こんばんは、大阪住まいの安井ふみです。
昨日から大阪も本格的な冬となりました。
粉雪が時折降り、外出には手袋が必要です。
もう昨日の話ですが、電車を降りホームから一階へぞろぞろ人が降りている中、前を歩いていた男子大学生だかの3人の後ろ姿の足元に急に手首黒色の全体グレーの手袋が現れました。
別に前の3人をじっと見ていた訳ではないのでほんといきなり『ある!』って気がついた感じです。
一階に着いて声を掛けたら、真ん中の男の子のものだと分かり渡しました。
持ち主、見つかってほんと良かったです。
片方だけでは手袋はどうにもなりませんからね。
落とすと本当悔しいです。多分私もこの歳までいくつか落としてはいると思いますが、悔しい思いだけ残してエピソードはしっかり消去しています。
そして考えてみました。
もし落として片方無くしてしまった残りの手袋を神社か何かで、『針供養』ならぬ『片手袋供養』などの儀式などをしてくれたら残念な気持ちは少しは薄れるかなとか思いました。
それに『これからは気をつけよう!』と反省の意味も込められますし。
もう使い道がなくなってしまったけれど、全然使えるモノをポィっと捨てるには私的に抵抗があります。
かと言って、正直いらないし…。
そうだとやはり『片手袋供養』は必要だと思います。
残された手袋もいきなり役目終了でゴミとして処分されるのは辛いでしょうし。
実施時期は冬も終わりを感じる頃にするのがいいと思います。
久しぶり私にしてはいい記事が書けたように思います。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
えっ?そんなうっかりのミスを露呈する儀式、恥ずかしくて誰もそんなの来やしないって?
考えてみれば確かにですね…。