約束の谿 その二
ベストの胸ポケットから一枚の写真を出し私に見せた そしてこのS川に私を誘った訳を話し始めたのである。
Kの口から出た最初の言葉は「ここで出会ったんですよ・・・彼女、あやに・・・」
「先輩を前にS川への釣行に誘った時あったでしょう、でもその時先輩はお子さんの具合が悪くてこられなかった時です 僕あの日どうしてもここへ来たくてこっそり一人出来てしまったんです 先輩が見つけた渓なので悪くて今まで言えませんでした
最初のうち岩魚は飽きない程度に釣れました そして水がとても透明で綺麗だし渓相も本当に素晴らしい所だと思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/ea/7a954dbe9575da03c8256f5f45e2553d.jpg)
ところが途中からぱったりと岩魚が顔を見せなくなったんです おかしいなと思いつつも遡行を続けると先行者がいたのです、ちょうどここです この淵で竿を振っていました。
今日の釣果にも満足していたしここで終わりでも良いと思っていましたので僕は少し下流で岩に腰掛けて”彼”の様子を眺めていました
その姿がなんと言うか、うまくこの美しい渓相に溶け込んで雑誌の中の写真を見ているような・・・上手く言えませんが本当にその姿に見惚れてしまったのです。
すぐに上流へ上がって行くのだろうと思っていましたが、この淵から移動しようとしませんでした そのうち僕はその姿に何か違和感を覚えました
僕はその違和感を確かめる為に立ち上がり”彼”の方へと歩き始めました 3メートルの所まで近づきありきたりの言葉で「釣れますか?」と声をかけました
すると私の存在に全く気が付いていなかった”彼”は「キャッ!」と叫び少し飛び跳ねてこちらを向きました そう”彼”ではなくて”彼女”だったのです、そしてこの人があやです。
髪はショートでバンダナを巻き、顔は小麦色に焼け背丈は女性にしては高めで僕より少し低い位
話を聞くとここへは何度も来ていて、前にこの淵の大岩魚がフライに出てきたのを目撃してからこの淵の大岩魚への挑戦が始まったそうです 幾度と無くフライには出てくるのですが口を全く使おうとしなかったみたいです。「私の巻いたフライが下手だからかなぁ」と微笑む口元の笑窪が魅力的でした。
それから少しだけ二人で釣り上がりました でも僕は竿を出さずにずっと彼女の釣りをするのを眺めていました なんとなくその時餌竿を出すのが恥ずかしく思えたのです。
彼女と別れて帰宅すると僕はFFについて勉強しました 先輩に聞きたい事は沢山ありましたが、なんだか恥ずかしいと言うか内緒でS川に行ってしまった事もあり言い出せませんでした。
また彼女に会いたい 僕は買い揃えたばかりのFFの道具を車に積むと毎週のようにS川に通いました そして数週間後彼女に再会する事が出来た時僕は彼女にFFを教えて貰いたいと頼みました 少し戸惑いの表情を見せましたが彼女は了解してくれたのです
ロッドの持ち方や振り方、そしてフライの流し方など分からない事は何でも聞きました 彼女は嫌な顔1つ見せずに笑顔で教えてくれました そしてあっという間に岩魚を釣り上げる事に成功、本当に感動しましたよ 彼女も手を叩いで喜んでくれたのを覚えています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/1c/38d6624d387e5d9ef4cc96409fd2314b.jpg)
その時大げさかもしれませんが、生きていて良かった、生きていればこんな楽しい時間もあるのだと冗談ではなくて本気でそう思いましたから」
「それから何度かこの渓で彼女に会い、そして彼女を「あや」と呼べる仲、そう僕らは付き合う事になりました 二人でいろんな渓に釣りに行きました あやに教えて貰いながら僕も一端のフライマンになっちゃいましたよ」とKは照れくさそうに言った。
Kの話はこれからが本題だった 私をこのS川に誘った本当の理由が明らかになるのである
そんな中あやは体調を崩し病院へ行った そしてある病気にかかっていてこの時余命3ヶ月と診断された 勿論、あや本人とKはその事を知らされてはいなかった
Kは仕事を終えると毎日のようにあやのいる病院へ通った しかし日に日にやせおとろえいくあやの姿を見てるうちに何かを感じ取っていた それはあや本人も同じだったのかもしれない
もう一人では起きられなくなるほど病状の進んだあやはKに「ねぇKくん、わたしもう釣りには行けないかもしれない だからあのS川の淵の大岩魚をKくんに釣ってもらいたいな」と言った(Kとあやは何度かS川に来ているがこの淵ではKは竿を出す事はなかった あやにこの淵の大岩魚を釣り上げて貰いたかったからであった
しかしその大岩魚は何度か姿を現すも全く口を使う事は無く、あやは釣り上げる事は出来てはいなかった)
