強い心と忍耐。
明日は・・・輝いて欲しい
青空の下で、満面の笑みでサポーターにサインをしながらクラブハウスに戻ってくる姿は、トレーニングウェアに刻まれるエンブレムが変わっても同じだった。
浦和レッズから大宮アルディージャに昨季移籍した加藤順大にとって、プロサッカー選手として初めての経験となる古巣との対決『さいたまダービー』が5月8日に迫ってきた。
浦和と大宮は、古くから地域同士がライバル関係にある。それこそ、県庁所在地は浦和で、新幹線は大宮に止まり……と、その対抗意識は根強い。それがさいたま市に合併されたことで、同じ市のチーム同士になった。その距離感からも歴史的経緯からも、日本でも有数の“ダービーらしいダービー”だと言える。
「アルディージャに移籍が決まった時から、もちろんダービーを戦うことは目標でしたからね。J2からJ1に上げなくてはいけなかったんだけど、レッズとやりたいとは思っていたんで、いよいよかなと。昔から気が知れていて、普段は仲間で、今度は対戦相手。不思議な感じになると思いますね」
忘れられない2006年、埼スタデビュー戦。
加藤は2000年にユースチームへ加入して以来、14年間にわたって浦和レッズのユニフォームを身に着けていた。デビューは'06年のヤマザキナビスコカップグループリーグ第6節の横浜F・マリノス戦。「予選突破が決まっているのに4万3000人が入って、鳥肌ですよ。絶対にレッズでレギュラーを獲ってやると思った」と、ホームの埼玉スタジアムで4-2の勝利を収めた試合が忘れられない記憶だ。
浦和では、「移籍してきた選手は最初に順大と仲良くなる」といわれる兄貴分だった。'14年に大宮から移籍加入した青木拓矢は、プレシーズンに腎損傷の重傷を負い自宅療養を余儀なくされたが、「クラブの必要な書類をわざわざ家まで届けてくれたこともありますよ。本当に世話焼きというか、優しいですよね」と当時を懐かしんだ。誰からも信頼される人間性の持ち主で、選手会長も務めていた。
そんな加藤だが、実は大宮地区との縁が深かった。中学の途中からは大宮FCに所属し、浦和ユースでプレーしながら通っていたのは大宮東高校だった。そうしたこともあり、西川周作の加入から出場機会が減少していた'14年オフに下した移籍の決断に迷いはなかったという。
「ダービーなんですよ。要はそこなんです」
「大宮からオファーが来たという瞬間に、何も迷わずに決めました。逆に面白いなと思いましたよ。自分が育った場所だし、昔から知っているわけじゃないですか。これは縁だなと。行くしかないという気持ちになりましたね。契約に関する話は細かいことがあるものですけど、その前に『行きます』と言っちゃいましたからね」
サッカーから離れた時間を長く過ごした大宮の街だが、それを境に加藤を取り巻く状況も少し変化したのだという。加藤は「実はね」と含み笑いしながら話し始めた。
「中学、高校から大宮で知っているお店が多いわけじゃないですか。僕がアルディージャに入った瞬間に『隠してたんだけど、やっと応援できるよ』と言われて、その店の方が大宮のサポーターだったことが結構あるんですよ。急に、大宮を前面に押し出してくるんですよね。個人として応援してくれていた人が、今は全てを応援してると言ってくれて、面白いものですよね」
現在浦和は、リーグで1試合消化が少ないにもかかわらず首位を走っている。昨季にJ2を優勝して1年でJ1に復帰した大宮は、加藤がスタメン出場し始めた第5節のジュビロ磐田戦から6戦無敗の5位。勝ち点4差の上位対決としてこのダービーに臨むことになった。
「楽しみな気持ちが強いですよ。よく、ウメちゃん(梅崎司・浦和)とも食事に行くけど、絶対にノブちゃん(加藤)から点を決めるからとは言われます。でも、意外と冷静ですね。試合前も普段どおりでいたいですし、あまり考え過ぎても良くないです。浦和は今、首位のチームですし、僕らはJ2から上がってきてチャレンジャー。ただダービー、なんですよ。要はそこなんですよね。絶対に負けられない」
大宮守備陣の強みは、相手に合わせられる。
浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督による戦術も熟知している加藤は、「こういう試合になるんじゃないかっていうイメージはありますよ。ただ、試合前に話せることと話せないことはありますよね」と話す。
一般論としての、浦和がボール保持率を高める展開になってということではなく、味方に伝えるのはもっと細かい部分だ。しかし、大宮の守備陣はそのアドバイスを生かす能力があると信頼感を語っている。
「まずはディフェンスがしっかり耐えることかなと思います。うちの強みは、相手に良い意味で合わせてしっかり守れることですよ。相手に合わせるという言葉には、あまり良いイメージがないじゃないですか。ただ、相手の攻撃陣やキーになるところを潰すという意味では長けていると思っています。守備陣と、僕の感覚は似ているのですごくやりやすいですよ。思ったように、勝手に動いてくれるというか(笑)」
浦和サポーターへの心残りを解消する日に。
そして、熱狂で包み込むサポーターとスタジアムにも思い入れが強い。なにしろ、大宮のホームであるNACK5スタジアムは、同じサッカー専用でも埼玉スタジアムよりさらに観客席とピッチの距離が近い。ゴールキーパーは、試合の中で半分ずつ味方と相手のサポーターを背中にすることになる。
「アットホームさが大宮の良さですよね。距離感が埼スタとは違うので、ホーム側は最高ですよ。もう、名前が大宮サッカー場のときから大好きですよ。レッズ戦がどうなるかは分からないですけど、アウェーチームのサポーターから激しいヤジを飛ばされることもあるから慣れてますよ。『レッズをクビになったんだろー!』って声が飛んできたこともありましたからね(苦笑)。昔はそういうのが嫌だったんですけど、今は受け流す余裕がありますよ」
それでも、浦和のサポーターに対しては一つだけ心残りがあるのだという。それは、'14年の最終戦の時点では移籍が決まっていなかったため、「試合は目の前の相手に対して100パーセントをぶつけるんですが、きちんと挨拶をしたいです。自分からお別れも言えていなかったので、試合の後に挨拶させてもらいたいなと思っています」と、真っ赤になるであろうアウェー側のゴール裏に向かい、その気持ちを伝えたいのだと話した。
「僕が現役を引退する時にも、話題になること」
30歳を迎えてから初めての移籍を経験し、初めての古巣対決を迎える。加藤は、自分のサッカー人生にとっても大きな節目の1日になると気持ちを高めている。
「ダービーだから、どんな試合でも勝たなきゃいけない。その気持ちのぶつかり合いですからね。レッズのときから、ダービーに勝ちたいという気持ちは強かった。サッカー選手の加藤順大としては古巣のレッズと初めて対戦する日ですから、自分の中での財産になると思っています。僕が現役を引退する時にも、必ず話題になることだと思っていますから、きちんと記憶に残したいです」
今まで頼れる存在だったサポーターを背中に回し、仲間として戦ってきた選手たちの攻撃を阻もうとする。それでも、一戦必勝を心に決めて臨んできた姿勢は変わらない。熱く燃えるダービーの結末は、加藤の心にどのような痕跡を残すのだろうか。