会計ニュース・コレクター(小石川経理研究所)

企業会計審議会第32回監査部会 議事次第(金融庁)

企業会計審議会第32回監査部会 議事次第

すでにいろいろなところで報じられていますが、企業会計審議会監査部会で検討している不正リスク対応基準の原案が、監査部会の資料として公表されています。

感想をまとめましたが、少し長くなり、また、細かいテクニカルな話なので、興味のある方は「続きを読む」をクリックしてください。


監査における不正リスク対応基準(仮称)の本文(審議会の資料では11ページ以降)に即して気になった点を述べます。

(全般)

・「監査における不正リスク対応基準(仮称)」という基準名なのに肝心の「不正リスク」の定義がない。(前文で「不正による重要な虚偽表示のリスク」と定義されているが、本文か本文の注で書きこむべき)(監査基準委員会報告書240でも「不正リスク」の定義はないが、これは、「不正リスク」という言葉をほとんど使っていないからであろう。)

・「不正」の定義とこの基準が対象とする「不正」の範囲が明確になっていない。(前文ではふれているが、本文か本文の注で書きこむべき)

(第一 職業的懐疑心の強調)

・第1項で「不正リスクに常に留意し、監査の全過程を通じて、職業的懐疑心を保持」と規定しているのだから、第2項から第5項までは蛇足である。懐疑心、懐疑心と、何回も唱えれば、ご利益が得られるというものではない。逆に、第2項から第5項に挙げられているポイントでのみ「職業的懐疑心」を発揮すればよいように誤解される。

・職業的懐疑心を発揮するまたは職業的懐疑心を高めるべき場面として、第4項では、監査証拠の評価、第5項では、不正による重要な虚偽の表示の疑義に対応するかどうかの判断と監査手続の実施が挙げられている。監査証拠は監査手続を実施しないと得られないのだから、物事の順序としては、手続の後に監査証拠の評価が来るべきでは。

(第二 不正リスクに対応した監査の実施)

・第5項「不正リスクに対応する監査人の手続」では、「監査人は、識別した不正リスクに関連する監査要点に対しては、不正リスクを識別していない他の監査要点に対するものに比べ、より適合性が高く、より証明力が強く、又はより多くの監査証拠を入手しなければならない。」というように、不正リスク(不正による重要な虚偽表示のリスク)は識別するものとされており、「あり・なし」の2つしかないように書いている。しかし、重要な虚偽表示のリスクは識別・評価するものであって、「あり・なし」だけでなく、リスクの高さも評価しなければならず、したがって、監査手続は、リスクの「あり・なし」だけでなく、リスクの高さにも対応したものでなければならないはず。監査基準委員会報告書240では「評価した財務諸表全体レベルの不正による重要な虚偽表示リスクに応じて」とか「評価したアサーション・レベルの不正による重要な虚偽表示リスクに応じて」という表現になっている。(第6項、8項、付録1も同じ)

・第6項「企業が想定しない要素の組み込み」では、監査基準委員会報告と同じく「企業が想定しない要素」としかいっていないが、前文では「抜き打ちの監査手続の実施」が残っている。

・監査基準委員会報告書240でも「抜打ち」という言葉は使われている。「前もって監査人が参加することが伝えられていない事業所の実地棚卸立会を実施する、又は抜打ちで現金を実査する。」(付録2)というような表現であるが、この程度であれば、不正リスクが特別に高くなくても、実施しているのではないか。「財務諸表全体に関連する不正リスクを識別した場合」(第6項)でなくても、特定のアサーションに関連した虚偽表示リスクへの対応として実施する場合もあるだろうし、リスクが特別に高くなくても実施する場合もあるだろう。240でも「重要性やリスクの観点からは通常選択しない勘定残高やアサーションについて実証手続を実施する」ことが例示されている。

・「不正リスクに対応する手続として積極的確認を実施する場合」(第7項)とあるが、通常は、不正による虚偽表示のリスクに対応した確認と、誤謬による重要な虚偽表示のリスクに対応した確認とを分けて考えないのでは。不正による虚偽表示のリスクが高ければ、それに対応して、確認の方法、実施範囲、実施時期などを変えるというのがすなおな流れであろう。

・第10項から13項まではリスク・アプローチの枠組みからはみ出した部分であり、不要である。

重要な虚偽表示リスクの評価

評価したリスクに対応した監査計画の策定

監査手続の実施

手続の実施から得られた監査証拠の評価

監査意見の表明(無限定、限定付、不適正、不表明)

というのが、リスクアプローチの監査だが、これは一直線のレールの上を進むものではなく、監査基準委員会報告書の文言にもあるように、累積的・反復的なプロセスである。「重要な虚偽の表示を示唆する状況」とか「疑義」とかがあれば、リスク評価にまで遡って、必要であれば追加手続を実施していく、それを、監査表明に十分なだけの監査証拠を得られるまで、必要であれば何回も繰り返して実施する。そのような説明をすればよいのであって、会議資料のフローチャートにあるように、リスクアプローチとは別枠で何か追加的手続をやるというのはおかしい。

