然の中を散策!な日々

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神山 ・ 御岩山登頂 ( かびれ之高峯 )

2015年05月06日 | 日記
神山・賀び禮山(かびれさん)
古代より信仰の山として祀られ祭祀遺跡が発掘されており
中世より修験の山としてさかえ山伏など信仰者が登拝した。

御岩神社は、何度か参拝してますが、
山頂まで登るのは 15年ぶりになります。


戦前の茨城四十五景、戦後の茨城百景の一つで海抜492メートル。


賀び禮の高峯は古称で今の御岩山です


賀び禮神宮(かびれじんぐう)
御祭神
天照大神(あまてらすおおみかみ)
邇邇藝命(ににぎのみこと)
立速日男命(たちはやひをのみこと)

宮司さんから聞いた話によると、
先代の宮司さんの頃に
かつて、(アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル氏)が
「宇宙から地球を眺めたときに、1か所ものすごく光って見える場所があって、
その緯度・経度を計測してみて、後日来日し訪ねて来た」と言っていました。
それが、この御岩神社のある場所だったそうです。


日本人初の女性宇宙飛行士である向井千秋さんも、
スペースシャトルに乗って宇宙から地球を眺めたら
「日本に光の柱が立っていて、その場所を調べてみたら日立の山の中だった」
と言っていました、その場所が御岩神社だといわれています。

茨城県日立市にある『御岩神社』(おいわじんじゃ)は
御岩山『賀び禮山』(かびれさん)の中腹にあるのですが、
この山全体がご神域となっていて、拝殿周辺のエネルギーがものすごく、
パワースポットとしても優れているようです。


徳川光圀公が
明暦3年2月11日 奥宮である『かびれ大神宮』にて
「大日本史」編纂の祈願「筆初めの儀」を行ってます。

「大日本史」は凄い歴史書で、『NHK歴史秘話ヒストリア』でもやっていましたが、
光圀公が、火事で大事な書物が燃えて無くしてしまった事で
各地に残る書物も無くなって わからなくなる前に、
集めて編纂しようと、(助さん・格さん)と共に
250年という永い年月をかけて徹底的に検証し作り上げた歴史書です。

歴史家の方々も認める かなり信頼できる本のようです。



山頂にある祠と光の柱。

立速日男命(たちはやひをのみこと)

〔後ろの石柱は光の柱〕

かびれ山には天津神がおられ、名を立速日男命(たちはやひをのみこと)と申し上げ、
またの名は速經和氣命(はやふわけのみこと)である。

もとは天より降りられて、すぐに松沢の松の木の八俣の上にお鎮まりになられた。

この神の祟りは非常に厳しく、人が向かって大小便でもしようものなら、
たちまち災を下し病にならせたという。

このため付近の住人は常に苦しみ困り果て、
その状況をつぶさに朝廷に申し上げたところ、

片岡大連(かたおかのおおむらじ)を遣わされて謹んで祈り奉り

「今おられるところは、民が近くに住んでいるので、いつも不浄でございます。
おられるには相応しいところではありません。
どうかこの様な地からお移りになられて、高い山の清浄な場所にお鎮まりください。」
と申し上げたそうです。

神はこの願いを聞き届けられ、遂にかびれの峰にお登りになられました。



かびれ山頂
山頂奥の宮の岩場などから古代縄文人が神々を祀る祭祀遺跡等が発掘されてます


至る所に奇岩怪石がそびえたち変化に富みその異観に驚かされます。


かびれ山頂 
立速日男命(たちはやひをのみこと)が鎮まる山頂奥の宮付近


かびれ山頂付近
脇道に入れそうな所が幾つかありますが、
宮司さんによると、最近二度ほど ちょっとした遭難があり
救助ヘリが出動したらしいです。
(大した事じゃなくても連絡があれば、出動するようです!)

迷惑をかけないよう決められた注意事項は守る様にしましょう。








八大龍王神 ・入四間不動明王
御岩神社の裏手にあり、これより奥に進むと賀び禮(かびれ)神宮があります。


御神木・天然記念物 三本杉

幹周囲9メートル、高さ50メートル、推定樹齢600年だそうです.
(県指定天然記念物、林野庁 全国「森の巨人たち百選」茨城県で唯一選定)

昔 この木の三叉のところに天狗が棲んでいたという伝説があり、
 「天狗杉」の異名をもちます。


『御岩神社』
御祭神
国常立尊(くにとこたちのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)
伊邪那美尊(いざなみのみこと)
大山祇神(おおやまつみのかみ)
 ほか21柱

御岩山総祭神 188柱

 
『古事記』和銅 5年(712年)『 日本書紀』養老 4年(720年)
と並ぶ、我国最古の地方誌
『常陸國風土記』養老 5年(721年)に

「浄らかな山かびれの高峰に天津神 鎮まる」
とされる事から、古代より信仰の聖地でした

天津神は天(高天原)に住む神で、地上にいる土着の神が国津神です。


 狛犬(阿形)向かって右

狛犬は、 向かって右が「獅子」、
向かって左が「狛犬」だそうです。

獅子は口を開けており(阿形)、狛犬は閉じていて(吽形)。
また、狛犬は角を持っていたようです。

今は、角が無いものもあり両方共 狛犬と呼ぶようです、
御岩神社も角がありません。
諏訪大社 上社前宮の狛犬は角がありました)。
(出雲の日御碕神社(ひのさきじんじゃ)の狛犬は両方)


 狛犬(吽形)向かって左

狛犬の形態(獅子 + 狛犬)が定着したのは
平安時代(『枕草子』『栄花物語』等に登場)だとされ、
それ以前は獅子で、左右の姿に差異はなかった様です。

宮中の御帳の鎮子(重し)として使われていたものが、
神社で神前を守護する像として置かれるようになりました。
高貴な存在の前衛という思想に由来すると思われます。

現在では両者を併せて狛犬と呼ぶのが一般化している様です。


この狛犬(吽形)は角がありません。
よく見ると鬣(たてがみ)を銜え(くわえ)ていますね。


 狛犬(吽形)
狛犬は最強の魔除けと聞きました。




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