トマ・ピケティの新資本論が議論を呼んでいる。
小生も購入してみたもののまだ読み切っていない(なにせ、細かい文字で700ページもある)
身近なところから問題提起してみたい。
今年、2015年は日本国が初めて戦争に負けてから70周年になります。
70年というと、世代間では2世代から3世代になるところだろうか。
ご存じのように、日本の都市という都市はアメリカ軍の空爆で大半焼かれました。
東京、大阪、名古屋、北九州。広島、長崎は原爆で一瞬にして破壊されました。
あたり一面焼け野原。
焦土と化したのです。
それが、現在ではどうなっているでしょうか?
東京には、大阪には、名古屋には、それぞれの都市には無数のビルがあります。
大企業のビルもたくさんありますが、いわゆる個人会社のビルも無数にあります。
1階を自分の商売に使い、2階からは賃貸で貸し、最上階はオーナーの住まいで使うとか。
小生の会社の舞台である町田市は商都町田と云われるように小売店舗が中心商店街に密集しています。
大型店もたくさんあるし、小型店もたくさんある。
商店街はほとんど空き店舗がありません。
戦いに敗れてというか、お客様の支持を得られなくて撤退する店舗も後が立たない。
しかし、すぐに別の挑戦者が現れます。
だから、
商店街は活性化します
2:6:2の法則で云えば、下の2割はいつも入れ替わり新たな2:6:2の分布になるのだから。
その商店街のビルは誰かの所有物であります。
現在の姿を見ればよく分かります。
自分で商売するより貸した方が楽。
当然のことです。
商売で儲ける厳しさを知れば知るほどオーナー業の方が良いと判断する。
そこで、全国にミニ地主が大量に出来たわけであります。
汗水流して働くというのははっきり言えば「持てない人」の分類に。
「持てる人」は汗水流して働くより、資産をどう活用するか考える方が生産性が高いのです。
成熟した国家ではそうなる。
問題は教育です。
ミニ地主の子供。
いわゆる、帝王学を教えなけれなければならないのだが、親もそういう教育を受けていないので出来ない。
若い時から汗水流して働かなくても収入がある。
するとどうなるか・・・・
楽して一生過ごすことは出来ません。
お金が入るから幸せになるかと云えばイコールではありません。
人間学を勉強しなければいけない。
貧しさの中から生まれるもの
豊かさの中から生まれるもの
遊びやスポーツなどはそういう貴族の遊びから生まれたものが多い。
この問題は簡単なものではないが、現在の日本でも「持てる者」と「持たざる者」がいることは事実であります。
ストックとフローということです。
持たざる者はフローで稼がなければならない。
小生の会社はストックないのでフローで稼せがなければ。
新資本論はストックに対して世界基準で課税しないと格差がさらに拡大するという。
これは難しい問題。
世界といっても制度がかなり違うからね。
アメリカ、英国、フランスでも違うし。
ロシア
中国
日本
かなり違いますね。
日本が戦争に負けて70年経過した今。
格差が生まれているのは事実。(世界の中では格差小さい方)
成熟社会での教育というものが一番大事だと思う。
はっきり云えば、
持たざる者の教育と持てる者の教育は同じでないということ。
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