小生が勝手に尊敬する経営者のお一人です。
現役を引退してからは、ご自身の「ヤマト運輸株」を寄付し(約46億円)「ヤマト福祉財団」を設立。
障害者が健常者と一緒に働ける場作りに尽力。焼きたてパンのチェーン店を展開し、障害者に月給10万円という夢のような事業を成功させた。
宅急便は日本の暮らしを変えました
当時、全国展開するにあたり、運送免許を出さない(何年も放置する)運輸省と戦ったことでも有名です。
新聞に全面広告を出し、国民(消費者)を味方にした議論を展開しました。
小生も陰ながら応援していました。
1976年1月に宅急便は開始したそうですが、初日はたったの11個でした。
数字に裏づけされた「仮説」を立てて臨んだわけですが、運送事業というのは「受注型事業」であって、どこから注文が入るか分からない「見込型事業」はまったく不慣れであったと思います。
役員会で全員反対されたそうですが、当時の常識では当然でしょう。
小倉社長の考えは理解できなかったと思います。
今では国民の「インフラ」になり、なくてはならないものに成長しました。
米も産地から消費地、消費者に送るということもごくごく普通の出来事になりました。
クール宅急便は、全国からの「お取り寄せ」ビジネスにも大きく貢献しました。
お父さんの単身赴任にも、時間指定で家庭の味を送ることもアタリマエになりました。
ゴルフ宅急便も、手ぶらでゴルフに行かれると多くの支持を得ています。
日本を代表する名経営者がひとり人生を卒業されました。
合掌
最新の画像もっと見る
最近の「Weblog」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
2004年
人気記事