「そんな事は無いさすぐに良くなるよ もう桜も咲き始めているしもうすぐ渓流釣のシーズンだよ 早く病気を直してまた二人でS川に行こうぜ」とKが言うと「うん、そうなると良いな・・・でもきっとあの岩魚はメスなのかも だから私には釣れないじゃない?Kくんなら男前だからきっと釣れると思う だって私もKくんに釣られちゃったじゃない」とあやはにっこり笑った 更にあやは
「お願いKくん、あの大岩魚釣って見せて、写真だけでいいの それを見たらわたし元気になりそう前よりももっともっと そして元気になったら二人でまた釣りに行こう そうだ、北海道一周釣り歩きなんていうのはどうかしら テントを張ってね」
「よし!わかった俺があの大岩魚を釣って写真に収めてくるよ あと二週間もしたら岩魚達も元気に餌を追う事だろうし そしてあやが元気になったら北海道一周釣り歩きな 十勝川のパワフルな虹鱒、それと知床半島のオショロコマも釣ってみたいなぁ」とKが言うとあやは「楽しみだわ、約束だよ」と言って小指を出した 「ああ約束だ」と言うとKも小指を出しあやの小指に絡めた。
しかしそれから十日後あやは永遠の眠りへ就いた
「僕はそれから何度もこのS川に通いました、そしてこの淵の大岩魚はある時間帯だけ餌を捕食する事を知ったのです だから奴を釣り上げる事が出来るのはこの時間帯だけなんです」
「先輩を誘ったのは僕の決心が揺らがないように先輩に証人になって欲しかったからです」 「決心って?」 「もし今日、この淵の大岩魚を釣り上げて写真に収める事が出来、あやとの約束が果たせたなら僕は釣りを止めようと思います あやとの渓歩きは本当に楽しく幸せで僕にとっては忘れる事の出来ない大切な日々でした」
「でもあやがいなくなった今僕にとって釣りは意味のないものになってしまったんじゃないかと それならいっそのこと釣りを止めようと思いました そんな考えっておかしいでしょうか」
「いや、君がそう決意したらそれで良いじゃないか よし見事大岩魚を釣ってみろ、私がちゃんと見ていてやるから、もしその後釣りをしている事を知ったらその竿を私がへし折ってやるからな」と私が言うとKは「はい」と言ってコクリとうなずいた。
そしていよいよその時間帯だ はたして淵の大岩魚は流れる水生昆虫を追い姿を現すのだろうか
Kはこの日の為に巻いたであろうアント系のドライフライをティペットに結んだ
つづく・・・かな
ベストの胸ポケットから一枚の写真を出し私に見せた そしてこのS川に私を誘った訳を話し始めたのである。
Kの口から出た最初の言葉は「ここで出会ったんですよ・・・彼女、あやに・・・」
「先輩を前にS川への釣行に誘った時あったでしょう、でもその時先輩はお子さんの具合が悪くてこられなかった時です 僕あの日どうしてもここへ来たくてこっそり一人出来てしまったんです 先輩が見つけた渓なので悪くて今まで言えませんでした
最初のうち岩魚は飽きない程度に釣れました そして水がとても透明で綺麗だし渓相も本当に素晴らしい所だと思いました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/ea/7a954dbe9575da03c8256f5f45e2553d.jpg)
ところが途中からぱったりと岩魚が顔を見せなくなったんです おかしいなと思いつつも遡行を続けると先行者がいたのです、ちょうどここです この淵で竿を振っていました。
今日の釣果にも満足していたしここで終わりでも良いと思っていましたので僕は少し下流で岩に腰掛けて”彼”の様子を眺めていました
その姿がなんと言うか、うまくこの美しい渓相に溶け込んで雑誌の中の写真を見ているような・・・上手く言えませんが本当にその姿に見惚れてしまったのです。
すぐに上流へ上がって行くのだろうと思っていましたが、この淵から移動しようとしませんでした そのうち僕はその姿に何か違和感を覚えました
僕はその違和感を確かめる為に立ち上がり”彼”の方へと歩き始めました 3メートルの所まで近づきありきたりの言葉で「釣れますか?」と声をかけました
すると私の存在に全く気が付いていなかった”彼”は「キャッ!」と叫び少し飛び跳ねてこちらを向きました そう”彼”ではなくて”彼女”だったのです、そしてこの人があやです。
髪はショートでバンダナを巻き、顔は小麦色に焼け背丈は女性にしては高めで僕より少し低い位
話を聞くとここへは何度も来ていて、前にこの淵の大岩魚がフライに出てきたのを目撃してからこの淵の大岩魚への挑戦が始まったそうです 幾度と無くフライには出てくるのですが口を全く使おうとしなかったみたいです。「私の巻いたフライが下手だからかなぁ」と微笑む口元の笑窪が魅力的でした。
それから少しだけ二人で釣り上がりました でも僕は竿を出さずにずっと彼女の釣りをするのを眺めていました なんとなくその時餌竿を出すのが恥ずかしく思えたのです。
