日産自動車株式会社は、2019年9月9日、元会長らの不正行為に関する社内調査の報告の概要を公表しました。
「日産自動車株式会社(本社:神奈川県横浜市西区、社長:西川 廣人)は本日、取締役会を開催し、監査委員会より元会長らの不正行為に関する社内調査の報告を受けました。尚、本日報告した調査結果は、昨年10月より外部法律事務所と連携して行ってきたものです。
本報告書では、元会長らによる不正行為を認定しました。なお、社内調査の報告書については、個人情報をはじめ、機密性の高い情報を含む社内資料であり、今後検討していく司法手続きへの影響を考慮し、別紙の通り、概要のみを公表します。」(プレスリリースより)
外部法律事務所と連携したとはいえ、あくまで社内調査であり、独立性が確保された中立的な第三者委員会による調査はまったく行われていないことが注目されます。
日本的な第三者委員会調査が、常にベストな選択かどうかはわかりませんが、検察による強制調査の対象となりながら、それと平行して第三者委員会による調査も行ったすてきナイスグループの例もあります。第三者委員会による調査を行わない理由はと乏しいと思われます。やはり、中立的な立場で調べられると困ることがあるのだとろうと推測せざるを得ません。
「概要のみ」(これだけの大事件なのに4ページしかありません)を公表というのも引っかかります。すてきナイスグループの例では、黒塗り部分はあるにしても、約180ページもの報告書を一般に公表しています。
以下、報告概要の中身について。(コピペ可能となっているのは助かります。)
「カルロス ゴーン元代表取締役会長の取締役報酬開示義務違反
カルロス ゴーン元会長(以下「ゴーン」という。)及びグレッグ ケリー元代表取締役(以下「ケリー」という。)は、2009 年度から 2017 年度まで合計約 90 億7,800 万円につき、これを取締役退任後に受領することとして取締役報酬ではないかのように装うことで隠蔽し、有価証券報告書における取締役報酬として開示する義務に違反した。また、株価連動型インセンティブ受領権(SAR)の行使可能数が確定し、権利の公正価額合計約 22 億 7,100 万円を取締役報酬として開示すべきだったにもかかわらず、あたかも確定しなかったかのように書類を操作して隠蔽し、開示義務に違反した。
(なお、2019 年 5 月 14 日付け訂正報告書により、過去の取締役報酬開示を訂正し、開示すべきであった金額を開示している。また、過去にゴーンに付与し、存続していた SAR については、不正行為の発覚を受け、すべてキャンセルすることを取締役会において決定している。)」
当サイトでも以前コメントしたように、ゴーン氏、ケリー氏らが、取締役会が知らないところで勝手に報酬追加を決めても(「取締役報酬ではないかのように装う」ことをしているのであれば、取締役会は知りようがないし、ゴーン氏に一任していたとされる取締役報酬配分の対象にも含まれていないはず)、法律的には会社にはまったく支払い義務は生じておらず、したがって、そもそも、会計上の費用にはならないし、役員報酬開示の対象にもならないのではないかと思われます。SARに関しては、この報告概要を読む限りでは、西川社長の不正SAR報酬と違って、ゴーン氏には支払いがまだなされていないようです。
「役員退職慰労金打切り支給としてゴーンに支給される可能性のある金額の不正操作
2007 年開催の定時株主総会で承認され、退任時に支給される可能性のある役員退職慰労金打切り支給額が、本来の金額より約 24 億円多かったかのように装う工作をするなどした。
(なお、ゴーンの役員退職慰労金打切り支給については、不正行為の発覚を受け、支給しないことを取締役会において決定している。)」
これは総会承認済みであれば、費用計上が必要ですが、打ち切り時に費用計上しているのでしょうから、それが不当に24億円も多くなっていたのであれば、役員報酬がそれだけ過大に計上されていたことになります。その修正は行ったのでしょうか。
「ケリーの取締役報酬開示義務違反」
(内容の引用は省略)」
「ゴーンの会社資産の私的流用等
ゴーンは、以下を含む様々な方法で当社の資産を私的に流用した。
将来性のある技術に投資するとの名目で子会社 Zi-A Capital 社を設立させ、同社の投資資金のうち約 2,700 万米ドルを、ブラジル(リオデジャネイロ)及びレバノン(ベイルート)所在のゴーン元会長個人のための住宅の購入に流用したほか、会社資金で秘密裏に購入又は賃借した住宅を私的に利用した。
2003 年から 10 年以上にわたり、実体のないコンサルティング契約に基づくコンサルタント報酬名目で実姉に合計 75 万米ドルを超える金銭を支払った。
コーポレートジェットを自身及び家族の私的用途に使用した。
会社の資金を家族の旅費支払いや、個人的な贈答品支払いなどに宛てた。
業務上の必要性がないにもかかわらず自身の出身国の大学への 200 万米ドルを超える寄付を会社資金で行わせた。
