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みなさんこんにちは、平野です。前回はプノンペンの縫製工場で働く女性に聞いた労働条件等についての話をご紹介しました。今回は、児童労働やブローカー、それに村人の彼女らへの視線などについてご紹介したいと思います。聞かせてくれたのは前回と同じく36歳のサニンさんと27歳のクンティアさん(ともに仮名)、それに遊びに来ていたクンティアさんのお母さんです。
【児童労働】
サニン(以下サ)「幼く見える子に年齢を聞いてみたこともありますが、18歳と言いますね。選挙権のカードを持って工場に行くので、子どもはいないはずですが、自己申告ですし、汚職もあるので、実際のところはわかりません」
カンボジアでは、18歳未満は縫製工場で勤務できません。しかし、実際は出生登録をしている人が少なく(最近はPlanなどのNGOと政府の活動の成果で増えています)、自己申告の年齢で書類を作れます。また18歳未満であることがわかっても、お金で解決できる場合もあるようです。別の工場勤務経験者の女性は、同僚の20%程度は18歳未満に見えた、と言っていました。
【人身売買やブローカーについて】
クンティア(以下ク)「買春宿に売られてしまう人がいることは聞いたことがあります」
クンティア母(以下母)「義理の妹がブローカーに騙されました。40ドル取られてプノンペンに連れて行かれたのに、仕事もなく帰ってきたのです。ブローカーは知っている人ですが…争いになるだけで、行っても無駄です。家に帰るお金があっただけよかったです」
ク「情報が少ないので、村の人はブローカーの恐ろしさをあまり知りません」
母「この子の場合はサニンが先に来ていたので安心して出せました」
これまで8月5日から31日までの記事でお話してきた「村の職業斡旋業者」や「安全な出稼ぎ」に関係する言葉がいくつも含まれていると思います。
【村でどう見られているか】
ク「村にはお盆と正月に帰りますが、子どもの憧れを感じますね。肌が白くなるし、都会のしゃれた服を着ているので。もし村の少女が自分も来たいと私に言ってきたらですか?自分の親戚だったらOKです。面倒を見てあげられるので。でも他の子には勧めません。問題があったときに責任を取れませんので」
サ「私は出稼ぎは私で最後にして欲しいですね。将来の保証も病気のときの保証もありません。勉強して、村で仕事を見つけて欲しいです」
母「娘の仕送りで、豚小屋や家の修理などできて助かっています。4~5ヶ月で70ドルから80ドルもらっています。カンボジアでは伝統的には娘は家にいるものなので、昔は縫製工場に出稼ぎに行くと“悪い娘になった”と言われましたが、今では“じゃああの家はお金がある”と思われるようになりました」
今回と前回で、村で縫製工場が憧れの職業であり、そしてそれに関連して人身売買の被害にあってしまう人がいることが背景を含めて改めてご理解いただけたかと思います。では、騙されることなく縫製工場に職を見つけさえすれば、前回お伝えしたように厳しい住環境だったりあるいは仕事が厳しかったりしても、人身売買の危険からは逃れられるのでしょうか。次回はそのあたりのことについてお話したいと思います。
※写真は前回と同じくみなさんの部屋です(別角度)。
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ソーシャルワークの勉強が始まりましたが、クライアントの背景にある文化や習慣の枠組みで問題を捉えることの重要性と難しさを知りました。カンボジアの文化や習慣を理解するだけでなく、その枠の中で、どうアプローチできるかが問われているのかな、と感じました。