監査基準委員会報告書330より

「A59.財務諸表監査は、累積的かつ反復的なプロセスである。そのため、監査人は、立案した監査手続を実施するに従い、入手した監査証拠により他の立案した監査手続の種類、時期及び範囲を変更することがある。

また、監査人は、リスク評価の基礎となった情報と著しく異なる情報に気付くこともある。
例えば、以下のような場合である。

・ 実証手続によって虚偽表示を発見した場合、その程度によっては、リスク評価に係る判断を変更することがある。また、内部統制の重要な不備を示すこともある。

・ 会計記録の不一致若しくは監査証拠が相反している、又は監査証拠がないことに気付くことがある。

・ 財務諸表の全般的な結論を形成するための分析的手続によって、それまで認識していなかった重要な虚偽表示リスクに気付く場合がある。

これらの場合には、監査人は、取引種類、勘定残高、開示等に関連するアサーションのすべて又は一部についての再評価したリスクに基づき、立案した監査手続の再検討が必要な場合もある。」

・第10項では「不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況を識別した場合には、不正による重要な虚偽の表示の疑義が存在していないかどうかを判断するために、経営者に質問し説明を求めるとともに、追加的な監査手続を実施しなければならない」とあるが、そのような状況であれば、「疑義が存在していないかどうか」ではなく「(不正によるものかどうかにかかわらず)重要な虚偽の表示そのものが存在していないか」を判断するための手続を行うのではないか。なぜ「疑義」という段階を置くのか。

・「不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況」を例示している付録2について、前文では、「必ずしも付録2をチェック・リストとして取り扱うことを意図したものではない」とあるが、「不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況」に該当するかどうかが大きな分かれ目になるような規定になっているのであるから、監査人は、例示されている項目をチェックリストにして、逐一チェックしないと、基準に従った手続はできないのではないか。

・10項から13項までの流れで、「不正による重要な虚偽の表示を示唆する状況」あり→「不正による重要な虚偽の表示の疑義」あり、とエスカレートしていった場合に、結局監査人は何をやらなければいけないかというと「十分かつ適切な監査証拠を入手するため、修正した監査計画にしたがい監査手続を実施しなければならない」(13項)としか規定していない。監査のプロセスとしてちっとも前に進んでいないのではないか。追加手続をやって、虚偽表示がないことを確かめることができた場合、虚偽表示があることを確かめることができた場合、虚偽表示の有無を確かめることができず「疑義」が残ったままという場合のそれぞれに対して、どういう対応を行うのかが重要ではないのか。

・15項と16項で審査についてふれている。審査は品質管理の問題であり、規定が必要だとしても、「第三 不正リスクに対応した監査事務所の品質管理」で規定すべき。

・そもそも審査は、監査基準(不正対応監査基準も監査基準の一部)において、監査証拠の評価と意見表明に関するルールがきちんと定められていることを前提として、監査チームがそのルールに従った意見表明を行おうとしているかどうかを、事務所の品質管理としてチェックする手続である。審査にふれるのであれば、「不正による重要な虚偽の表示」やその「疑義」がある場合の意見表明のルールを規定として書き込んでからにすべき。

(第三 不正リスクに対応した監査事務所の品質管理)

(いろいろあると思われるが時間がないため省略)

(その他)

・前文2(3)で「本基準は、現行の監査基準において既に採用されているリスク・アプローチの考え方にしたがい、不正リスクを適切に評価し、評価した不正リスクに適切な監査手続を実施して公認会計士監査の有効性を確保しようとするものであり、過重な監査手続を求めるものではない」とあるが、それだったら、新たな基準は不要である。

・前文2(4)で「経営者の作成した財務諸表に重要な虚偽の表示がないことについて、正当な注意を払って監査を行った場合には、基本的には、監査人は責任を問われることはないものと考えられる」とあり、これは無限定適正意見を前提にしたものと読める(「財務諸表に重要な虚偽の表示がないことについて」としているので)。監査に固有の限界、時間的制約などにより、無限定適正意見を表明できるだけの監査証拠を得られず、限定付意見や意見不表明になった場合や、重要な虚偽表示があると判断して、限定付意見や不適正意見を表明した場合の監査人の責任はどうなのかについても、きちんと書き込むべき。

全体的な感想としては、監査基準委員会報告書などと比べると、基準としての完成度は相当低いのではないでしょうか。

なお、14日開催の協会研修会での話によると、監査人間の連携など強い反対があった部分が削除されたため、会計士協会は、今の案で、大筋認めるようです。
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