爺ちゃんの戯言(たわごと)

時の速さに置いてきぼり!

上高地に行くぞー!

2017年02月19日 | 日記
今年の夏は兼ねてから女房殿が行きたいと言っていた上高地に連れて行こうと密かに計画しています。
上高地は昔々結婚してまだ間もない頃 仕事で二ヶ月と少しばかり出向いた事がありました。


思い起こせば昭和55年、ホテルのコックをしていた私は4月に長女が誕生し父親としての喜びに浸っていました。
そんな時、上高地への第一期の出向の人事が私に下されました。
5、6月が第一期、  7、8月が第二期、  9、10月が第三期、この三回に分けての出向でした。

毎年東京のホテルから上高地のホテルに三期に分けて出向するのですが私は娘が生まれたばかりと言う理由で出向の命令を断ってしまったのです。
(組合も助けてくれたのでしょう)
しかし仕事はそんなに甘いものではなく、その後、第三期に再び出向命令が発令されました。

これを断れば、いろいろ多方面にかけ迷惑をかけそうで泣く泣く上高地第三期調理メンバーとして出向したのでありました。
調理人は調理長を含めて総勢14~15人のメンバー編成でした。
その他フロント、レストラン、客室、リネン、ベルマンなどを含めると40人ほどだったでしょうか。

8月の終わりに現地に行き11月の初めに帰ってくると言う二か月の勤務なのですが足掛けになると8月も11月も少しだけ
絡むと言う勤務でした。

今考えると、夏の上高地の中に身を置き秋の紅葉をいっぱいに浴び雪化粧した山を見ながら下山すると言う何とも欲張りなコースですねー。
社員の休憩室のテレビからは八代亜紀の【雨の慕情】が四六時中流れていましたねー。
また松田聖子が売り出したのも、この年で二人をテレビで見るたびに穂高の山々が目の前に広がります。
仕事の期間中 妻から定期的に送られてくる娘の写真をベットに張り付けては頑張った若かりあの頃が浮かびます。


あれから数十年!・・・【綾小路きみまろ】の決まり文句ではありませんが・・・あれから36年!


女房殿は膝関節症と言う病でまともに歩く事もままならず、歩行に苦労している様を見るとせめてまだ歩けるうちにという
私の強い思いで上高地旅行を決心した次第です。

ついでに言いますと私が勤務した年の第三期の調理長だった先輩が【コックさんのよもやま話】と言うブログを
書いているのを知り懐かしく拝見していると言う事を付け加えます。

あーー  あれから36年か!




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