2008 年、ゴーンは個人的に締結した為替スワップ契約のもと約 18 億 5,000万円の含み損を抱え、事実と異なる取引内容を取締役会に説明したうえ為替スワップ契約を当社に承継させて、かかる含み損を当社に承継させた(金融当局の指摘を受け、2009 年、当該為替スワップ契約は秘密裏にゴーンの関連企業に再承継された)。
2018 年 4 月以降、三菱自動車株式会社との間で設立した合弁会社から、給与・契約金名目での取締役会決議を欠く支払い合計 780 万ユーロを受領した。」
これらのうち、為替スワップについて、特別背任容疑となっていますが、これも結局日産自動車の損失にはなっていないようですし、そもそもゴーン氏側は取締役会の承認済みで違法ではないといっているようです。また、報酬を外貨で確定させるためだというゴーン氏の主張は完全には否定できないと思います。デリバティブに損が出てから会社に引き継がせたという点は引っかかりますが、会社側は、ゴーン氏への報酬で相殺することも可能だったわけであり、会社に損失を押し付けることを狙った取引ともいえないと思います。
「元会長個人のための住宅の購入に流用」などは、ゴーン氏が自分名義の住宅の購入に会社資金を流用したというのなら、明らかな不正ですが、ゴーン氏の財産としてではなく、会社名義の財産として購入し、役員の福利厚生の一環として貸与していたとすれば、かならずしも不正とはいえないでしょうし、貸与することが不当だとしても、家賃相当額が会社の被害額でしょう。実際、ゴーン氏逮捕後、ゴーン氏に貸与していた住宅は、すべて会社が現物を確保したようですから、購入額全部が不正だというのは、おかしいと思います。
西川社長も、ケリー氏のインタビューによれば、会社に住宅貸与をおねだりしていたそうです。結局、住宅購入と貸与は行われなかったそうですが、ゴーン氏と同じことをやろうとしていたわけです。
その他の事項については、材料がないためコメントはありませんが、ゴーン氏の反論も聞くべきでしょう。「自身の出身国の大学への 200 万米ドルを超える寄付」も、グルーバルな会社としては、そのぐらいのことは認めてもいいのでは。東京大学への寄付なら認めるのでしょうが、レバノンの大学はダメというのは、一種の差別でしょう。
「販売代理店に対する奨励金支払いに関する不適切な行為
ゴーンは、国外の知人から私的な資金援助を得ていることを当社取締役会及び関係部署に秘したまま、当社子会社から当該知人の経営する企業に対し、自身とその直属の特定少数の部下が承認すれば金銭支出が可能となる予備費予算(CEO リザーブ)を使用して、特別ビジネスプロジェクト費用などの名目で合計 1470 万米ドルの支払いを行わせた。また、国外の販売代理店の関係者からゴーン自身又はその関係企業に対して数千万米ドルの支払いがなされていることを当社取締役会及び関係部署に秘したまま、当社子会社から当該販売代理店に対し、CEO リザーブを使用して、販売奨励金名目で合計 3,200 万米ドルの支払いを行わせた。」
この書き方だとゴーン氏と相手先との関係を「当社取締役会及び関係部署に秘したまま」支払いを行ったことが問題であって、支払い自体が違法なものとまでは断言していないようにも読めます。たしかに、それは手続として不備でありだったのでしょう。また、あやしい取引ではあります。ただ、それだけで、特捜部が特別背任容疑で起訴できるほどの根拠になるのでしょうか。
相手先は、ペーパーカンパニーではなく、実際に日産自動車のビジネスを活発に行っている会社であり、奨励金などを支払っても不思議ではありません。支払いの全部が不正なもので、日産の損失になったという証明はなされているのでしょうか。
以上が、ゴーン氏らの不正に関する概要です。
以下、西川社長らも関係する株価連動型インセンティブ受領権(SAR)について。
「社内調査を通じ、ゴーン、ケリーその他の役員への株価連動型インセンティブ受領権(SAR)の行使により支払われる報酬の不正な加算について確認された事実経過は以下のとおりである。
株主総会において、株価連動型インセンティブ受領権(SAR)を取締役に付与し、付与当時の株価と、権利行使日前日の株価の差額を報酬として支払うことが承認されている。当社においては、同様の権利を執行役員にも付与している。
ゴーンの SAR 行使による報酬について、2013 年及び 2017 年に、権利行使日をそれぞれ約2週間前の日と偽装することにより、権利行使日前日より高い株価を使って報酬額の計算がなされ、株主総会決議により承認されている計算式に基づく金額より合計約 1 億 4,000 万円多い支払いがなされた。特に、2013 年は権利行使日前日の株価が付与当時の株価を下回っており、本来であれば SAR 行使による報酬は支払い得ないはずであった。
ケリーは、新株予約権(行使価額を会社に払い込み株式を取得する権利)を代表取締役就任前の 2008 年に付与されており、他方で SAR の付与は受けていなかったにもかかわらず、2017 年になって、2008 年には新株予約権ではなく SAR の付与を受けていたかのように偽装し SAR を行使したかのような経理処理をした上、さらにゴーンと同様に、権利行使日前日より高い株価を使って報酬額の計算を行い、その結果、不正に約 700 万円を受領した。