彼女と別れて帰宅すると僕はFFについて勉強しました 先輩に聞きたい事は沢山ありましたが、なんだか恥ずかしいと言うか内緒でS川に行ってしまった事もあり言い出せませんでした。
また彼女に会いたい 僕は買い揃えたばかりのFFの道具を車に積むと毎週のようにS川に通いました そして数週間後彼女に再会する事が出来た時僕は彼女にFFを教えて貰いたいと頼みました 少し戸惑いの表情を見せましたが彼女は了解してくれたのです
ロッドの持ち方や振り方、そしてフライの流し方など分からない事は何でも聞きました 彼女は嫌な顔1つ見せずに笑顔で教えてくれました そしてあっという間に岩魚を釣り上げる事に成功、本当に感動しましたよ 彼女も手を叩いで喜んでくれたのを覚えています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/1c/38d6624d387e5d9ef4cc96409fd2314b.jpg)
その時大げさかもしれませんが、生きていて良かった、生きていればこんな楽しい時間もあるのだと冗談ではなくて本気でそう思いましたから」
「それから何度かこの渓で彼女に会い、そして彼女を「あや」と呼べる仲、そう僕らは付き合う事になりました 二人でいろんな渓に釣りに行きました あやに教えて貰いながら僕も一端のフライマンになっちゃいましたよ」とKは照れくさそうに言った。
Kの話はこれからが本題だった 私をこのS川に誘った本当の理由が明らかになるのである
そんな中あやは体調を崩し病院へ行った そしてある病気にかかっていてこの時余命3ヶ月と診断された 勿論、あや本人とKはその事を知らされてはいなかった
Kは仕事を終えると毎日のようにあやのいる病院へ通った しかし日に日にやせおとろえいくあやの姿を見てるうちに何かを感じ取っていた それはあや本人も同じだったのかもしれない
もう一人では起きられなくなるほど病状の進んだあやはKに「ねぇKくん、わたしもう釣りには行けないかもしれない だからあのS川の淵の大岩魚をKくんに釣ってもらいたいな」と言った(Kとあやは何度かS川に来ているがこの淵ではKは竿を出す事はなかった あやにこの淵の大岩魚を釣り上げて貰いたかったからであった
しかしその大岩魚は何度か姿を現すも全く口を使う事は無く、あやは釣り上げる事は出来てはいなかった)
「そんな事は無いさすぐに良くなるよ もう桜も咲き始めているしもうすぐ渓流釣のシーズンだよ 早く病気を直してまた二人でS川に行こうぜ」とKが言うと「うん、そうなると良いな・・・でもきっとあの岩魚はメスなのかも だから私には釣れないじゃない?Kくんなら男前だからきっと釣れると思う だって私もKくんに釣られちゃったじゃない」とあやはにっこり笑った 更にあやは
「お願いKくん、あの大岩魚釣って見せて、写真だけでいいの それを見たらわたし元気になりそう前よりももっともっと そして元気になったら二人でまた釣りに行こう そうだ、北海道一周釣り歩きなんていうのはどうかしら テントを張ってね」
「よし!わかった俺があの大岩魚を釣って写真に収めてくるよ あと二週間もしたら岩魚達も元気に餌を追う事だろうし そしてあやが元気になったら北海道一周釣り歩きな 十勝川のパワフルな虹鱒、それと知床半島のオショロコマも釣ってみたいなぁ」とKが言うとあやは「楽しみだわ、約束だよ」と言って小指を出した 「ああ約束だ」と言うとKも小指を出しあやの小指に絡めた。
しかしそれから十日後あやは永遠の眠りへ就いた
「僕はそれから何度もこのS川に通いました、そしてこの淵の大岩魚はある時間帯だけ餌を捕食する事を知ったのです だから奴を釣り上げる事が出来るのはこの時間帯だけなんです」
「先輩を誘ったのは僕の決心が揺らがないように先輩に証人になって欲しかったからです」 「決心って?」 「もし今日、この淵の大岩魚を釣り上げて写真に収める事が出来、あやとの約束が果たせたなら僕は釣りを止めようと思います あやとの渓歩きは本当に楽しく幸せで僕にとっては忘れる事の出来ない大切な日々でした」
「でもあやがいなくなった今僕にとって釣りは意味のないものになってしまったんじゃないかと それならいっそのこと釣りを止めようと思いました そんな考えっておかしいでしょうか」
「いや、君がそう決意したらそれで良いじゃないか よし見事大岩魚を釣ってみろ、私がちゃんと見ていてやるから、もしその後釣りをしている事を知ったらその竿を私がへし折ってやるからな」と私が言うとKは「はい」と言ってコクリとうなずいた。
そしていよいよその時間帯だ はたして淵の大岩魚は流れる水生昆虫を追い姿を現すのだろうか
Kはこの日の為に巻いたであろうアント系のドライフライをティペットに結んだ
つづく・・・かな