ケリーらは、2013 年、西川 CEO(当時代表取締役副社長。以下「西川」という。)から、その役員報酬を増額することの検討を要請された際、当該要請には応じないこととする一方で、それ以前に西川が行使し金額が確定していた SAR 行使による報酬につき、その権利行使日が1週間後の日であったかのように偽装することにより、本来の権利行使日前日より高い株価を使って金額の再計算を行うことで、西川から要請のあった役員報酬の増額に代えて、SAR 行使による報酬を約 4,700 万円(税引後。税引前約 9,650万円)不正に増額して西川に支払った。
(なお、本件についても、2019 年 5 月 14 日付け訂正報告書により、過去の取締役報酬開示を訂正し、開示すべきであった金額を開示している。)
同様に、ケリーらによる不正な加算の結果として、過去の取締役及び執行役員による SAR 行使約 2,000 件のうち、上記のほか、元取締役2名及び現・元執行役員4名につきそれぞれ1回、上記と類似の方法により SAR 行使による報酬が不正な支払いがなされていたことが確認された。」
これによるとゴーン氏も、日付の偽装により報酬を多く受け取っていたことになります。役員報酬虚偽記載と違って、実際に支払いがなされているようですから、重大な不正だと思われますが、なぜか、これまで報道はほとんどなされていないようです。
西川社長については、西川氏側から報酬増額を要請したという事実を認定しています。その要請に対応して、行使日偽装が行われたようですから、偽装がケリー氏によるものだとしても、西川社長が知らなかったというのは不自然です。当然、報酬増額要請の結果を問いだたしたでしょうし、その中で行使日の操作にも気がついていたはずです。
また、不正に増額していた金額も、会社の負担額という点では、手取りの約 4,700 万円ではなく、税引前の約 9,650万円(四捨五入して1億円)だとみるべきでしょう。西川社長は、約1億円も不正に役員報酬を受け取っていた、不正であるという指摘も、おそらくゴーン事件発覚後の調査でなされたはずであるのに、半年以上も、知らんぷりをしていて、今回しぶしぶ返却することになったということになります。
報道されている「350億円」の根拠についてもふれていますが、かなり水増しされているように思われます。
「有価証券報告書における開示を回避しつつゴーンが受領しようとしていた報酬は推定で総額 200 億円以上に上り、しかもその一部はゴーンに支払い済みである。また、役員報酬の名目以外にゴーンが日産に現に不正に支出させ、あるいは支出させようとしていた金額は少なくとも合計 150 億円に上る。
以上のとおり、ゴーンらの一連の不正の規模は全体で約 350 億円以上という極めて巨額のものとなる。そこで、当社は、ゴーン、ケリーに対し,これらの不正行為に関し,損害賠償請求をはじめとする毅然とした法的措置をとる考えである。」
「有価証券報告書における開示を回避しつつゴーンが受領しようとしていた報酬は推定で総額 200 億円以上」とのことですが、それらが、ゴーン氏が受領すべきでない不正なものであれば、会社には支払い義務はないわけですから、そもそも、有価証券報告書で費用計上や開示すべきものではないでしょう。また、支払っておらず、会社に実損が生じていないのに、どうして損害賠償請求ができるのでしょう。
役員報酬名目以外のもので、実際に支出がなされているものは、本当に不正だと証明できれば、賠償請求できるでしょうし、会社としてはすべきでしょう。しかし、それは、中東関係の支出(不正だという証明はなされていないのでは)を含めても、数十億円程度であり(それでも大きな金額ですが)、150億円には届きそうにありません。為替スワップ契約の約 18 億 5,000万円の含み損については、結局、会社には損失は発生しておらず、その金額自体は賠償の対象にはならないでしょう。
会社は「これらの不正行為に関し,損害賠償請求をはじめとする毅然とした法的措置をとる考えである」と述べるだけで、350億円の実損が会社にあった、その金額をゴーン氏らに請求するとまでは述べていませんが、報道の見出しをみると、ゴーン氏らに350億円請求するような印象を与えています。一種の情報操作、虚偽記載といえます。
他方、ゴーン氏、ケリー氏以外の役員の不正報酬については、責任追及はしないそうです。
「ゴーン、ケリー以外の役員の SAR 行使による支払いに不正な点があった点に関しては、これらの役員らは、いずれも、自己の報酬が不正な手法により増額されたことを認識しておらず、またケリーらに対してそのような指示ないし依頼をした事実もないから、不正行為に関与したとみる余地はない。そのため、当社は、これらの役員らに対して責任追及をすることは予定していない。」
日産「不正額350億円」 ゴーン元会長らに賠償請求(日経)(記事冒頭のみ)
日産、被害総額350億円以上 ゴーン氏ら旧体制と決別図る(産経)
「日産はまた、前会長のカルロス・ゴーン被告らの事件について被害総額が350億円以上になるという調査結果を明らかにした。」
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